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ずっと一緒に
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「ゼゾッラ!」
「バジーレ様」
半分に割って種をとったナツメの実をコンポートにしいると、バジーレが息せき切って厨房にやってきた。
「そんなに慌ててどうされたのですか」
鍋の火を止めたゼゾッラはコップに水を汲んで、バジーレに手渡した。
「ありがとう。ああ、しまった。ひげくらい剃ってからの方がよかったか」
息を整えながら、顔をしかめたバジーレがぐいっと水を飲み干す。空になったコップを台に置いて、背筋を伸ばした。
「ゼゾッラ」
「はい」
「俺は君とずっと共にいたい」
「え」
思いがけない言葉に、ゼゾッラは目を見開いた。
いつか手の届かなくなる人だと思っていた。そのうち自分よりもっと相応しい誰かと恋をして結婚するのを、側で見るか、自分から去ろうと思っていた。
「俺といるのは茨の道だ。苦労と嫌な思いをたくさんさせる。君の幸せを思うなら、俺と一緒にいない方がいい」
違う。バジーレと歩む道なら、茨だって楽しい。
「だが俺は、君といたい」
泣きたいほど嬉しかった。視界がぼやけているから、もう泣いてしまっているのかもしれない。瞳が熱い。それ以上に胸が熱い。
「君はどうなのか。正直な気持ちを聞かせてほしい」
「バジーレ様」
「ああ」
ゼゾッラは両手をバジーレに向けて伸ばした。
今やりたことは決まっている。
「抱きついてもいいですか」
驚いたように少し目を開いてから、両手を広げてくれた。ゼゾッラはそれが答えだと思って、胸に飛び込んだ。
「好きです。あなたと一緒にいるのが私の幸せです」
ぎゅうぎゅうとバジーレにしがみついた。温かくて厚みがあって、少し硬い。
「ゼゾッラ」
背中にバジーレの腕が回った。少し息苦しいのさえ、幸せだった。
****
それからは怒涛だった。翌朝いつもの壮年の男が立派な馬車に乗って迎えに来て、ジュッジョレ公爵家に招かれた。なんと男はジュッジョレ公爵その人だった。
ゼゾッラは公爵家の侍女たちに磨かれ、着飾られて、おそろしく甘やかされた。幽霊屋敷でもバジーレたちにわりと甘やかされていたと思っていたけれど、まだまだ甘かったらしい。バジーレがやんわりと怒られていた。
バジーレと共に簡単な礼法とダンスも教わった。
ゼゾッラは一応伯爵令嬢だったため習ってはいたが、いかんせん六年前のこと。すっかり忘れていたけれど、体は覚えていたらしい。少し教わっただけで思い出せた。バジーレの方は習う意味もなさそうだったけれど、一緒に練習できて楽しかった。
瞬く間に二か月が過ぎ、第一王子主催の舞踏会がやってきた。
バジーレは後から入場すると言っていたから、心細いけれど仕方がない。ゼゾッラが招待状を見せると、恭しく会場に通された。
社交界にデビューする前に父が亡くなったため、舞踏会ははじめてだ。緊張する。
豪華絢爛な会場には、着飾った人々がひしめいていた。みなが美しく、煌びやかで気後れする。
毎日美味しいものを食べさせてもらって少し肉がついた。
髪もつやつやになったし、綺麗に化粧を施され、体にあったドレスを着たゼゾッラも少しは見られるようになったはずだけれど。
大丈夫だろうか。どこか変なのかもしれない。
ゼゾッラは心配になった。
というのも、妙にこちらを見てくるのだ。特に若い男性が。
「バジーレ様」
半分に割って種をとったナツメの実をコンポートにしいると、バジーレが息せき切って厨房にやってきた。
「そんなに慌ててどうされたのですか」
鍋の火を止めたゼゾッラはコップに水を汲んで、バジーレに手渡した。
「ありがとう。ああ、しまった。ひげくらい剃ってからの方がよかったか」
息を整えながら、顔をしかめたバジーレがぐいっと水を飲み干す。空になったコップを台に置いて、背筋を伸ばした。
「ゼゾッラ」
「はい」
「俺は君とずっと共にいたい」
「え」
思いがけない言葉に、ゼゾッラは目を見開いた。
いつか手の届かなくなる人だと思っていた。そのうち自分よりもっと相応しい誰かと恋をして結婚するのを、側で見るか、自分から去ろうと思っていた。
「俺といるのは茨の道だ。苦労と嫌な思いをたくさんさせる。君の幸せを思うなら、俺と一緒にいない方がいい」
違う。バジーレと歩む道なら、茨だって楽しい。
「だが俺は、君といたい」
泣きたいほど嬉しかった。視界がぼやけているから、もう泣いてしまっているのかもしれない。瞳が熱い。それ以上に胸が熱い。
「君はどうなのか。正直な気持ちを聞かせてほしい」
「バジーレ様」
「ああ」
ゼゾッラは両手をバジーレに向けて伸ばした。
今やりたことは決まっている。
「抱きついてもいいですか」
驚いたように少し目を開いてから、両手を広げてくれた。ゼゾッラはそれが答えだと思って、胸に飛び込んだ。
「好きです。あなたと一緒にいるのが私の幸せです」
ぎゅうぎゅうとバジーレにしがみついた。温かくて厚みがあって、少し硬い。
「ゼゾッラ」
背中にバジーレの腕が回った。少し息苦しいのさえ、幸せだった。
****
それからは怒涛だった。翌朝いつもの壮年の男が立派な馬車に乗って迎えに来て、ジュッジョレ公爵家に招かれた。なんと男はジュッジョレ公爵その人だった。
ゼゾッラは公爵家の侍女たちに磨かれ、着飾られて、おそろしく甘やかされた。幽霊屋敷でもバジーレたちにわりと甘やかされていたと思っていたけれど、まだまだ甘かったらしい。バジーレがやんわりと怒られていた。
バジーレと共に簡単な礼法とダンスも教わった。
ゼゾッラは一応伯爵令嬢だったため習ってはいたが、いかんせん六年前のこと。すっかり忘れていたけれど、体は覚えていたらしい。少し教わっただけで思い出せた。バジーレの方は習う意味もなさそうだったけれど、一緒に練習できて楽しかった。
瞬く間に二か月が過ぎ、第一王子主催の舞踏会がやってきた。
バジーレは後から入場すると言っていたから、心細いけれど仕方がない。ゼゾッラが招待状を見せると、恭しく会場に通された。
社交界にデビューする前に父が亡くなったため、舞踏会ははじめてだ。緊張する。
豪華絢爛な会場には、着飾った人々がひしめいていた。みなが美しく、煌びやかで気後れする。
毎日美味しいものを食べさせてもらって少し肉がついた。
髪もつやつやになったし、綺麗に化粧を施され、体にあったドレスを着たゼゾッラも少しは見られるようになったはずだけれど。
大丈夫だろうか。どこか変なのかもしれない。
ゼゾッラは心配になった。
というのも、妙にこちらを見てくるのだ。特に若い男性が。
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