拝啓、死んだ方がましだと思っていた私へ。信じられないでしょうけど、今幸せよ。

遥彼方

文字の大きさ
上 下
7 / 9

ずっと一緒に

しおりを挟む
「ゼゾッラ!」
「バジーレ様」

 半分に割って種をとったナツメの実をコンポートにしいると、バジーレが息せき切って厨房にやってきた。

「そんなに慌ててどうされたのですか」

 鍋の火を止めたゼゾッラはコップに水を汲んで、バジーレに手渡した。

「ありがとう。ああ、しまった。ひげくらい剃ってからの方がよかったか」

 息を整えながら、顔をしかめたバジーレがぐいっと水を飲み干す。空になったコップを台に置いて、背筋を伸ばした。

「ゼゾッラ」
「はい」
「俺は君とずっと共にいたい」
「え」

 思いがけない言葉に、ゼゾッラは目を見開いた。

 いつか手の届かなくなる人だと思っていた。そのうち自分よりもっと相応しい誰かと恋をして結婚するのを、側で見るか、自分から去ろうと思っていた。

「俺といるのは茨の道だ。苦労と嫌な思いをたくさんさせる。君の幸せを思うなら、俺と一緒にいない方がいい」

 違う。バジーレと歩む道なら、茨だって楽しい。

「だが俺は、君といたい」

 泣きたいほど嬉しかった。視界がぼやけているから、もう泣いてしまっているのかもしれない。瞳が熱い。それ以上に胸が熱い。

「君はどうなのか。正直な気持ちを聞かせてほしい」
「バジーレ様」
「ああ」

 ゼゾッラは両手をバジーレに向けて伸ばした。
 今やりたことは決まっている。

「抱きついてもいいですか」

 驚いたように少し目を開いてから、両手を広げてくれた。ゼゾッラはそれが答えだと思って、胸に飛び込んだ。

「好きです。あなたと一緒にいるのが私の幸せです」

 ぎゅうぎゅうとバジーレにしがみついた。温かくて厚みがあって、少し硬い。

「ゼゾッラ」

 背中にバジーレの腕が回った。少し息苦しいのさえ、幸せだった。

****

 それからは怒涛だった。翌朝いつもの壮年の男が立派な馬車に乗って迎えに来て、ジュッジョレ公爵家に招かれた。なんと男はジュッジョレ公爵その人だった。

 ゼゾッラは公爵家の侍女たちに磨かれ、着飾られて、おそろしく甘やかされた。幽霊屋敷でもバジーレたちにわりと甘やかされていたと思っていたけれど、まだまだ甘かったらしい。バジーレがやんわりと怒られていた。

 バジーレと共に簡単な礼法とダンスも教わった。
 ゼゾッラは一応伯爵令嬢だったため習ってはいたが、いかんせん六年前のこと。すっかり忘れていたけれど、体は覚えていたらしい。少し教わっただけで思い出せた。バジーレの方は習う意味もなさそうだったけれど、一緒に練習できて楽しかった。

 瞬く間に二か月が過ぎ、第一王子主催の舞踏会がやってきた。

 バジーレは後から入場すると言っていたから、心細いけれど仕方がない。ゼゾッラが招待状を見せると、恭しく会場に通された。
 社交界にデビューする前に父が亡くなったため、舞踏会ははじめてだ。緊張する。

 豪華絢爛な会場には、着飾った人々がひしめいていた。みなが美しく、煌びやかで気後れする。

 毎日美味しいものを食べさせてもらって少し肉がついた。
 髪もつやつやになったし、綺麗に化粧を施され、体にあったドレスを着たゼゾッラも少しは見られるようになったはずだけれど。
 大丈夫だろうか。どこか変なのかもしれない。

 ゼゾッラは心配になった。
 というのも、妙にこちらを見てくるのだ。特に若い男性が。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

婚約破棄の甘さ〜一晩の過ちを見逃さない王子様〜

岡暁舟
恋愛
それはちょっとした遊びでした

美人の偽聖女に真実の愛を見た王太子は、超デブス聖女と婚約破棄、今さら戻ってこいと言えずに国は滅ぶ

青の雀
恋愛
メープル国には二人の聖女候補がいるが、一人は超デブスな醜女、もう一人は見た目だけの超絶美人 世界旅行を続けていく中で、痩せて見違えるほどの美女に変身します。 デブスは本当の聖女で、美人は偽聖女 小国は栄え、大国は滅びる。

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

冷徹公に嫁いだ可哀想なお姫様

さくたろう
恋愛
 役立たずだと家族から虐げられている半身不随の姫アンジェリカ。味方になってくれるのは従兄弟のノースだけだった。  ある日、姉のジュリエッタの代わりに大陸の覇者、冷徹公の異名を持つ王マイロ・カースに嫁ぐことになる。  恐ろしくて震えるアンジェリカだが、マイロは想像よりもはるかに優しい人だった。アンジェリカはマイロに心を開いていき、マイロもまた、心が美しいアンジェリカに癒されていく。 ※小説家になろう様にも掲載しています いつか設定を少し変えて、長編にしたいなぁと思っているお話ですが、ひとまず短編のまま投稿しました。

勘違い令嬢の心の声

にのまえ
恋愛
僕の婚約者 シンシアの心の声が聞こえた。 シア、それは君の勘違いだ。

断る――――前にもそう言ったはずだ

鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」  結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。  周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。  けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。  他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。 (わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)  そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。  ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。  そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?

どうやら貴方の隣は私の場所でなくなってしまったようなので、夜逃げします

皇 翼
恋愛
侯爵令嬢という何でも買ってもらえてどんな教育でも施してもらえる恵まれた立場、王太子という立場に恥じない、童話の王子様のように顔の整った婚約者。そして自分自身は最高の教育を施され、侯爵令嬢としてどこに出されても恥ずかしくない教養を身につけていて、顔が綺麗な両親に似たのだろう容姿は綺麗な方だと思う。 完璧……そう、完璧だと思っていた。自身の婚約者が、中庭で公爵令嬢とキスをしているのを見てしまうまでは――。

子育てが落ち着いた20年目の結婚記念日……「離縁よ!離縁!」私は屋敷を飛び出しました。

さくしゃ
恋愛
アーリントン王国の片隅にあるバーンズ男爵領では、6人の子育てが落ち着いた領主夫人のエミリアと領主のヴァーンズは20回目の結婚記念日を迎えていた。 忙しい子育てと政務にすれ違いの生活を送っていた二人は、久しぶりに二人だけで食事をすることに。 「はぁ……盛り上がりすぎて7人目なんて言われたらどうしよう……いいえ!いっそのことあと5人くらい!」 気合いを入れるエミリアは侍女の案内でヴァーンズが待つ食堂へ。しかし、 「信じられない!離縁よ!離縁!」 深夜2時、エミリアは怒りを露わに屋敷を飛び出していった。自室に「実家へ帰らせていただきます!」という書き置きを残して。 結婚20年目にして離婚の危機……果たしてその結末は!?

処理中です...