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小学校編
結婚六カ年計画 30-8 from 2016.07
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このまま僕が力尽きても後は勝手に解決する。
でも、それだとあの子は泣いたままだ。
だから、僕は――――。
「まだ、やる気か」
殴られた箇所が酷く痛む。
脳が休みたがっているのか意識も朦朧としてきた。
「社長。こいつ、殺していいんですか?」
「あっはっは、うちは解体業者だ。人一人位ならどうとでもなる」
不穏な会話が聞こえてきた。
脳が働かないからか、どこか他人事の様に思える。
でも、泣いている梨杏ちゃんを見ると心が居た堪れなくなる。
止めなければ。
止めなければ。
また笑顔を浮かべて欲しいから。
僕が傷付く事が君の君が悲しむ原因だと言うのなら、殺される訳にはいかない。
だから、勝たないと。
目の前の大男はヘビー級のボクサーである。
パンチは重くジャブでも脳を揺らす。
此方のパンチも当たらないしカウンターで返される。
仮にこちらのパンチやキックが当たったとしてもダメージになっても手数をかけないと致命打になり辛いだろう。
その前に僕が殺される。
状況も悪く、特にカウンターを受けた左脇腹へのダメージが甚大である。
打撃では勝てない。投げ一本である。
でも、投げるためにはどうやって――――。
ああ、閃いた。
僕はゆっくりと両腕を、顔先で構えた。
******
左右さんが、死んじゃう。
泣く事しか出来ない非力な自分が情けなく、かなうなら消えてしまいたい。
愛する人が絶体絶命の窮地に追われているのに私は何も出来ない。
精々、身を挺して一瞬だけ気を取る位コト位だろうか。
せめて、あの人の代わりに命を落とすのが私ならどれだけ良いのだろうか。
眩しい程光り輝く彼の命に比べたら、私の命に価値なんてない。
そう考えていると左右さんが両腕を顔先で構えた。
確かにおばあちゃんも有事の際は急所が多い顔だけは守る様にと言っていたけどあれでは腹部ががら空きである。
刹那、武田と呼ばれている大男が猛烈な勢いで左右さんとの間合いを詰める。
私は慌ててずっとしがみついている金城の指を思い切り噛む。
金城の大きな悲鳴。
でも次の瞬間、武田のストレートが左右さんが先程負傷した左脇腹に再び入った。
******
(ぐっ……痛い)
何故か金城が大きく叫んだからか武田が反応し、僅かだがストレートの威力が弱まった気がする。
それ以外は全部予定通り。
僕はストレートで伸びた武田の右腕を両手で掴む。
一度きりのチャンス。
「ああああああああっ!」
叫びながらそのまま、思い切り後ろに投げる。
驚いていたのか、武田は受け身が取れずに背中から落ち、泡を吹いてそのまま動かくなる。
命は無事だが当分動けないだろう。
******
「左右さんっ!」
痛がる金城の隙を突いて私は全力で彼の元へ駆け抜ける。
また、助けてくれた。
やはりこの人は私のヒーローなのである。
「梨杏ちゃん……良かった……うぅ」
再び左右さんが脇腹を抑え膝を突き、そのまま倒れてしまった。
二度目の負傷で骨が内臓を傷付けてしまったのかもしれない。
そのため、体を動かすコトも危険そうだ。
急いで救急車と警察に連絡しないといけない。
確か一階に固定電話が置かれていたと私は階段を駆け下りようとする。
「よくもやったなぁ!」
振り向くと、私に指を噛まれて痛がっていた金城が蛸の様に顔を真っ赤にして仁王立ちしていた。
「こいつらは後で産廃と一緒に捨てるとして梨杏! 今後俺に逆らわない様に躾けてやる! 裸にして、首輪を付けて――――」
「この変態豚野郎、そこまでだぜ!」
「!!!!」
階段を駆け上がる沢山の足音が聞こえる。
程無くして沢山の警察官の壁が現れ、一人だけ夏なのに黒いスーツの男性が前に出て叫んだ。
「罪名を言う迄も無ぇな。金城と武田を逮捕だ!」
「ま、待て! 俺はただそこの変なヤツに襲撃された被害者だ――――」
