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第一章:リスタート

光と影の記憶の断片 3

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「心配するな。魔王を倒した勇者として、俺が国を継いでやるから。なあ、兄者」

 魔法剣士である彼は第三王子で、彼の弟だった。
 片側だけの唇を吊り上げた魔法剣士が、魔法使いの令嬢を片手で抱き寄せた。

「魔王を倒してくれてありがとう。後は私たちに任せて」

 どんどん暗くなる視界で、魔法使いの令嬢が魔法剣士にしなだれかかったのが辛うじて見えた。

「お前、ま……さか、最初か、らそのつもりで……」
「そうだ。当たり前だろ。王位継承権の低い俺が王になるにはこれしかないんだからな」

 そんな。彼と魔法剣士との確執は知っていた。けれど、旅を通して、ぎこちなくだけど分かり合ってきたと思っていた。なのに。

「邪魔だったのよ。何をしても私たちはあなたたちの劣化版。剣も魔法も敵わない。どこに行ったってもてはやされるのは勇者様と聖女様。私たちはその仲間なんだもの。大体、ぽっと出の村娘が聖女だなんておかしいでしょう? 聖女も、王太子妃の座も、貴族令嬢の私の方がふさわしいわ」

 普通の村娘だった私は旅の途中で、勇者一行に見出され、仲間になった。

「一緒に行こうって、仲間だって、誘ってくれたのは」
「仲間? そんなこと思ったことないわ。聖女の力が必要だから誘っただけ。今まで我慢してあげてたのだから、感謝しなさいよね」

 魔法使いの令嬢が私の背中に刺さったままの短剣を蹴った。

 そうだったんだ。馬鹿みたい。彼女は野宿が嫌だとぼやいたり、時々喧嘩したりしたけど、それもいい思い出だって思っていたのに。仲間だって、思っていたのに。

 絶望。悲しみ。怒り。二人の裏切りがぽつりと私の心に黒い染みをつくる。

 ――そうだ。絶望しろ。悲しめ。怒れ。憎め。ははははははは! ザザザザッ……見ろ、これが人間ザザザザザよォッ……人間こそ……ザザ……イレギュラーを生み、我に力……ザ……を与えるのだザザザザザザザザザァッ!――

 私の心の中で、黒い影が、闇が、魔王が、嗤う。神の声が、ノイズに埋もれていく。

 血と共に、命が流れていく。手足が冷たくなっていく。思考が鈍くゆっくりになって、ノイズで埋め尽くされていく。一つの感情に凝り固まっていく。

 ――いけません。闇に飲まれては。呪縛を断ち切りなさい――

 許さない。彼を陥れた二人を。そんな二人を信用していた、能天気な私を。愛しい彼を救えなかった私を。許せない。許せない。許せない!

 ――愛し子よ、一度生を終えて魂を浄化します。せめて、次こそ平和な世界での生を――

「……神よ……! 俺の願……を聞いて……れ……」

 世界が闇に沈む。ノイズで満たされる。何も見えなくなる。ノイズ以外聞こえなくなっていく。
 許せない、ノイズ、許せない、ノイズ、許せ、ノイズ、ゆるノイズノイズノイズノイズノイズ。

 ふいに、静寂が訪れた。

 ――もう一度、やり直すことを望みますか?――

 やり直す? やり直せるなら。次があるなら。次こそ。

 私は祈った。
 次こそ、………に。

 ――愛し子よ。その祈り、必ず――。

 神の声を最期に、私という存在が、消えた。


※※※※


「……嬢様……イザベラお嬢様……」

 誰かが呼んでいる。誰だろう。知っている声だ。誰だったっけ。ええと、ずっと前からじゃなくて、最近。最近知り合った声だけど、あったかくて、好きな声。

「……うう……ん……エミリー?」

 小さくうめいて、イザベラは目を覚ました。
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