絶砂の恋椿

ヤネコ

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短い雨の合間

15―2

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「商会本部から支給されるこれらの品を島の皆に配りたいんだが、どうにも人手が足りなくてな。お前たち、手を貸してくれるか?」
 バハルクーヴ島の顔役たちを前に支給品の目録を読み上げたトゥルースは、手伝いを頼むかのようにこの集まりの主旨を告げた。しかし顔役たちは、これまでカームビズ商会から顧みられることがなかったこの島の民が急にまともな支援を受けられるようになった理由が分からない程無知ではなく、また与えられるままにそれを享受する程無恥でもなかった。
「支援のことは恩に着るが、俺らはどう返したらいいんだ?」
 単刀直入に訊ねたガイオの言葉に、トゥルースは微笑んで肩を竦める。どういう意味だとガイオが言葉を継ぎかけたところで、トゥルースは微笑みを浮かべたまま口を開いた。
「それなら今、こうして返してもらっている最中じゃないか」
「そういうことを言ってるんじゃねえ」
 当たり前のように言葉を返したトゥルースに、ガイオは語尾を荒げてそれを打ち消した。自分たちに与えられるの配膳を手伝うだけで、義理は返したと居直るような厚顔さを、ガイオは持ち合わせていない。
「あんたが来るまで、この島は商会から見捨てられてるようなもんだったけどよ――してもらいっぱなしはうまくねえ」
 ガイオの言葉は義理堅い彼の性分から出たものであり、から与えられる恩恵には慣れていないこの島の民らしい戸惑いも含んでいる。いつになく窮屈そうな表情で訴えてくるガイオの肩に、トゥルースは宥めるように触れた。
「ガイオ。俺は共にこのバハルクーヴ島で暮らす者として、打てる手は打ちたいんだ」
 バハルクーヴ島の統治を担う立場のトゥルースは、この島においては異邦人だとも自覚している。だからこそ、厳しい状況下にありながらも善性を失わないバハルクーヴ島民たちが、彼らのみでは抗えずに日々の暮らしから削り取られてきたものを補いたいと願う気持ちは強い。
「この島に暮らす者が、日々の暮らしに報いが無いとは思わずに居てくれることを俺は願っている」
「そりゃ、夢みてえな話だな」
「甘ったるい夢想で終わらせないためにも、お前たちが今後とも力を貸してくれると助かるよ」
 憎まれ口めいた言葉を返すガイオに、トゥルースは笑顔で応じる。ガイオはトゥルースの手のひらを肩で押し退けると、窮屈そうな表情は崩さないままトゥルースに告げた。
「……手え貸せって時は、なるだけ詳しく要件を伝えてくれ」
「ああ。そうさせてもらう」
 一応の納得をしたらしいガイオは、頷いて引き下がった。他の顔役たちも、トゥルースとガイオの問答に自身の考えと重なる部分では納得をした様子だ。
「他に、確認したいことがあれば聞いてくれ」
 何か言いたげなヴァンダに笑んだ眼差しを送り、トゥルースは顔役たちの発言を促す。
目録これに書かれてるとおりなら、受け取った支給品を市場で売って構わないってんですか?」
 市場を取り仕切るヴァンダは、先にトゥルースが読み上げた品々との一致を確認する中に見つけた、目録の中に書き添えられた『商業活動への利用を許可する』の一文を訝しげに睨んだ。
「ああ。店で売るも各々で使うも、君たちの自由だ」
「あたいらがそちらに売り上げを納めるわけでもなし、そちらが損するばっかりでしょうに」
「市場が賑わうことはこちらとしても都合が良いんだ。定期的な仕入れが必要になるなら、別途商会支部から卸すことも検討しよう」
「……それはまた過分なお計らい、感謝しますよ」
 話が美味すぎることに警戒を眉に滲ませながら、ヴァンダは引き下がった。隣でトゥルースとヴァンダの遣り取りを聞いていたファビオは、ほっと胸を撫で下ろす。
(ヴァンダからしたら面白くないだろうけども、まあ丸く収まってよかった)
