魔術師サラの冒険日誌

魂祭 朱夏

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第二部

第9話 私が冒険者になった理由(5)

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 青い竜は両翼と長い尾を軽くうならせ、トカゲの様に鋭く黄色い目はゆっくりと私達を把握する。
 目算、少なくてもA級冒険者が4~5人居て各種役割を持つパーティがやっと相手に出来るクラスだ。

 
「ド、ドラゴン……どうして?」
 リュシーも動揺している。
 話ではこういう現象や生物のコトは聞いていたが目の当たりにしたのは初めてであり、おいおいと内心焦る。

 
=あぁ~、ココが陽(ひ)が注ぐ地かぁ。
 偶然……偶然だが、この世界に来るコトが出来たぜ=
 竜が喋った?!
 驚きの連続で、高い知識も持ち合わせている様である。
 
(ちいっ、どうすれば――)
 私はサラとリュシーを見た。
 ふたりともまるで蛇に睨まれた蛙の様に戦意を失っている。
 せめてこの子達だけでも助け出せないものか。

「帰ってくれないかしら。
 ココはあんたが望む様な場所じゃないよ?」
 言葉が通じるなら、と確率は低いだろうなと思いつつ私は竜に説得を試みた。

=なんだぁ? 人間、お前如きがこの俺に指図するのかァ?
 んっ、待て。魔術師も何人か居るみたいだな。
 なんだ、お前達が魔法を使いまくってたから俺が来ちまったんじゃねェか=
 案の定説得は失敗に終わる。
 そして残念ながら竜が召喚されてしまった原因は恐らく、先程の戦闘でリュシーににわとりを沢山召喚させてしまったからの様である。
 竜は言葉をつづけた。

=折角陽が照らす大地の世界へ来たんだ。ちょっくら観光して帰る位罰が当たんねェだろ? それに――――=
 あいつが笑った。一気に危険を感じる。

=試しに喰わせてくれよ。光を浴びて育ったメス共なんざ滅多にありつけねェご馳走なんだ!
 そうだな。先ずは一番美味そうなお前からだッ!=
「…………!」
 竜がサラと目を合わせる。驚きながらも震え、声も出せない。
 拙いと思い、私は床を蹴り彼女を助けようと態勢を向けるが、何故か突き飛ばされたサラが私に飛んでくる。

 リュシーが既に、走り出していた。


 ******


 二度目の人生が始まったばかりの、もう100年程前になる。

 貧しい寒村で生まれた私は4歳位の時、村の食事の為の間引かれて魔女の森へ捨てられた。
 二度と両親が居る村へ帰れないコトを悟った私は、幼いながらも森の奥へ歩き出し、いつしか疲れ果てて寝ていた。

 その時、後に私の師になる【生命の魔女】と呼ばれるエレナディスに拾われ育てられた。

 お前には素質がある。
 立派な大人になり素質が開花したらその体を乗っ取り、私の新しい身体にしてやるよ。
 だから健やかに育ちなさい。

 師への恩を返したい。
 私は懸命に学び、彼女の元ですくすくと育ち魔法生物学を師から教わった。
 魔女からは、両親からも貰えなかった愛を感じていた。
 
 ある日、魔女は病に臥せる。
 もう長くはないコトが分かり、私は自らの身体を差し出すと泣きながら懇願するが魔女は頑なに拒否する。
 遺言になるだろうと思われる最期の言葉を、生命の魔女は私にか細い声で告白した。


 魔女と呼ばれもう二世紀か。
 生命を弄び、散々天義に背く事を私はやり続けてきた。
 そんななか拾った子供……お前だ。
 初めはお前を次に魂が移る身体にしようと育てたが、移ったのは初めて感じた愛情だった。
 
 ありがとう、リュシー。
 私の二世紀の人生の中で最も幸福な時間は、お前と共に過ごした時だった。
 本当に、ありがとう――。


 師はそのまま永眠し私は彼女の魔術を全て継承した。
 そして胸に秘める。

 お腹いっぱいになれば幸せな気持ちになると師は教えてくれた。
 幸い、時間はほぼ無限にある。
 だから私は師に学んだこの魔法生物学によって、貧しい人達でもお腹いっぱいになれる世界を作るんだ――――。


 ******

 
「えっ?」
 リュシーはサラの元へ到着したかと思いきや、そのまま私の方へ投げていた。
 おっ、と私はサラを受け止める。
 
「二人とも、ありがと――――」
 次の瞬間、私達の目の前であいつは、竜の大顎により上半身から丸呑みされていた。
 
=……美味いが少し変な味が混じっていたな。
 食べ間違えたがまァ良いだろう=
 血の一滴も残さずこの世から消えてしまったリュシー。
 今度は私達の方向を見て、卑しい笑みを浮かべた。

