魔術師サラの冒険日誌

魂祭 朱夏

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第二部

第9話 私が冒険者になった理由(3)

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 お姉様、クレア。
 私は出来損ないですか?
 どうすれば私は、貴女達の隣に並ぶ資格が得られますか?

 歩幅なんて人それぞれ。
 こころの剣が使えなくても貴女は、私の大切な妹よ。

 サラお姉様!
 美しくて優しいサラお姉様を私はずっとお慕い申しています!

 優しい姉妹。
 いつも私に気をかけて、ずっと心配してくれている大切な姉妹。
 両親も優しい。

 なのに。それなのに。
 いやだからこそ私は力を付けなければいけないのに。

 家族に迷惑をかけてはいけない。
 周囲を絶望させてはいけない。

 でも。
 もがけばもがく程私の身体に、薔薇の棘の様なものが絡みついていく。


 ******


 次々と頭を向け襲い掛かる雪うさぎ。
 しめしめと私は思い、次々と兎の頭を殴り絶命させては毛皮を刈り、
 ナイフで血抜きをした後にまとめて鍋に入れた。美味しい。
 
 再び少女が泣き出してしまったので私は、この世は弱肉強食だと伝えたら更にお嬢様を泣かせてしまう。
 食事を終え再び歩き、彼女の機嫌が直ってきた頃に目的地である屋敷が見えた。
 
 背丈の二倍程の入口を開けると胸像が六体並ぶ。
 変な仕掛けは無さそうだが、この先警戒は必要である。
「到着したわね。ヴェルダンディの魔塔も中々良い屋敷を買い取ったじゃないの」
「魔術を行使する為の力場としては申し分ない場所ですね。
 とは言え、住居にして生活するには適さない場所ですけど」
「あらぁ、貴女もこんな状況で冗談を言える程なのね」
「近くの村にも寄らず、雪原を直進して自ら掘ったかまくらで一晩過ごせば肝も大きくなりますよ」
 少女はぷくっと焼いた餅の様に白い頬を膨らませた。

「雪うさぎで食料を確保できたのが大きかった。
 愛らしくてモフモフしている他に、美味しいコトが分かって良かったわね」
「むぅ、それはまぁ……」
 かまくらの中で泣きながらも一口焼いたうさぎを食べてみると一瞬硬直し、夢中でリスの様に頬張るお嬢様の姿を思い出した。
 それにしてもやはり肝が据わっているお嬢様だ。
 貴族ならば雪の中で野宿だなんて絶対に無理だと言いそうだが意外と二つ返事で了承してくれた。

 
(さて、ここであの約束を果たさなければならないのだけど……)

 空気がひりついている。幸いにも少女は感じ取っていないみたいだが。
 どうやらこの屋敷は程々に危険であり、彼女に修羅場1つ体験させる程度の何かが居る様だ。
 足を一歩踏み入れた瞬間、今まで外れたコトの無い『嫌な予感』が働いた。
 ――ハゲ親父に格好つけすぎたかな。あと1・2人位暇な同僚を回して貰っても良かったかもしれない。
 しかし、この子の前で私は絶対に弱さを出してはいけない。

「お嬢様、慎重に進むわよ。鬼が出るか蛇が出るか、分からないからね」
「そうですね。どことなく……嫌な予感がします」
(ほぉ、感性も悪くないわね)
 

 エントランスの正面には壁があり、そこには巨大なこの屋敷の絵画が飾られている。
 特段異常は無い。
 左右両方に扉があり左の扉は厨房及び食堂、右の扉は応接室となっていた。
 その他にも複数扉があり確認したが、特段異常は見当たらない。
 私達は絵画が飾られている壁の横にある左右の廊下の内、右側を進むことにした。

 廊下の先は広間になっており、左側の廊下も繋がっていた様だ。
 奥の壁には剣を構えた鎧が4つ並べられており、後ろを向くと二階への階段がある。
 念のため鎧も調べたが異常は無い。
 が、ここから異常な事が起き始める。

 こんな屋敷の中で、階段の上からトサカがある複数の白い鳥が羽根をばたつかせながら降りて来た。
 どう見てもにわとりである。3羽。
「こんな所ににわとり?!」
 予想外の現状に思わず私達は驚いた。
「本当に何故こんな場所に……って、あれっ?」
「お嬢様、どうしたの?」
「あのにわとり……魔法生物の様です」
「つまり、変なモノを作っている輩がこの屋敷に居るのね。
 ん? にわとり達の様子がおかしいわ」
 私達に気付いたにわとり達の目が赤く光る。そのまま大きく鳴き羽搏きながらまとめて襲い掛かってきた。

「うさぎの次はにわとりですか!」
「姫、私の後ろに隠れて!」
 良いながら私はお嬢様の前に立ち、拳を強く握る。
 ……野生のうさぎとは違って魔法生物のにわとりは少し硬そうだから――――。
 私は少し深く一呼吸する。
 全身が若干青みを帯びた光で包まれた。少しだけ、気功術を使ったのである。
 お嬢様もその変化に気付いたらしく、後ろで人なら誰もが自然に纏っている気が少し乱れていた。

 3羽のにわとりは同時に私へ飛び掛かってきた。
 好都合、と思い私は手を鉈の様に構え、一振りで全てのにわとりの首を切断する。
 やはり動物らしかぬ硬さである。
「これで今日の食事も豪華になりそうね」
「魔法生物は食べられません!」

