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05 マッド・キャヴァリアー

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 騎士党キャヴァリアーズのプリンス・ルパートは軍を率い――そして愛犬ボーイを伴って、議会派ラウンド・ヘッズの包囲するヨークの救援に向けて、行動を開始した。
 そしてルパートの凄まじいところは、ヨークそれ自体へすぐに向かわず、イングランド西部のチェシャーを抑え、そこから北進してランカシャーを制圧し、それからさらにボルトン、リヴァプールを陥としたことにある。

「これでイングランド西部は鎮定した。ならびにへの牽制もできた」

 ルパートとしては、その一連の戦いは、ヨークとそこからの戦いに備えた、西の後顧の憂いを取り除き、北――スコットランドに対する抑止も含めた、準備行動だった。

「では――ヨークに行こう。可能ならば包囲中の議会派ラウンド・ヘッズの軍を叩く」

 ルパートの「準備行動」は、ヨークを包囲する議会派ラウンド・ヘッズを、「ヨーク救援をあきらめた」と思わせるためでもあった。
 だが案に相違して、議会派ラウンド・ヘッズはルパートのヨーク接近を知り、早々に包囲を解き、ルパートのヨーク到着とほぼ同時に撤退していった。

「……そう簡単には勝たせてくれないか。しかし、

 ルパートはヨークに籠城していたニューカッスル候ウィリアム・キャヴェンディッシュの歓待を受けつつも、宴への招待は固辞した。

「なぜだね? 議会派ラウンド・ヘッズ退いた。これはよみすべしで、それはプリンス・ルパート、貴殿の狙いどおりでは?」

 まずヨークを守ること。そういう意味であれば、ルパートのヨーク到着に議会派ラウンド・ヘッズの包囲解除と撤退は、「これもまた狙いどおり」であった。

「ニューカッスル候、おっしゃるとおり、私の一連の行動は、まさにヨークを守るために、二重、三重に策をめぐらしておりました」

 ルパートはそこまで言うと「ボーイ!」と小さく叫び、愛犬の白いプードルを呼んだ。

「ですが、ヨークを守るため、そしてわれら騎士党キャヴァリアーズがチャールズ一世陛下をふたたびイングランド全土の王とするためには、究極的に、議会派ラウンド・ヘッズを、そして今となってはスコットランドより来たる、同盟派カヴェナンターをも打ち砕く必要があります」

 ルパートはボーイを伴って、ヨークの城門へ向かって歩き出した。

「……プリンス・ルパート? どこへ?」

「聞くまでもありません。今、撤退中の議会派ラウンド・ヘッズ同盟派カヴェナンターの軍をたたきに、です」

「何だって? それは無謀だ。今、ヨークにいる軍と、ルパートどのの率いて来た軍を合わせても、一万七千。対するや、議会派ラウンド・ヘッズ同盟派カヴェナンターは合わせて二万五千。しかも、われらは籠城、ルパートどのらは行軍で疲労して……」

「疲労はあちらも同じ。そして騎士党われわれがヨークにと思っている」

 ルパートは今や、走り出している。ボーイは嬉しそうに、わん、と吠えながら、彼に追走する。

「待て、いや、待ってくれ、プリンス・ルパート!」

「待ちません! 今、今たたいておかないと、議会派ラウンド・ヘッズ同盟派カヴェナンターも調子づく。ヨーク再包囲もある! そして何より……奴らが固まった今、そこをく!」

 衝く、のあたりで愛馬にたどり着いたルパートは、ひらりとまたがった。

狂奔の騎士マッド・キャヴァリアー……」 

 ニューカッスル候はうめいた。


 ……こうしてプリンス・ルパートは議会派ラウンド・ヘッズ同盟派カヴェナンターを追った。
 そしてヨーク郊外、西の方、十キロ――マーストン・ムーア。
 この地でルパートは追いつき、そのまま戦闘に入った。
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