=ああ、もっと食べたい=
「リュシーさん……私なんかの為に。私が先に食べられるべきなのに――」
 俯き、泣き出すサラ。しかし泣いている暇は無く、このままではすぐに私達の番である。
「サラ、諦めるな! 何とか、なるよ!」
 
 足掻いてやる。
 私は大きく一呼吸する。硬気功、そして軽気功。
 あの鳩時計は壊せなかったけど、全力で気を纏って殴れば竜だって倒せる筈だ。

 藻掻いてやる。
 油断している竜の懐に入り、新しい友を食べた竜の顎に下段から拳を振り上げた。
 竜の首は踏ん張れずに後ろに下がる。手ごたえアリ。

 だが。
=人間にしちゃあ良いパンチだ。あっちの世界でもそこそこやれるぜ?=
「!!!!」
 現実はどこまでも残酷である。
 実際は派手に吹き飛んで見せただけであまりダメージは入っておらず、逆に死角からの尻尾による強打で私は数メートル吹き飛ばされた。
「ラフィーナさんっ!」

「がはっ……」
 情けないったらありゃしない。
 格好つけるコトを言っておきながら遊ばれ、吐血し、一撃でダウンさせられている所を少女に見せてしまっている。
 尻尾が当たる瞬間に硬気功で防御したが、それでもあばら骨が2・3本折れてしまっている。
 傷に響くが、気功術の要である呼吸には影響が無いコトは幸いだ。
 本来こうなる前に依頼失敗だと退散している所だがこの子の前でこれ以上、恥ずかしい真似は出来ない。
 私は痛みを圧して立ち上がった。

=まだ生きているのか? 無駄に粘る人間だ。だが俺様の一撃で死ななかった人間は初めてだ。
 敬意を表して……食べられる為に祈る時間をやろうかぁ!=
 一歩、一歩と床を軋ませながら竜が近付いてくる。
 私はサラを見た。
 恐怖と悲しみに満ちた涙で綺麗な顔がくしゃくしゃになっている。
 このままでは彼女は、世界を呪いながら死んでしまうだろう。
 思えば彼女の涙は何故か、私を強い庇護欲でかきたてた。

 正面から行っても先ずダメ。
 かと言って視界範囲内には特に切り札となるモノは無い。
 視界範囲内には……ああっ!

 この期に及んで油断する竜を前に、私は脇腹の痛みを我慢して大きく息を吸い込み、叫んだ。
「私は、絶対に諦めない!」
「…………?!」
 私はサラを担ぐと階段を飛び降りる。
 あっと言う間に竜との距離を大きく開け、慌てて私を追ってきた。
=ま、待ちやがれッ!=


 ******


 少女を抱え、壁を蹴りながら一階へ戻る。
 天井には今やリュシーの形見となってしまった鳩時計が吊るされており、その奥には鎧が四体飾られている。
「あった!」
 私はサラを降ろし、飾られていた鉄の剣を持つ。
 ほぼ同時に背後から、階段を破壊された音がした。

=鬼ごっこの始まりかと思ったら……そんななまくらを手にしてどうするつもりだ?=
「ラフィーナさん!」
 不安そうな声でサラが叫ぶ。
 でも、もう大丈夫。逆転の切り札を私はこの手にしたのだから。
 
 遙呼吸法により私の傷の再生速度は速い。
 でも体のダメージは大きく、呼吸は出来るものの大きな痛みを伴っている。
 だけど、ここで格好つけなけりゃ冒険者じゃない。
 私は再び、痛みを圧して叫んだ。

「サラ、教えてあげる! あんたに何が足りなかったのかを!」
 私は鉄の剣を構える。
 そして再びサラを見る。
 驚いているものの涙は止まっていた。良かった。
 
=竜族の俺に、そんな鉄クズでかすり傷すら付けられると思ってるのかァ?=
「ああ、付けられるよッ!」
 ごふっ、と再び吐血する。
 でも私はその血を、刃が間引かれている刃先に塗り付けた。

「確かにこの剣は刃すら潰された鉄クズ剣。でもね、あたしが絶望せず、諦めずにただ信じるだけでドラゴンスレイヤーになっちまうのさ」
 会話を延ばし、自分自身にバフ効果の上乗せを狙う為にここでもう一呼吸し軽気功と硬気功の重ね掛け。
 私の血を伝い、剣にも硬気功の効果が付与された。