 にわとり達を倒し第二波を想定して備えるが、追加の援軍は無さそうだ。
 二階から降りて来たのかなと思い階段の先を見上げようとすると螺旋状になっており確認する事が出来なかった。
 が、お嬢様がその出先に気付いた。
「ラフィーナさん、天井をご覧ください。大き目の鳩時計がぶら下がってます」
「本当だね。あんな所から落ちて来てたのかぁ」
 小屋の形をした箱に時計の円盤と秒針が取り付けられている。
 その下が開く様になっており、丁度先程のにわとり一匹が出入りできる様な大きさの穴。
 また出て来たら厄介だ。
「壊しますか?」
「んじゃあたしがやってみるよ」
 再び私は深く一呼吸。
 4メートル程の高さの天井にぶら下がる鳩時計めがけて跳躍し、今度は大きく振り被ってそれを破壊するつもりで拳を振った。
「せーのっ……って、硬ッ!」
 私は着地して拳を抑える。幸いにも骨には異常は無いが、思い切り殴った為に反動が身体に返ってきた。
「凄い音がしましたね……何らかの魔法技術で破壊対策を行っている様です」
「ドラゴンの身体だって貫けるのに……あいたたた。
 また鶏が現れる前に諦めて二階へ進もうか」
 

 ******


 二階へ上ると今度は縦に延びる廊下があり、奥と途中4つの計4つの部屋があるのみ。
 お嬢様の話では、奥から強い魔力を感じるらしいが残念ながら私では分からない。
 代わりに、嫌な予感の発生源がここら辺からなのは悟った。

 魔塔でこの屋敷を掌握したいならばこの先に潜む何かを何とかしなければいけない。
 私は取っ手に手をかけるが……鍵がかかっていて入れない。
「鍵がかかってるね。ピッキングでも開けられない」
「では、先に他の部屋を探索しましょうか」
 私達は他の部屋から調べるコトにした。

 階段から左手前前方の部屋。鍵がかかってないが空っぽである。
 右手前前方の部屋。同様に何もない。
 右後方の部屋。以下同文。
 左後方の部屋。三段構成の大きな本棚やベッド、机がある。他にも……。
「ぬいぐるみが置いてありますね。くまとにわとり……かわいい。
 あれっ、このにわとりの尻尾がへびですね」
「バジリスク……コカトリスとも言うけれど、一説だとへびの尾を持つにわとりの姿をしていると言われるわ。
 さっきの奴らに混じってなくて良かったわ」
 どのぬいぐるみにも異常は見当たらない。
 が、二体の人形の間に装飾された鍵が置いてあった。

「多分、コレで奥の部屋の扉が開きそうだね。行ってみようか」
「待ってください。少しだけ書物を確認しても宜しいですか?」
「ああ、構わないよ。持ち主の素性を知るコトが出来るだろうしね」
 少女は上段から背表紙を眺めては本を抜き出し、中身をぱらぱらとみる。
 中段を眺める。彼女は動きを止めた。
 何故か顔が赤くなりながら本を手に取り、1ページ目からめくる。
 生唾を飲む音が聞こえ、そのまま本を元の場所に置いた。
 彼女は下段の背表紙も眺めるが、今度は一冊も取り出さなかった。

「上段は経済学や魔術学についての一般的な書物が置かれています。
 しかし中段以下は……その、なんというか」
「なんというか?」
「……扇情的な内容の本が、中段下段を占めている様です」
 思わず私はニヤリとした。
「そうかい。もしお嬢様が興味をお持ちなら、丁寧に中身を確認するコトもやぶさかじゃないけど?」
「ひ、必要ありません! ですが……ここの本は後で魔塔に持ち帰り、同僚達と管理します」
「流石魔塔、気がくるってるねぇ」
 言いながら私は中段から一冊本を取り出す。
 ぱらぱらとめくると……成程、男同士が絡み合う奴であり私は頭を抱えた。
「どうしてこんな本があるんだ?」
 もう少し読書したいところだが、私達は部屋を出て再び正面の扉の前に立った。

 いよいよこの扉を開く。
 屋敷の構造上エントランスと同程度に広そうだが、誰かが先程のにわとりを生み出す鳩時計の様なものを作っているのだろうか。
 鍵穴に鍵をさす。解錠する事に成功した。
 取っ手に手をかざしながらお嬢様に言った。 
「分かっていると思うけど、この部屋に誰か居てそして私達を待ち伏せているわ」
「はい」
「お嬢様。ひとつだけ、誓って欲しいコトがあるの」
「どうしましたか?」
「万が一、絶望的な状況になってしまったら私を置いてすぐ逃げなさい」
 取っ手を握る手が汗ばむ。
「それは、お約束できません」
「どうして……」
 お嬢様は私の服の袖を握る。
「どんなコトがあっても生きて私を護って下さい。
 それに貴女は、私に足りないものを教えてくれると仰ったではないですか」

「そうだったねぇ」
 彼女に足りなかったものは踏み出す勇気。
 既にこの先へ進もうとしている時点でそれは手に入れている。
 最期かも知れないし、ここで今すぐ伝えてあげようかなとも思った。
 でも、それは辞めた。
「ねぇ、お嬢……いいえ、敢えてサラと呼ばせて貰うわ。
 約束は二人で無事に依頼が終わり、フィルドに帰る時に果たすわね。
 もう認めざるを得ないけどあんたも、良い冒険者になれるわよ」
「ラフィーナさん……有難う御座います」
 
「そう、何とかなるわ。さあ、二人で進むよ!」
「はいっ」
 
 扉を開け、私達は奥の部屋へ入った。
 この先、ひとつの死が待ち受けているコトも知らずに。
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