 貰えるものはありがたく貰っておこうという感覚のファビオだが、カームビズ商会に対して懐疑的なヴァンダがその厚意を受け入れる内心の複雑さも理解している。先達ても、香草屋を営むアガスターシェから商会と個人的な契約を結んだことを報告された後のヴァンダは、いつになく気弱に背中を丸めていた。
 しかし、これまでは安定した入手が難しかった島外の品を商会から仕入れることができるのも、市場にとっては非常に魅力的な話だ。ヴァンダもそれを理解した上で個人的な心情を呑み込んだのだろうと、ファビオはその横顔を慮る眼差しで見遣った。
(そのうち海都産の良い酒が仕入れられたら、呑兵衛な傭兵たちの評判になるかもなぁ……結構、連中の口伝ては馬鹿にならないもの)
 これまでバハルクーヴ島の市場で出回っていた島外の品は、大半が砂蟲の腸から取り出されたものだ。元は何処かの商船の積み荷だが、これも砂蟲に襲われ呑まれた時点でその所有権は砂蟲を狩った者に移ると定められているため、売り買いには何ら問題は無い。しかし、砦の男達がそれぞれの取り分として持ち帰り、その女房が営む市場の店で売ったり酒代稼ぎに馴染みの店に卸したりしているその品々は、運が良ければ手に入る品であり安定性には欠ける。砂蟲の体液が染み込み、売り物にならないこともままあるのだ。
(まあ、ここに書かれてるのが支給品を転売って文句だったら、ヴァンダもうちのがそんなことするかって反発しただろうけども)
「――あんた、なににやついてんだい?」
「えっ? いやあ、助かるなぁって思ってね」
 思考を巡らせていたせいか、知らず表情が緩んでしまっていたファビオは呆れたような表情のヴァンダに小声で窘められる。しっかりおしよ、と小声でファビオを叱るヴァンダの様子を微笑ましく感じながら、トゥルースは次の質問に応じた。
「今回新たに支給される農具は、我々の新しい仲間たちに配布するものと考えてよろしいのですね?」
「ああ。彼等に農場への帰属心を持たせてやってくれ」
 農場のまとめ役であるグラートは、トゥルースが読み上げる声を耳に聞きながら黙読した目録に、農場での仕事に従事する苦役刑囚を迎え入れた自身たちへの期待を読み取った。現在、農場で働く者たちと苦役刑囚との関係は、双方に人見知りじみたぎこちなさはあるものの、概ね良好なものだ。
 苦役刑囚の中には生家が農業に従事していたという者も何人か居り、グラートが与えた手製の麦藁帽子を何処か懐かしそうに喜んだ。自分専用の農具となれば、一層に農場の一員となったことを実感するであろう。
「いずれ、バハルクーヴ島を訪れる旅人がこの島で帰農してくれると嬉しいですね」
「ああ。いずれそうなることを、俺も期待しているよ」
 一通り顔役たちの質問が済んだところで、話題は支給品の具体的な分配方法へと移り変わった。議事録をとるミッケと共に応接室の隅に控えているカメリオは、この島を豊かにするのであろう品々に想いを馳せる。
(島の人みんなに行き渡るなら、困ってる人から先に行きわたるといいな)
 カメリオ自身はこの島で生まれ育った自分が、不幸だと感じたことはない。それは周囲の優しさに恵まれていたこともあり、目標となる存在にも恵まれていたことが大きいだろう。食うに困ることも無かったし、父親がいない寂しさはあれど惨めだと思うことも無かった。
 しかしバハルクーヴ島に訪れるあまり多くはない旅人が、この島では砂鼠の肉ばかり食わせるとぼやいていたように、他の島よりも暮らし向きが厳しい島だということは理解している。トゥルースはバハルクーヴ島民が当たり前として受け入れていた暮らしを、島の外の当たり前に近付けようとしているのだとカメリオは考えた。
(番頭さんにも、この島は可哀想な島に見えてるのかな……)
 生まれ育った島が豊かになることも、トゥルースがこの島に心を砕いてくれることも、カメリオにとって嬉しいはずだった。それなのに心の隅が何処か寂しく痛むのを、カメリオは感じていた。
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