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第一章:リスタート
治ってる(セス視点)
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こんなものは単なる気休めだ。
「俺が時間を稼ぎます。大丈夫。エミリーさんと一緒に必ず追いかけます」
それでも出来るだけ恰好つけて表面だけでも取り繕い、セスは微笑んだ。
それからイザベラに背を向け、モンスターから守る位置に立ってから、奥歯を噛みしめる。
これじゃ駄目だ。お嬢様はきっと騙されてくれない。せめてなんともないフリが出来る怪我だったなら。いや、本当にどうにか出来る力が自分にあれば。
痛みはあまりない。その段階は越えてしまって、折れた部分がズクズクと波打っているだけだ。代わりに力が入らない。情けないことに立っているのがやっとだった。
悔しい。こんな有様ではイザベラが逃げる時間さえ稼げない。
「セス……エミリー」
背後からイザベラの呟きが聞こえた。絶望に染まった、声。そんな声は聞きたくないのに。自分が出させてしまった。絶望させてしまった。
「じゃあなぁ、勇者の卵」
オークがジェームス王子に足を振り下ろす瞬間、セスは折れていない右足に力を入れた。背後のイザベラもまた、動く気配。それを感じながら、セスはジェームス王子の襟首を掴み、ぐいっと引き寄せた。
ドン! 爆発したかと思う程の音を立て、オークの足が地面を粉砕した。おびただしい砂煙が一面に広がり視界を覆う。
「アメリアッ! 力を……私に貸しなさいッ」
「は? イザベラ様? 何をするんです!」
イザベラとアメリアの声。辺りに満ちる砂塵が収まりかけたころ、セスの背後で光が爆発した。真っ白な光に塗りつぶされ、何も見えなくなる。
「へっ?」
「何だ?」
光は一瞬だった。眩しくて霞んだ視界を戻そうと瞬きしながら、セスは間抜けな声を出してしまった。セスに襟首を掴まれたままのジェームス王子もまた、同様だった。
どうにも自分の五感が信じられなくて、ぽかんと馬鹿みたいに口を開けて自分の体を見下ろした。
「治ってる……」
折れていた左腕と右足に力が入る。重たかった体が軽い。
「おい、いつまで掴んでいる。離せ」
「ああ、申し訳ありません」
不機嫌そうにセスの手を払ったジェームス王子が、痛そうな素振りも見せずに立ち上がる。彼もまた、怪我が治ったらしい。
「は、え? え? あれ、痛くない、動けますです。どういうこと? あっ、お嬢様っ、きゃうっ」
慌てて振り返れば、エミリーが力の抜けたイザベラの下敷きになっていた。
「お嬢様! エミリーさん」
イザベラに何かあったのか。セスの体からざっと血の気が引く。
「大丈夫よ。ちょっと気が抜けただけ」
じたばたともがくエミリーの下から、気だるそうにイザベラが手を振った。
「俺が時間を稼ぎます。大丈夫。エミリーさんと一緒に必ず追いかけます」
それでも出来るだけ恰好つけて表面だけでも取り繕い、セスは微笑んだ。
それからイザベラに背を向け、モンスターから守る位置に立ってから、奥歯を噛みしめる。
これじゃ駄目だ。お嬢様はきっと騙されてくれない。せめてなんともないフリが出来る怪我だったなら。いや、本当にどうにか出来る力が自分にあれば。
痛みはあまりない。その段階は越えてしまって、折れた部分がズクズクと波打っているだけだ。代わりに力が入らない。情けないことに立っているのがやっとだった。
悔しい。こんな有様ではイザベラが逃げる時間さえ稼げない。
「セス……エミリー」
背後からイザベラの呟きが聞こえた。絶望に染まった、声。そんな声は聞きたくないのに。自分が出させてしまった。絶望させてしまった。
「じゃあなぁ、勇者の卵」
オークがジェームス王子に足を振り下ろす瞬間、セスは折れていない右足に力を入れた。背後のイザベラもまた、動く気配。それを感じながら、セスはジェームス王子の襟首を掴み、ぐいっと引き寄せた。
ドン! 爆発したかと思う程の音を立て、オークの足が地面を粉砕した。おびただしい砂煙が一面に広がり視界を覆う。
「アメリアッ! 力を……私に貸しなさいッ」
「は? イザベラ様? 何をするんです!」
イザベラとアメリアの声。辺りに満ちる砂塵が収まりかけたころ、セスの背後で光が爆発した。真っ白な光に塗りつぶされ、何も見えなくなる。
「へっ?」
「何だ?」
光は一瞬だった。眩しくて霞んだ視界を戻そうと瞬きしながら、セスは間抜けな声を出してしまった。セスに襟首を掴まれたままのジェームス王子もまた、同様だった。
どうにも自分の五感が信じられなくて、ぽかんと馬鹿みたいに口を開けて自分の体を見下ろした。
「治ってる……」
折れていた左腕と右足に力が入る。重たかった体が軽い。
「おい、いつまで掴んでいる。離せ」
「ああ、申し訳ありません」
不機嫌そうにセスの手を払ったジェームス王子が、痛そうな素振りも見せずに立ち上がる。彼もまた、怪我が治ったらしい。
「は、え? え? あれ、痛くない、動けますです。どういうこと? あっ、お嬢様っ、きゃうっ」
慌てて振り返れば、エミリーが力の抜けたイザベラの下敷きになっていた。
「お嬢様! エミリーさん」
イザベラに何かあったのか。セスの体からざっと血の気が引く。
「大丈夫よ。ちょっと気が抜けただけ」
じたばたともがくエミリーの下から、気だるそうにイザベラが手を振った。
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