魔術師サラの冒険日誌

魂祭 朱夏

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第一部

第6話 侯爵護衛依頼2(2)

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 私達は、非戦闘員の貴族と護衛達や名誉騎士ウェイン士爵と共に出口を目指し移動する。
 一方で公爵御三家と会議場を護る兵士達は、紫色の法衣を纏う魔術師の仲間と思われる悪魔達を討伐する為に屋上へ向かった。
 

 会議場は地上二階地下無しで屋上付きの、ほぼ立方体の建物である。
 他国との戦争を想定し王室にある会議室とは別に、貴族会議が行われるこの会議場は独立して設置されている。
 円卓のある会議場を出て廊下を北方向に進むと屋上への階段があり、南方向に進むと一階への階段がある。
 一階の階段を下りて一本道を進めば出入口のあるロビーだ。抜け道の類は無い。
 壁は非常に分厚く堅牢な為、破壊する事は不可能である。



 二人の兵士を先頭に、私達一団は今南側の通路を走っている。
 目の前にある角を曲がれば一階への階段が見えてくるが、高齢だったり肥満だったりと身体的な不安要素のある貴族が少なくなく、想像以上に進行速度は遅い。
 魔術師ではあるけれども、お父様もお姉様もこのような有事の際を見据えて普段から鍛えているので出入口まで走り抜く体力は十分あるものの、魔法が制限された戦闘は護身程度しかこなせない。もしもの時は私が命を賭けても護るつもりだ。

 一方、この状況にウェイン卿はやや苛立ちを隠せないでいた。
 屋上から侵入してきたと思われるために出口までは危険は少ないとは思っているが、もしこの状況で悪魔や紫色の法衣の男の様な相手が現れたら対処に苦慮してしまう……と考えているのだろう。
 烏滸がましいとは思うけれども、万一の場合は彼も……護らなければ。
 内心不安を抱えながらも私達は列のやや中団に位置取りして走っていた。

 先頭の兵士が南東の曲がり角に差し掛かろうとする。
「ここを曲がればすぐ一階への階段が見え……がッ!」
「…………!」
 角の先から突然悪魔……先程のガーゴイルが現れ、先を走っていた兵士の一人を体当たりで壁に圧し潰す。
 無理矢理壁と一体化させられてしまった兵士は、誰が見ても息絶えていた。
 もう一人の兵士が動揺し立ち止まってしまった所に更に悪魔が現れ、身の丈程ある剣で兵士を真っ二つに叩き斬った。
 
「入口方向からも……と言うコトはつまり、一階は既に制圧されていると言う事か!」
 貴族の誰かが声をあげる。
 残念だがそう言うコトだろう。
 つまり、逃げ道が無くなったのだ。
 先導していた兵士達を紙屑の様に扱った悪魔二体に対し既に絶望している貴族も居る。
「もう、おしまいだ……」
 別の誰かが弱々しい声で呟いた。

 貴族の護衛の大半は、身構えたまま硬直している。
 恐らく殆どが何事も無く護衛を終えると思っており、悪魔なんかに遭遇するだなんて思わなかったのだろう。
 私だってそうだ。
 つくづく自分の認識の甘さに嫌気がさす。
 そう思っている内にいつの間にか隣に居たウェイン卿が最前線に躍り出て、一体の悪魔と剣で競り合っていた。
「お任せ下さい。この程度なら、私一人で!」

 言葉通りに先ず一体目の悪魔の胸部に剣で貫き、そのまま上に引き抜く。
 血の噴水が起きる。
 もう一体の悪魔は既にウェイン卿に向かい巨大な拳を振り上げていたが彼は腹部に強力な蹴りをお見舞いし、壁に突き飛ばす。
 背中から壁に叩きつけられた悪魔の首をそのまま体から一閃で切り離した。

 貴族達から一斉に安堵の声が漏れる。
 彼等に雇われた大半の護衛達も、目前で華麗に悪魔二体をあっという間に倒したウェイン卿を見て、驚きを隠せないでいる様だった。
「流石は名誉騎士だね」
 お父様は満足そうに頷いていた。


 私達は一階へ降りる事に成功し、あとはロビーへ出てそのまま脱出するだけだ。
 極度の緊張と運動により体力が限界に到達しもう走れない貴族達が続出している為、階段のすぐ西側にある食料の備蓄倉庫で休ませる事になった。
 残りはそのまま入口へ向かいながら、先程の様な脅威を潰しつつ先に会議場から脱出する。

「お父様とお姉様も倉庫で待機なされては……」
 私は二人に提案する。
「何言ってるの。貴女だけ危険な目に遭わせられないわ」
「サラ。私達だって少しは戦えるし君を護りたいんだ」
 二人は頑なに拒む。
 魔法が使えないと言う致命的な状況であるにも関わず、一緒に来てくれると言う二人に有難さを感じたものの一抹の不安を覚えるのだった。