「寝言は寝て言えよ、豚が」
スーツの男性は左右さんを一瞥してから彼のビジネスバッグの中身を確認する。
その中から薄い鉄板と小さなスティック状の黒いものが出てきた。
彼はそれに付いているスイッチと押すと、先程までの会話が聞こえてくる。
ボイスレコーダーの様であり、スーツの人はまるで最初から左右さんのビジネスバッグの中に入っているコトを知っている様だった。
「決定的な証拠が、増えたな。まぁ、詳しくは署で聞こう。おい、連れて行ってくれ」
「違う、違うんだ! 離せッ!」
「ぐっ……これは……?」
金城と武田は大勢の警察官達に連行されていく。
一階からもこの会社の社員達だろうか、怒号が聞こえて遠ざかっていった。
落ち着いて、はっと私は我に返る。
倒れている左右さんの元へ近付き、彼の手を握った。
「左右さん……左右さんっ!」
「うぅ……」
少し休み、気を取り戻したようだ。ひとまず安心する。
彼は私に気付くと、この前の様に目を細めてほほ笑んでくれた。
体が痛い筈なのに。
「……梨杏ちゃん、大丈夫だった?」
自分の事よりも私を気遣ってくれる左右さん。
若干複雑な気持ちでありながらも心が温かくなる。愛を感じた。
「はいっ。左右さんは体を動かさずに休んでいてください」
また、頬に涙が流れる。でも今度は温かい。
握っている彼の手だって、温かい。
そして私は、彼に尋ねる。
「どうして、私なんかの為にここまで……」
あまり喋らせてはいけないのはわかる。
申し訳ないと思いながらも聞かずにはいられなかった。
それを聞いて、意外にも左右さんは目を瞑り悩んでいる表情を浮かべる。
「どうして、だろうね」
そして彼は苦笑いを浮かべる。
「子供を護るのが大人の仕事……ではあるんだけど、どうしても梨杏ちゃんの事が他人の様に思えなくてね。不思議だね、この前初めて会ったばかりなのに」
昔の事は忘れているか、と思いながらもそれでも私に何かを感じてくれていたコトに対して感動した。
******
おばあちゃん、私今分かったよ。
利益を求めず。
計算や理屈でも説明できず。
結果的に損害が出てしまう事もある。
それらを全部ひっくり返しても、与えたいものが愛なんだって。
でも、それだとあの子は泣いたままだ。
だから、僕は――――。
「まだ、やる気か」
殴られた箇所が酷く痛む。
脳が休みたがっているのか意識も朦朧としてきた。
「社長。こいつ、殺していいんですか?」
「あっはっは、うちは解体業者だ。人一人位ならどうとでもなる」
不穏な会話が聞こえてきた。
脳が働かないからか、どこか他人事の様に思える。
でも、泣いている梨杏ちゃんを見ると心が居た堪れなくなる。
止めなければ。
止めなければ。
また笑顔を浮かべて欲しいから。
僕が傷付く事が君の君が悲しむ原因だと言うのなら、殺される訳にはいかない。
だから、勝たないと。
目の前の大男はヘビー級のボクサーである。
パンチは重くジャブでも脳を揺らす。
此方のパンチも当たらないしカウンターで返される。
仮にこちらのパンチやキックが当たったとしてもダメージになっても手数をかけないと致命打になり辛いだろう。
その前に僕が殺される。
状況も悪く、特にカウンターを受けた左脇腹へのダメージが甚大である。
打撃では勝てない。投げ一本である。
でも、投げるためにはどうやって――――。
ああ、閃いた。
僕はゆっくりと両腕を、顔先で構えた。
******
左右さんが、死んじゃう。
泣く事しか出来ない非力な自分が情けなく、かなうなら消えてしまいたい。
愛する人が絶体絶命の窮地に追われているのに私は何も出来ない。
精々、身を挺して一瞬だけ気を取る位コト位だろうか。
せめて、あの人の代わりに命を落とすのが私ならどれだけ良いのだろうか。
眩しい程光り輝く彼の命に比べたら、私の命に価値なんてない。
そう考えていると左右さんが両腕を顔先で構えた。
確かにおばあちゃんも有事の際は急所が多い顔だけは守る様にと言っていたけどあれでは腹部ががら空きである。
