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小学校編
結婚六カ年計画 5
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2017年4月12日 水曜日。午前7時過ぎ。
梨杏ちゃんと家を出て、学校の近くで娘を見送ってから会社に向かう。
そう言えば一緒に暮らし始めて早10日だ。
まさか、この年になって娘が出来るなんて去年の夏までは夢にも思っていなかった。
別れて5分後、わたぬき商事に到着。
事務用品販売部門第二営業課に入ると、僕の隣の席の部長だけ既に入社していた。
「おはよう、華燭君。総務課からこれを渡すように言われたよ」
「おはようございます、部長。有難うございます」
50代前半の有坂部長。
体も胆も声も全部大きい直属の上司である。
僕が新入社員の頃からお世話になっており、そろそろ取締役になるのではと言われている。
部長から渡された封筒を開けると、梨杏ちゃんの保険証が入っていた。
被保険者氏名の欄に僕の名前が書かれており、込み上げてくるものがある。
つい僕は笑みが零れた。
「華燭君、いつの間に結婚したのかね? 教えてくれないなんて寂しいが、それ以上にめでたいね」
「いえ、この保険証は娘のです。先月末から養子と同居を始めました」
部長の目がぎょろっとした。
まあ、独身の僕が急に娘が出来たと話せば驚くか。
「それは大変だ。当分は出張や残業をさせない様に調整するから、早く帰る様にしなさい」
「ありがとうございます。もし、自力で調整が難しそうでしたら部長に業務数の采配をお願いするかも知れません」
部長は大きな口を開けて豪快に笑った。
「はははっ、君の場合は仕事に関しては心配不要だったな。
だが子供の扱いは難しい。
私にも娘が居るから分かるが、仕事以上に難解だ」
「仰る通りです。正直、娘とどう接すれば良いか全く分からない状況です」
そうだろう、と再び部長は大きな声で笑う。
いかにも昔気質で合わないと言う同僚や部下も居るが、僕はこの人が好きだ。
「今度、娘を紹介します」
あっはっはっはと三度部長は高らかに笑う。
「それは楽しみだねぇ。俺を見て怖がらないか心配だが」
「大丈夫、娘は空気も読めますから」
今度は僕も部長と一緒に笑った。
******
同日、夕方4時。
今日はノー残業デーなのでそろそろ梨杏ちゃんにRINEを送る為にスマホを開く。
早く帰って今夜はあの場所へ連れて行くからだ。
待ち受け画像は「絶対にリアンにして下さい」と言われていたから、先日浅沼海水浴場で撮影した際の画像にしていた。
親バカと言われても仕方がないが、まるで芸能人の様である。
「課長! ちょっとこの見積りを――って、ええっ?!」
「真田、どうした?」
部下の真田が手に持っていた見積もりの束をばらまいて硬直している。
すぐに我にかえった彼は、床に落ちた見積もりを拾い直し揃えて僕に渡した。
「か、課長。そんな趣味が……僕は失望しました。
憧れだったのにぃ」
「なんの話だ」
大事な見積もりを放り出す程何が衝撃的だったのか。
「そ、その待ち受け画面の美少女……課長ってロリコンだったんですね。
今にやにやしてましたし」
「はあぁぁっ?!」
しまった、また顔が崩れていたか。
それより真田からの誤解を解かなければ社内どころか社会的にも危うい状況だ。
その内皆に言わなければと思ったが、僕は観念して写真ファイルの中から僕と梨杏ちゃんが一緒に写っている写真を見せながら伝えた。
「勘違いするなよ、真田。この子は僕の娘だ」
「ええええっ! でも課長って独身貴族じゃ……」
貴族ってなんだよ、と言いたいがいつの間にか部署全員が僕達に注目している。
ああもう、そんなの気にするか!