 倉庫を出て廊下を南側へ進む。
 すると、また曲がり角から悪魔が二体現れた。
 直後、有り得ないと思っていたコトが起きる
「ぎゃああああっ!」
 断末魔の様な、背後からの絶叫。
 振り向くと、ハイル子爵の護衛の傭兵の片腕が剣ごと吹き飛ばされていた。
 悪魔だ、それも三体。
 前後五体の挟み撃ちである。

「どうして? 公爵達やエトワールさんが進んだ後方から悪魔が!」
 流石に想定外の出来事でお姉様も叫ぶ。
 他の貴族や護衛達の表情も驚きと絶望に変わり、その場に座り込んでしまう者も居た。
 既に数人、護衛が悪魔達の暴力により犠牲になっている。
 
「サラ様!」
 前線で悪魔と戦うウェイン卿も叫ぶ。
 ギニャール公爵や剣聖様、エトワールさん……。
 最悪の結果を想像してしまう。
 が、更に最悪なのはここで家族を失ってしまうコト。
 
 
 こんな時こそ心を、心を落ち着かさなければ――。
 

 *******


 私が冒険者になった、5年前。
 マラブル家の象徴たる心の剣を『一度だけ』使用して以来、幾ら努力してもハートシリーズの三種の魔法剣を顕現出来ずにいた。
 あの時は凶暴な竜の前に一人目のリュシーさんを失い、懸命に藻掻いた末に剣を顕現して倒したのだ。

 一度は希望が見えたのに。
 やっぱり私は魔力が少なく、一族の恥さらしなんだと再び塞ぎ込み始めていた。
 才能が無い。
 それが、こんなにも残酷で無慈悲な事なのか。


「サラ、入るよー?」
「……はい」
 扉を開けたのは事件後に私を冒険者に誘ってくれたラフィーナお姉様だった。
 勿論、私はセリスお姉様と妹のクレアの三姉妹なので実際に血縁関係は無く、彼女に尊敬の意を込めてお姉様と呼ぶ。
 一度私に希望を与えてくれたのがこの方だからだ。

「全く、いつまで部屋に籠ってんのさ! 今日も心の剣を使う練習するよ!」
「お姉様。私は……」
 私は、一度出来たコトを再現するコトすら出来やしない。
 そう言って私はわんわんと彼女の大きな胸を借りて泣いていた。

 暫く泣いていると少しずつ心が落ち着き、私は泣き止んでいた。
 そのタイミングを見計らっていたのかラフィーナお姉様は私に優しく話してくれる。
「ごめんよ、サラ。別に……心の剣なんて使えなくても私は良いと思うんだ。でも、あんたが使いたいって言ったからさ」
「使いたいです。こんな無能の私に期待してくれているお母様やお姉様達家族の為に。でも、私の魔力値は家族の半分にも……」
「魔力、かぁ」
 お姉様は私を優しく抱いて宥めてくれている。優しさと柔らかさが私を包む。
 一族の遺伝の壁がある私には、彼女の大きな胸も憧れだった。

「ん、魔力? そうだ、サラ。あたしあんたに気付いたコトがあるんだけど、ダメ元で試してみないかい?」
「えっ……?」


 *******


 悪魔が放つ、死神の鎌の刃の如く鉄の一撃。

 その剣の一撃を回避し、私は白く発光する右手の拳を振り抜く。
 右頬を撃ち抜いた瞬間、その体は大きな破裂音と共に粉々に砕け散った。
 破壊掌。
 ブルー村で襲撃に遭った際ホブ種のゴブリンに放って以来であり、私なら鉄の鎧すら問題なく砕ける。
 
 一瞬で仲間が肉片になった、不意打ちを仕掛けて優位だった筈の残りの二体の悪魔は大きく動揺している。
「……サラ殿、今のは?!」
 前方の一体を倒した所で破壊掌の音に驚き、思わず振り向いたウェイン卿。

 
『サラ、あんたはね――?』

 
「……これは、参ったな。初めて目の当たりにしたがここまでとは」
 お父様は軽く頭を抱えた様だ。
 そう言えばこの力をお見せするのは初めてだったかも知れない。
 

『魔法以外のとてつもなく大きな才能を持っているんだ。もしかして、それで補えるかも!』


「ガアアアアアアアッ!!!!!」
 本能的に感じた恐怖を振り払う為か、槍を振り回しながら大きく叫ぶ悪魔。
 向かってくる刃先をその手で正面から殴って破壊し、そのまま二体目の悪魔の腹部を貫いた。


『私なんかよりもずっと凄い、大きな才能なんだ。それは……』


「凄いわ、サラ!」
 セリスお姉様が嬉々とした声で私を褒めてくれた。
 家族のこの声の為に、私は総てを捧げて努力した。


『【気功】さ。あんた、魔術師なのにSS級のあたしより、内功も外功も遙かに強いんだよ!』


 最早戦意を完全に喪失していた三体目の悪魔。
 でも私は、容赦せず悪魔の首を手で跳ねた。
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