トワイライトワールド

魂祭 朱夏

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第一章

第3話(3)

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「はぁ、はぁ…………」

 黒い煙は空へ消える。
 連続で相反した能力を使うのは想像以上に堪える様で、安心した事もあり私はその場で両膝を突いた。

「大丈夫ですか、聖さん!」
「う、うん。少し疲れただけ」
 とは言え正直かなり辛い。
 クロエちゃんから、まだ訓練を始めたばかりの私は「ファキュルテの使用は1日2回までにしましょう」と昨日言われたばかりなのに既に3回使用している。
 思うように呼吸が出来ず、胸が苦しい。

「ちょ、ちょっと横に……」
 膝立ちの状態も辛く、私はごろんと砂浜に転がる。
 涙を流しながら私の名を叫ぶジェニー。
 意識と視界が徐々に薄れてきた。


 この子を救えたのだ。悔いは無い。
 意識を失ってしまった様だ。


 ******

 
「聖さん! お願いです、起きて下さい!」
 私は懸命に彼女の名前を叫ぶ。
 また、仲間の命が消えていくのを指を咥えて見ているだけになってしまうのか。

 ……また?
 奇妙な感覚に襲われる。
 まるで以前一度経験した様な気分であり、目の前で誰か窮地である状況に以前も遭遇した様な感覚に陥っている。
 
 思い出した。
 あれはゴブリンが棲みついた洞窟に、初めてパーティを組んで仲間の冒険者達と行った時、矢で胸を射抜かれ命が消えゆくその人の手をずっと握っていたのだ。名前や顔は思い出せない。

 
 私は、何を思い出した?

 現実世界では有り得ない、まるでファンタジーの世界を自分が経験している。
 そんな筈、絶対に無いのに。

 
 私に治療する力があれば救えたかも知れないのに。
 その時とても後悔して私は、その際の報酬を教材に支払い、ヴェルダンディの魔塔で傷を癒す魔法、ヒーリングを習得したのだった。
 

 私はついに頭がおかしくなったのか。
 聖さんが危険な状態に陥っており、出来もしない妄想を膨らましているのだ。
 

「大丈夫。
 私があなたを必ず護るから。
 この世界は思えば何だって出来る場所なのよ」


 ふと、先程の聖さんの言葉を思い出した。
 それならと私は藁にも縋る思いで彼女の体に触れて、傷を癒すイメージを頭に浮かべる。
 私は気持ちを強くこめて叫んだ。

「ヒーリング!」

 瞬間、聖さんの体が白く光り、苦悶していた表情が一瞬で穏やかになる。
 ぱちりと彼女の大きな目が開く。
 私は安堵した。
 すぐに「えっ?」と言う表情で緑色の瞳は私に視線を向ける。
 当然だ、私にすら状況を掴めていない。

「体がすごく楽になってる。もしかして、ジェニーが何かしてくれた?」
「それが、私にもよくわからなくて。突然頭に記憶が浮かんだんです。もしかして私、今から凄く変なコトを言いますけど実際にそれで聖さんを治療できましたから引かないで下さいね?」
「分かってるわよ、ジェニー」


 ******

 
 ジェニーは真剣な表情で顛末を私に伝える。
 ……治療の系統のファキュルテに目覚めたのかなと思っていたが、敬意を聞いて少し腑に落ちない点がある。後でクロエちゃんに聞いてみよう。
 そう言えばクロエちゃんが来ない。
 いつもなら既に到着している筈なのに忙しかったのかな。

 そう思っていると、空から冷たい欠片を振りまきながら氷の翼で滑空する彼女が舞い降りてきた。
「申し訳ございません、遅れました! ……あれっ、貴女は?」
 クロエちゃんの姿を見てきょとんとした表情を浮かべていたジェニー。
 私も最初何事かと思ったのを思い出した。
 唖然としているジェニーの代わりに私が口を開く。
「彼女は私の同僚のジェニファーよ。で、ジェニー。この子は私に力の使い方を教えてくれたクロエちゃん。天使みたいに愛くるしい姿をしているけどもの凄く強いわよ」
「やだ、聖さんったら愛くるしいだなんてそんな……」
 照れている姿もやはり愛くるしい。

「そ、空を飛んでいたので驚きました。ジェニーってお呼び下さい、クロエさん」
「宜しくお願いします、ジェニーさん」
 二人は握手した。
 

 ******

 
 その後、私はクロエちゃんに顛末を説明する。
 ジェニーがココに居る事自体驚いていたが、彼女の特殊性の強い能力にお目にかかるのは初めてらしい。
 回復能力自体の存在は知っていた。しかし、別の世界で生きていて、その記憶が蘇るだなんて初めてだとの事。
 クロエちゃんは真剣な表情で暫く悩んだ後に口を開いた。

 
「顕現するファキュルテは、その人の生い立ちに依存する能力である事が多い傾向にある様です」

 私の一切斥引(クーロン)もそうなのかな。
 少し考えても今はその原因が思い浮かばないが、代わりにジェニーは思い当たる節があった様である。

「昔から夢でよく異世界を冒険している夢は見たコトがありました。
 でもそれは、アニメや漫画、小説を見て育てば誰だって同じじゃないのかなって思ってたのです。
 先程鮮明に浮かんだ記憶を考えると、もしかして実際に私は別の世界で生きていて、その世界で使用していた回復魔法が使えたのかなと思います。それも、核心に近い考えで……」
 
 信じられないですよね、と肩を落としながらジェニーは小さく呟く。
 そう言えば先程私を回復した際に敬意を伝えた時も目を背けていた。
 確かに常識的ではないし、妄想と現実を混同していると思われかねない。
 でも私は、彼女の親友である。

「えっ、信じるよ? だって、ジェニーの言葉だもん」
 常識や一般論なんて関係無く、私は親友である彼女を信頼しきっている。
 それに、既に超常現象は現在進行形で経験している。

「聖さん、ありがとうございます!」
 思わずジェニーは私に強く抱き着き、そのまま砂浜に押し倒してきた。
「ちょ、ちょっと……」
 クロエちゃんは顔を赤くしながら私達の様子を眺めていた。
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