刹那、武田と呼ばれている大男が猛烈な勢いで左右さんとの間合いを詰める。
私は慌ててずっとしがみついている金城の指を思い切り噛む。
金城の大きな悲鳴。
でも次の瞬間、武田のストレートが左右さんが先程負傷した左脇腹に再び入った。
******
(ぐっ……痛い)
何故か金城が大きく叫んだからか武田が反応し、僅かだがストレートの威力が弱まった気がする。
それ以外は全部予定通り。
僕はストレートで伸びた武田の右腕を両手で掴む。
一度きりのチャンス。
「ああああああああっ!」
叫びながらそのまま、思い切り後ろに投げる。
驚いていたのか、武田は受け身が取れずに背中から落ち、泡を吹いてそのまま動かくなる。
命は無事だが当分動けないだろう。
******
「左右さんっ!」
痛がる金城の隙を突いて私は全力で彼の元へ駆け抜ける。
また、助けてくれた。
やはりこの人は私のヒーローなのである。
「梨杏ちゃん……良かった……うぅ」
再び左右さんが脇腹を抑え膝を突き、そのまま倒れてしまった。
二度目の負傷で骨が内臓を傷付けてしまったのかもしれない。
そのため、体を動かすコトも危険そうだ。
急いで救急車と警察に連絡しないといけない。
確か一階に固定電話が置かれていたと私は階段を駆け下りようとする。
「よくもやったなぁ!」
振り向くと、私に指を噛まれて痛がっていた金城が蛸の様に顔を真っ赤にして仁王立ちしていた。
「こいつらは後で産廃と一緒に捨てるとして梨杏! 今後俺に逆らわない様に躾けてやる! 裸にして、首輪を付けて――――」
「この変態豚野郎、そこまでだぜ!」
「!!!!」
階段を駆け上がる沢山の足音が聞こえる。
程無くして沢山の警察官の壁が現れ、一人だけ夏なのに黒いスーツの男性が前に出て叫んだ。
「罪名を言う迄も無ぇな。金城と武田を逮捕だ!」
「ま、待て! 俺はただそこの変なヤツに襲撃された被害者だ――――」
「寝言は寝て言えよ、豚が」
スーツの男性は左右さんを一瞥してから彼のビジネスバッグの中身を確認する。
その中から薄い鉄板と小さなスティック状の黒いものが出てきた。
彼はそれに付いているスイッチと押すと、先程までの会話が聞こえてくる。
ボイスレコーダーの様であり、スーツの人はまるで最初から左右さんのビジネスバッグの中に入っているコトを知っている様だった。
「決定的な証拠が、増えたな。まぁ、詳しくは署で聞こう。おい、連れて行ってくれ」
「違う、違うんだ! 離せッ!」
「ぐっ……これは……?」
金城と武田は大勢の警察官達に連行されていく。
一階からもこの会社の社員達だろうか、怒号が聞こえて遠ざかっていった。
落ち着いて、はっと私は我に返る。
倒れている左右さんの元へ近付き、彼の手を握った。
「左右さん……左右さんっ!」
「うぅ……」
少し休み、気を取り戻したようだ。ひとまず安心する。
彼は私に気付くと、この前の様に目を細めてほほ笑んでくれた。
体が痛い筈なのに。
「……梨杏ちゃん、大丈夫だった?」
自分の事よりも私を気遣ってくれる左右さん。
若干複雑な気持ちでありながらも心が温かくなる。愛を感じた。
「はいっ。左右さんは体を動かさずに休んでいてください」
また、頬に涙が流れる。でも今度は温かい。
握っている彼の手だって、温かい。
そして私は、彼に尋ねる。
「どうして、私なんかの為にここまで……」
あまり喋らせてはいけないのはわかる。
申し訳ないと思いながらも聞かずにはいられなかった。
それを聞いて、意外にも左右さんは目を瞑り悩んでいる表情を浮かべる。
「どうして、だろうね」
そして彼は苦笑いを浮かべる。
「子供を護るのが大人の仕事……ではあるんだけど、どうしても梨杏ちゃんの事が他人の様に思えなくてね。不思議だね、この前初めて会ったばかりなのに」
昔の事は忘れているか、と思いながらもそれでも私に何かを感じてくれていたコトに対して感動した。
******
おばあちゃん、私今分かったよ。
利益を求めず。
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