「事情があって先月、僕と養子縁組を組んだ梨杏ちゃんだ。
ほら、今日届いた保険証にもしっかり名前が書いてある」
慌てて僕は朝部長から貰った梨杏ちゃんの保険証を見せる。
僕達が親子であると証明する分かり易い書類。
漸く真田は納得した様で、今度は不気味な笑みを浮かべた。
「本当だ。課長、今度私と会わせて下さい!」
「絶対に嫌だ!」
☆新規計画達成項目
・2017年4月12日 左右さんとの親子の証が増えた。
梨杏ちゃんと家を出て、学校の近くで娘を見送ってから会社に向かう。
そう言えば一緒に暮らし始めて早10日だ。
まさか、この年になって娘が出来るなんて去年の夏までは夢にも思っていなかった。
別れて5分後、わたぬき商事に到着。
事務用品販売部門第二営業課に入ると、僕の隣の席の部長だけ既に入社していた。
「おはよう、華燭君。総務課からこれを渡すように言われたよ」
「おはようございます、部長。有難うございます」
50代前半の有坂部長。
体も胆も声も全部大きい直属の上司である。
僕が新入社員の頃からお世話になっており、そろそろ取締役になるのではと言われている。
部長から渡された封筒を開けると、梨杏ちゃんの保険証が入っていた。
被保険者氏名の欄に僕の名前が書かれており、込み上げてくるものがある。
つい僕は笑みが零れた。
「華燭君、いつの間に結婚したのかね? 教えてくれないなんて寂しいが、それ以上にめでたいね」
「いえ、この保険証は娘のです。先月末から養子と同居を始めました」
部長の目がぎょろっとした。
まあ、独身の僕が急に娘が出来たと話せば驚くか。
「それは大変だ。当分は出張や残業をさせない様に調整するから、早く帰る様にしなさい」
「ありがとうございます。もし、自力で調整が難しそうでしたら部長に業務数の采配をお願いするかも知れません」
部長は大きな口を開けて豪快に笑った。
「はははっ、君の場合は仕事に関しては心配不要だったな。
だが子供の扱いは難しい。
私にも娘が居るから分かるが、仕事以上に難解だ」
「仰る通りです。正直、娘とどう接すれば良いか全く分からない状況です」
そうだろう、と再び部長は大きな声で笑う。
いかにも昔気質で合わないと言う同僚や部下も居るが、僕はこの人が好きだ。
「今度、娘を紹介します」
あっはっはっはと三度部長は高らかに笑う。
「それは楽しみだねぇ。俺を見て怖がらないか心配だが」
「大丈夫、娘は空気も読めますから」
今度は僕も部長と一緒に笑った。
******
同日、夕方4時。
今日はノー残業デーなのでそろそろ梨杏ちゃんにRINEを送る為にスマホを開く。
早く帰って今夜はあの場所へ連れて行くからだ。
待ち受け画像は「絶対にリアンにして下さい」と言われていたから、先日浅沼海水浴場で撮影した際の画像にしていた。
親バカと言われても仕方がないが、まるで芸能人の様である。
「課長! ちょっとこの見積りを――って、ええっ?!」
「真田、どうした?」
部下の真田が手に持っていた見積もりの束をばらまいて硬直している。
すぐに我にかえった彼は、床に落ちた見積もりを拾い直し揃えて僕に渡した。
「か、課長。そんな趣味が……僕は失望しました。
憧れだったのにぃ」
「なんの話だ」
大事な見積もりを放り出す程何が衝撃的だったのか。
「そ、その待ち受け画面の美少女……課長ってロリコンだったんですね。
今にやにやしてましたし」
「はあぁぁっ?!」
しまった、また顔が崩れていたか。
それより真田からの誤解を解かなければ社内どころか社会的にも危うい状況だ。
その内皆に言わなければと思ったが、僕は観念して写真ファイルの中から僕と梨杏ちゃんが一緒に写っている写真を見せながら伝えた。
「勘違いするなよ、真田。この子は僕の娘だ」
「ええええっ! でも課長って独身貴族じゃ……」
貴族ってなんだよ、と言いたいがいつの間にか部署全員が僕達に注目している。
ああもう、そんなの気にするか!
「事情があって先月、僕と養子縁組を組んだ梨杏ちゃんだ。
ほら、今日届いた保険証にもしっかり名前が書いてある」
慌てて僕は朝部長から貰った梨杏ちゃんの保険証を見せる。
僕達が親子であると証明する分かり易い書類。
漸く真田は納得した様で、今度は不気味な笑みを浮かべた。
「本当だ。課長、今度私と会わせて下さい!」
「絶対に嫌だ!」
☆新規計画達成項目
・2017年4月12日 左右さんとの親子の証が増えた。
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