待庵(たいあん)

四谷軒

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04 茶室の「完成」

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 宗易は山崎に戻った。
 秀吉は何かを守りたい。
 それはねねを守ることにもつながっている。
 それがこの二畳の茶室につながっている。

「茶室は、まだか」

 待っていると秀吉は言った。
 結局、秀吉の口から、茶室を作る理由については、ひとことも語られなかった。
 けれども、ねねとの会話についても特にとがめられる様子もなく、あれは秀吉として、知られて良い範囲らしい。

 そして秀吉は征旅に出た。
 冬が来て、越前に盤踞ばんきょする柴田勝家が動けないうちに、己が勢力圏を拡大するためだ。
 賤ケ岳しずがたけの戦いへとつながる、一連の大である。

「手始めに、長浜よ」

 秀吉は馬上、鞭を振った。
 宗易は黙って見送り、「さて」と茶室作りに取りかかった。

「まずは、丸太や」

 調達しておいた丸太が来た。
 このことは、宗易本人が高山右近に書状を送っている。
 他にも、壁土やら何やらが搬入されて来ている。
 秀吉が率いる軍勢と入れ代わりのように。

「好都合や」

 騒がしいと、落ち着いて造作が出来ない。
 秀吉が出て行ったあとは、ねねが留守を守り、ねねが山崎城を取り仕切ることになった。ねねは城主である秀吉に遠慮してか、滅多に天守閣には近づかず、奥からいろいろと指示を出していた。そして、そのねねが「宗易さまの邪魔などせぬように」と言い聞かせてくれているのか、小者や侍女たちも、誰も敢えて宗易に近づこうとして来ない。

「好都合や」

 宗易はまた呟いた。
 その宗易を避けるようにしているを、知ることもなく。

 宗易は山崎城内のその現場にて、一心不乱に取り組んだ。
 自ら木を削り柱を立て、壁土を塗る。

「駄目や」

 作っては壊し、作っては壊しを繰り返す。
 まるでこどもの泥遊びのように。
 はたから見ると、特に、その時天守閣にいたねねから見ると、このままでは茶室の完成はのではないか、と思われたが、それをねねが口に出すことは無かった。
 ただ、

「宗易さまは――作ったる、と言いました」

 とのみ言った。
 その時、ねねの近くにいた人物は、ただ微笑んだという。



出来でけた……」

 宗易は、己が作り上げた茶室を眺めていた。
 わずか二畳。
 しかもそのうち一畳は、隅を炉のために切り取っている。
 されど床の間を配置して、広さを増している。
 また、連子窓を設けて、外からの明るさを取り込んでいる。
 何より、この茶室に入るには。

「この、にじり口から入らんと」

 身をかがめて入る。
 そんな、狭い入口。
 そこからにじるように這入はいって行く入口だ。
 この入口を抜けてこそ、この二畳と少しの空間を。

「広い」

 と感じられる。
 狭いと思ったからこそ、広いと感じられる。
 そういう、宗易なり工夫である。

「出来ましたね」

 気がつくと、ねねが背後に立っていた。
 よく気のつく女性である。

「お蔭様かげさまで」

 宗易は頭を下げた。
 秀吉がいないからこそ、ねねが細やかな気配りをして、宗易は茶室作りに専念することができた。
 それに。

「城のことやらまつりごとやら、ご苦労様でございます」

「いえいえ」

 ねねは微笑みながら手を振った。
 気にするな、という意味らしい。
 そこで宗易は、では茶室をご見分いただけるかと問うと、それには及ばないとの答えだった。

「この茶室は」

 いささか尾張弁の、ねねのその声は、よく響いた。

「さるお方に茶をててもらいたくて作ってもらいました」

 話の口ぶりからすると、ねねは秀吉から、この茶室を作る理由を教えられたらしい。

「教えられた、というか」

 そのをそのまま預けられたという。

「一体を預けられたのか。それはすぐにわかります」

 宗易には、ぜひ茶室の中に入って、茶の点てて待っていてもらいたい、とのことだった。

「その茶を点てた相手のこと、口外無用にお願いします」

 ねねはそれだけ言い置いて、茶室の前から去って行った。
 宗易としては、否やは無い。
 早速に、浮き浮きとしながら、茶の支度をした。
 むろん、相手ではなく、己の作った茶室で茶を点てることに、浮き浮きしていたのである。
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