「このご時世、そんなご都合主義なんか……って思うでしょう?」
 もう一呼吸。
 本来気功術の重ね掛けは心臓への負担が大きい為に2回までと決まっているが、もう四重掛けだ。
 胸の鼓動が大きくなっている。

「だからこそ他人を信じ、そして自分を信じ、何かを成し遂げる力を自分で引き出すのさッ!」
 呼吸5回目。頭がくらくらする。
 が、その効果は絶大で、流石に竜も危険を感じたらしい。
=嘘だろォ? 本当に、ただの剣だろうがァ……=
「それはあんたが身をもって思い知ると良いさッ!」

 私は竜殺しの剣を掲げ、青竜に斬りかかった!


 ******


 すごい……。

 今の今まで感じていた絶望や恐怖が、あの方の輝きの前に総て吹き飛んだ。
 白い光を纏ったラフィーナさんが、向かってきた青竜の右腕をいとも簡単に切り捨てたのだ!

=ぎゃあああっ! てめェ……!=
「リュシーの仇だ……こんなもんじゃ済まさないよッ!」
 すかさず青竜の左腕が振り下ろされるが彼女はそのまま背後に回り、右翼、左翼と両翼を斬り落とす。
 鼓膜に響く程の強烈な咆哮を竜はあげた。

=くそッ、人間如きがァ!=
「!!!!」
 竜の尻尾が再びラフィーナさんを襲う。
 が、彼女は舞う様にその尾撃をかわし、逆にその尻尾も斬った。

「凄い……あの方の何処からあんな力が?」
 はっ、と私は気付く。
 その答えはもう知ってるじゃないか。


 諦めない心。信じる心。
 いつの間にか私は何事にも限界を決めつけてしまっていた。
 出来ないなんて勝手に思ってはいけなかったのだ。
 
 こころが、暖かくなった気がした。


 ******


 両翼に右手、そして尻尾を斬ってやった。
 それでも竜の生命力は超常的で、息の根が止まるまで油断ならない。

 大分戦闘力を削ったが……手負いの竜にもう油断はない。
 このままごり押しで行けるかどうか正直分からない。
 その前に、この身体に限界が来る可能性だってある。

 ――でも、何とかなる。
 そう思ってまた斬りかかろうとした時だ。

「ラフィーナさん、鳩時計が!」
 がたがたと鳩時計が動く。
 すると次々とにわとりが落ちてきて、私を避け一斉に竜に襲い掛かった。
=な、なんだこいつ等は!=
 しめたと思い、私はにわとり達に便乗して竜の身体を剣で刻んでいく。
 当然にわとり達は瞬く間にやられてしまうが、攪乱するには十分役に立った。
 ありがとう、リュシー。
 
=なめやがって……あの入れ物から出て来たな!=
 竜は残った腕で時計を破壊しようと拳を握り殴る。
 あははっ、思わず私は笑った。
=なッ……硬ェ、壊れねェ!=
 竜の腕が時計から弾かれる。骨に響いている筈だ。
「その時計、骨身にしみる程固いから諦めな!」
 再び私は次々に生まれるにわとり達と共に、順調に竜の身体にダメージを与え続けた。

 が、やはり竜族だった。
=あぁぁ……この俺が、人間なんかに負けるかァ!=
 不意を突く、先程よりも強烈な咆哮。にわとり達は全て吹き飛び、私も壁に叩きつけられる。
 拙い、呼吸が一瞬止まってしまった!
「くっ……もう少しだって言うのに!」
 力の源を失った私は、その場で膝を突いてしまった。
 鉄の剣も砕けてしまう。

=はぁ、はぁ。勝った……! 所詮、人間は人間なんだよォ!=
 もう一呼吸――ダメだ、苦しくて気を練れない。
 全身に何かが圧し掛かる様に動けないでいる。
 流石にこれはダメかな、と思った瞬間だった。


「何とか、なる――――」
 突然、背後から青白い光が見えた。サラ?
=なっ、今度はなんだァ?!=
 
「それは決して虚勢でもなく、準備を怠る言い訳でもなく、強い自信から発した言葉」
「サラ、それは……!」
 いつの間にか彼女は胸元のボタンを外し、白い胸元が半分露になっている。
 光の発生源は心臓がある左胸部からだ。
 
「ずっと、他人の目を気にし続けました……でも!
 ラフィーナさん、私は貴女を見て変わるコトが出来ました!」
 私と同じく、竜もあの光のヤバさに気付いた様だ。
=ちいッ、先に始末してやるゥ!=
 そして私の目の前を横切ろうとしている。
 そんなコトさせるか!
 私は折れた剣の柄に血を塗り、最後の小さな呼吸をして硬気功を練り竜の足元に投げた。

