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第一章:リスタート

光と影の記憶の断片 1

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 自然ではない夢に落とされたからだろうか。イザベラの深く、深く、奥底に眠っていた記憶の断片が浮上していた。



 寒々しく広い石造りの建物の中にある、五人の人影。

 一人は闇より深い黒髪に鮮やかな赤い瞳の男。胸には剣が突き立っている。
 一人は黒髪赤目の男に剣を突き立てている男。
 一人は私で、剣を突き立てられている男と突き立てている男に向かって右手と左手をかざしていた。
 もう一人の男は、やや後方でボロボロになって膝を着いている。
 最後の一人は女で、ボロボロになった男とガタガタと震えていた。

「これで終わりだ!」

 剣を突き立てている男が叫ぶ。彼は勇者。私の仲間で、大切な人。
 剣を突き立てられているのは魔王。人々に血と恐怖と絶望をまき散らした元凶。

 私は腕を、それぞれ勇者と魔王にかざしていた。左手に癒しと聖なる力を。右手に邪を抑え封じる力を。

 そうだ。私は聖女。勇者を助けてその力を増幅し、闇を退け浄化する白の魔法使い。

 終わりだ。長かった。様々な苦境を乗り越え、大切なものを失くしながら辿り着いた。

 沢山いた仲間たち、同志たちはここに着く前に死んだり、戦線離脱して僅かになった。その僅かな仲間も、この場にいるのは勇者である彼と、聖女である私、魔法剣士の王子と黒の魔法使いの令嬢のみ。他の仲間たちは、魔王討伐の主要メンバーである私たちを先に行かせてまだ戦っている。

 私は傍らの勇者を見上げた。彼の背中を見ていると、じわじわと勝利の安堵と言いようのない愛情があふれてくる。

 魔王を倒せば世界を覆う闇が払われ、私たちの宿願の平和が訪れる。
 そして彼との、平凡で幸せな人生を始められる。

「くくく。いいだろう。今は倒されておこうではないか」

 胸と口から血をこぼしながら、その血よりも鮮やかな瞳を目の前の男、その後ろで膝を着く男、震える女、そして私に向けた。

 どく。

 私の心臓が嫌な波を打つ。

「その代わり、神よ。私を殺す勇者よ。勇者に力を与え、我を封……るザ……聖女よ、覚えておくと……ザザ……い……ザザ」

 魔王の体からじわりと黒い影が滲み出た。その声に不明瞭な響きが混じる。

 ――魔王。お前の存在は単なる創造のイレギュラー。消えてしまいなさい――

 魔王の声をかき消すように、神の言葉が響いた。

 愛しい彼。ここまで一緒に戦った仲間。大切な人たち。
 どうか皆が平和な世界で幸せに暮らせますように。

 祈りの力が勇者である彼の聖剣と、私の扱う聖なる力を強める。

 ――くくく。そのイレギュラーを生んだのは、何だ?――

 魔王の声が、ノイズとなってざらざらと心を逆なでする。剣から溢れる聖なる光の中に溶かされて姿を失い、黒い影になっていく。黒い影となって形を失くし、光の中でぐねぐねと蠢く魔王がにい、と辛うじて残った口角を吊り上げた。
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