絶砂の恋椿

ヤネコ

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乾季の終わり

14―2

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 タウィルタラ島を治める豪族の頭領、メシュアルは憂いていた。人の良さそうな丸い目はしょぼしょぼと細められ、上質な綿の上着を羽織った背中は気落ちにより丸められている。物憂げに枯れた溜め池を眺めるメシュアルの背後には、同じ位の年頃の家来が数人侍っている。
「この池は未来のこの島なんだ」
「はぁ……」
 憂い顔のメシュアルから語り掛けられた家来は、その喩え話がぴんと来ないのか気の抜けた相槌を打つ。他の家来たちも、同様に首を傾げるばかりだ。メシュアルは咳払いをすると、自身の喩え話を補足し始めた。
「……新しい水が流れ込まない池はやがて水が枯れて、魚も住めなくなるだろ? この島の民が置かれた現状もそれと同じなんだよ」
「魚ってのはこの島の民のことで? 水ってのは……なんです?」
「食いもんかな?」
「俺は銭だと思うよ」
 相変わらずメシュアルの喩え話が伝わっていない様子の家来たちは、ざわざわと持論を展開する。しかしメシュアルはいずれに対しても、首を横に振った。
「この島の閉塞感を吹き飛ばす……新しい風、だよ」
 家来たちは喩え話に喩え話を重ねられてもよくわからないな、とは内心で思いはしたが、憂うメシュアルの背中が随分と気の毒に見えたので、なるほどと頷いてみせた。
 てらてらと乾いた窪みの底はひび割れて、生き物が居る気配は欠片も無い。新しい水も新しい風もピンと来ないが、じりじりと溜め池の跡に照り付ける陽射しに例えるならば、ぴったりの面々が居ると家来の一人は思った。
「威張り散らしてるたちのせいで、僕も干上がりそうですよ」
 ぼやくようなその言葉に、他の家来たちも異口同音に賛同する。メシュアルもしみじみと頷き、家来のぼやきを受け取った。
「……そうなんだよ。あの人たち、古い家来の面々が僕たちにとって一番の厄介事だ」
 先程のメシュアルのあまり上手くはない喩え話とは打って変わって、家来たちはそうだそうだと熱く相槌を打つ。メシュアルはそれに少しばかり心を痛めながらも、言葉を継いだ。
「あの人たちはどんな時も賄賂を渡してくる奴らばかり優遇するし、親父殿はそんな古い家来たちの言いなりだし……」
 自分の言葉に腹の底の怒りを改めて思い出したらしいメシュアルは、鼻から深い溜め息を吐く。裕福な島民が賄賂で物事の道理を曲げる悪習は、メシュアルが物心付く前からこのタウィルタラ島に根付いており、色好みな先代頭領の夫人たちの外戚ちちおやである家来たちが、自らの私腹を肥やすべくそれらの悪習を長年正当化してきた。
「僕も、頭領だってのに……彼らの腐った行いを正すことができないし」
 メシュアルが先代頭領の夫人たちの外戚である古参の家来たちの行いを窘めたところで、先代頭領から継母いびりをしたと呼び付けられ、家来たちの前で散々に怒鳴られるものだから、頭領のメシュアルの立場は代替わりから二年経った今も弱いものだ。元は島の統治に不慣れな頭領を補佐するために先代頭領が強い発言力を持つ一族の習わしが、皮肉にもメシュアルを苦しめているのが現状だ。
「それでもメシュアル様が審判に参加するようになって、惨い処刑をされる島の民は減ったじゃないですか」
「僕がやってることはその場しのぎに過ぎないよ。もっとこう……抜本的、そう、抜本的な変革が必要なんだ」
「なるほど……皆殺しですね!」
 俯いたメシュアルがぐっと拳を握り締めた様子に、はっとした表情を浮かべた家来の一人が意を得たように応える。なるほどとどよめく家来たちに、メシュアルは慌てて振り向いた。
「物騒な事をいうんじゃないよ。あんなでも僕たちの親戚なんだから」
「それもそうか……」
 先代頭領の嫡男のメシュアルと家来たちは異母兄弟であり、古参の家来の孫たちでもある。メシュアルが先代頭領と反目し合いながらも憎み切れないのと同様に、古参の家来たちに強硬な態度を取れずにいる理由でもあった。
「血を流さなくったって……本当の意味での世代交代はできるはずなんだ」
 とは言え、メシュアルにも具体的な策があるわけではない。しかし一家の主として、この島の民の生活を預かる者として、どうにか現状を変えたいメシュアルは、この島が抱える問題を解決する知恵を欲していた。
「だからこそ新しい風……僕たちに知恵を授けてくれる賢人を探すため、海都を目指すべきなんだ!」
「でも、まだ遠征用の船を造る許可が出てませんよね?」
「そうなんだよなぁ……!」
 タウィルタラ島は海都からは遠く離れてはいるものの、水源が豊かで砂船を造るのに適した樹木が多く生えている。メシュアルも遠征用の砂船を造る樹木を押さえているのだが、木材にして船を造るには先代頭領の承認を必要としていた。ちなみにメシュアルは今朝も先代頭領から、そんな物を造るくらいなら焚き木にでもしたほうがましだ、と却下されている。
「もうじき乾季も終わるし、もしかしたら賢人の方からひょっこり来てくれるんじゃないですか?」
「そんな虫の良い話があるかなぁ……」
 メシュアルと家来たちの彼らからすれば極めて真面目な放談は、やがて別の話題へと移り変わった。年長者から抑圧される日々を送る若者たちには、なにかと腹に積もるものが多いのだ。
 一方その頃、バハルクーヴ島の農場地区では、防砂林の周りに人集りができていた。背負籠を背負った傭兵たちは、アガスターシェの指示に従いながら、農場の防砂を担う巨木に生った緑色の丸い実を採取していく。
 ニームの実を採取するというアガスターシェに同行したトゥルースとカメリオはその行き先に驚き、眼前にそびえる木々の名前を聞いてまた、呆気に取られた。
「この大きい木がニームの木だったんですね……」
「ああ。意外にも近くに在ったものだな」
 風に揺れるニームの木をカメリオと共に見上げたトゥルースは、求める物が意外にも近くに存在していたことに、悔しいような愉快なような気持ちに包まれていた。
「……番頭さんも、今日初めてこの木がニームの木なんだって知ったんですか?」
「俺も海都で仕入れた乾燥した実しか見たことがなかったからな……正直に言って、知らなかったよ」
 少しばかり気恥ずかしい気分になりながらカメリオに返事をすれば、カメリオはにこりとトゥルースに微笑みかけてきた。
「番頭さんが知らなかったことを俺も一緒に知れて、嬉しいです」
 その微笑みに眩しいものを憶えながら、トゥルースは同意を深い笑みにして返した。
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