=ぎゃッ! てめェ、まだ――=
「今だよ、サラ! あんたの本当の力、見せてやりな!」
 目が霞む。
 そのまま私の意識は途切れた。
 

 ******


 あの恐ろしい青竜が向かってくる。
 でも不思議な事に恐怖は感じない。
 きっと、この青い魔力紋の光が、無尽蔵に魔力を私に供給してくれるからだ。

 7年間、何度も失敗した秘術。
 でも今なら。
 少なくても今だけは使える気がする。

 私は紋に手を当てて、たった三文字のコマンドワードを叫んだ。


「クレエ!」

 
 紋からゆっくりと引き抜き、現れる青白い魔法の剣。
 ああ……人生をかけ、夢にまで見た『こころの剣』。
 重さを感じず、総てを断ち切るマラブル剣の秘術。
 剣だけじゃない。身体がとても軽く感じ、猛突進してくる竜の動きすらゆっくりに感じる。

 きっと、私だってあの美しいラフィーナさんの様に舞える!
 私は向かってくる竜の懐に飛び込んだ。

=なんだとォ? いつの間に――=
「異界に……いいえ、地獄へ、還りなさい!」
 彼女の様に跳躍し、竜の顎を回避。そのまま頭上に落下し、上から剣を突き刺した。

=あああああああああああッッッ!!!!=
 
 竜の身体は青く光りだす。
 そのまま体は霧の様に消えてなくなった。


 ******


「んっ……」
 私はゆっくりと瞼を開く。
 ここは天国か、はたまた地獄か。
 倒れている私の後頭部には柔らかい感触がある。

「ラフィーナさんっ、良かった……!」
 見上げると天使が暖かい涙を零し、私の顔にぽたぽたと降り注ぐ。
 ああ、天国だったのかと一瞬思ったが、よく見たらサラだった。
 気絶してからここまでの経緯は不明だが何とかしてくれた様で、ずっと膝枕をしてくれていたらしい。

「あんたが倒してくれたんだね、サラ。一皮剥けたって表情をしている」
「はいっ。私……やっとこころの剣を顕現するコトが出来て、そして青竜を倒すコトが出来たんです」
 安堵の表情を浮かべながら涙を流すサラ。
 ああ、でもこう言う泣き顔ならまぁいいか……と私もつい頬を緩める。

「良くやったね」
「……ありがとうございます」
 私はサラの頬を撫でた。すると――。
(ん?)
 何だろう。なぜか違和感を覚える。
 
「でも、リュシーさんが……」
「そうね。折角仲良くなれたのに。お墓だけでも建ててから帰ろうか」
 私はゆっくりと立ち上がる。
 身体の痛みはあるものの、それでも寝ていたおかげで大分楽になった。
 サラの手を引いて立ち上がらせると突然――。

「呼んだ?」
「!!!!」
 そこには、竜に飲み込まれた筈のリュシーが半透明になって立っていた。

「あんたっ、無事だったのか!」
「あのドラゴンに丸呑みにされて死んじゃったけど、魔素が濃いせいで少しだけ魂がココに留まっているみたいね。
 もうすぐ完全に消えちゃうけど、二人に最期に会えて本当に良かったわ」
 リュシーは笑う。
 でもそこには、嬉しさと寂しさを併せた様な複雑な笑顔の様に思えた。
「この魂も消えたら――無限にわとり時計をヨロシクね」

 別れを惜しむ彼女。
 それは私も同じでサラは尚更そうだ。
「有難う御座いました。貴女が居たからこそ、私は今生きています」
「良いのよ、サラ。最期に誰かの役に立てたら本望よ。
 つるぺただなんて言ってゴメンね」
(余計なコトを……サラの顔が引き攣ってるぞ)
 そう考えながらもふと、思いつく。

「リュシー、あんた……まだ未練が残ってるんじゃない?」
「ま、まぁ。でも身体も無いしもう諦めるよ」
「二階の寝室に人形があったけど、アレじゃ駄目かい?」
「あっ、確かに。それならいけるかも!」
 完全な思い付きだったが彼女が消えないで済むらしい。
 それなら私が急いで取ってくると伝えると、二人は喜んだ。

「あっ、どうせなら可愛い方をヨロシク!」
「分かってるって!」


 ******


 ラフィーナさんは軽気功を使うと瞬く間に階段があった部分を駆け上がる。
 その様子を見ているとリュシーさんが訪ねて来た。
「ねぇ、サラ。もし私がここで命を繋ぐコトが出来たのなら私、二人の仲間になりたいな」
「何言ってるんですか。私達、一緒にドラゴンと戦った仲間ですよ?」
「ま、まぁ私は食べられただけだけどね」
 思わず私達は声を出して笑った。
「貴女が命がけで私を救って下さったから……あの竜に勝てたのです」


 ******


「待たせたね、持ってきたよ!」
 私はぬいぐるみを両手に持ち、先程よりも更に消えかかっているリュシーに差し出す。
 すると彼女は明らかに不満な表情をする。

「待てーい! 可愛い人形って言ったらコカトリスの方に決まってるでしょうに!
 くまじゃないでしょう、普通!」
「えっ……どう考えてもくまじゃないのか!」
「私もそう思いますよ、リュシーさん」
 忘れていた。
 このピンク頭はにわとりに狂っているのだった。

「ま、まぁ私の趣味じゃないけれども、あなたが可愛いって思って選んだならコレにするわ。
 ありがとう、ラフィーナ」
「素直にそう言いなさいよ」

 そう言いながらリュシーはくまのぬいぐるみの頭に手を当てて、ぼそぼそと詠唱する。
 瞬間、彼女の魂はぬいぐるみの中に吸い込まれたと思うとそれは立ち上がり、右手を上げた。
「うん、上手く魂が定着したみたい。ホムンクルスで新しい身体を作るまではコレに入ってるわ」
「傍から見ると、ぬいぐるみが動いたり喋ったりして可愛らしいね」
 うんうんと頷くぬいぐるみを見てサラの目はきらきらと輝いていた。

「因みにサラ、これを魔塔に連れて行ったら研究どころか実験材料にされないか?」
「その可能性は非常に高いですね」
 ぬいぐるみなのにリュシーの顔には大きな汗が噴き出す。
「まぁ、何とかなります。その前に先程ホムンクルスと仰いましたが今までの身体は――」
「……体は魔法生物学で作った体だったの」


 ******


「その後は貴女が知っている通りでラフィーナお姉様を家にご招待させて頂いて、『初めの』竜殺しと私の覚醒を祝ったの」
 クレアの目はうるうると目が潤み始め、そのまま私にしがみついてきた。
「お姉様が苦労されているコトは存じていたつもりでしたが……本当に大変だったのですねっ!」
 泣きつく妹の頭を私は優しく撫でながらミルクを飲む。
 そして、私が冒険者になった理由なのですが――と前置きをして、私は二人に伝えた。
 

「彼女の冒険者としての気高さと強さに魅入られ、そして私自身の可能性を信じる為に冒険者の道を選びました。
 そして花蓮流気功術を学び、魔術とは違う才能を見出され、気功術を駆使した方法で総てのハートシリーズを習得し現在に至ります。
 リュシーさんはあの後……まあ、色々ありましたが新しい身体も完成し、貴女も知る通りに同僚としてヴェルダンディの魔塔でにわとり魔法を研究してますね。
 ラフィーナお姉様があの忌々しき男、セルヴェ伯爵と結婚し宿を後にするまでは私とラフィーナお姉様とリュシーさんの三人で良く冒険をしてたのです」
 
「そう言えばリュシーはヴェルダンディの魔塔で元気にしてるの?」
 渦中の方がこの宿に居る時、しばしば衝突していたフィーユさんが意外なコトを私に聞く。
「はいっ、それはもう。近日中遊びに来るそうですよ」
「ふぅん、賑やかになりそうね」
 ふぅ、と彼女は一息つき私達が飲んだミルクのコップを持つ。
 今日はゆっくり休んでね、と言いながらフィーユさんはカウンターの後ろにある厨房へ戻る。
 隣で暫くサボっていたけど大丈夫だろうかと思った途端、厨房から親父さんの怒鳴り声が聞こえて来た。

 
「はぁ、そろそろラフィーナお姉様にお会いしたいなぁ」
「でしたら、今度セルヴェ伯爵領へ遊びに行きましょう。赤ちゃんも生まれたコトですし」
 流石は我が妹、天才だ。
 セルヴェ侯爵であるあの男の顔は出来れば二度と見たくなかったけど、崇拝するラフィーナお姉様とその御子息と会えるのなら耐えるコトが出来る。
 私は良い考えねと言ってクレアを抱きしめた。頬を赤くして照れる妹がとても愛しい。
 
 
 でもこの愛は父を除く家族とラフィーナお姉様にのみ向けていて、異性には一度も好意を寄せたコトは無い。
 恐らく、この先もずっとだ。
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