3 / 9
魔法使いと精霊
しおりを挟む
ドレスや髪の毛を掴まれて、地面に引き倒される。
それでもゼゾッラは、手足をめちゃくちゃに振り回して抵抗した。
「こいつ!」
頬を殴られて、手足から力が抜ける。もともと空腹でふらついていた体だ。限界はすぐそこだった。
「手こずらせやがって」
こうなったら舌でも噛みきってしまおう。そう覚悟を決めた時。
「なんだ? 鳩?」
暗闇に鮮やかな白い鳩が一羽、男たちをすり抜けてゼゾッラの肩にとまった。男たちもゼゾッラもぽかんと口を開ける。
なぜ鳩が。ゼゾッラの肩に?
『もう大丈夫だぜ、お嬢さん』
「え!?」
注目の中、白鳩が器用に片目をつむる。
その瞬間、突風が吹いた。
「きゃああ」
「うわっ」
「ぎゃっ」
目を開けていられなくて、ぎゅっと閉じた。あちこちでゼゾッラと同じように悲鳴が上がる。
髪の毛やドレスを風が巻き上げるが、不思議と心地よかった。
やがて風が止んで、ゼゾッラはそろそろと目を開ける。
「え? え? えええ?」
目に飛び込んできた光景に、ゼゾッラは混乱した。男たちが伸びてきた木の枝に縛られている。全員ぐったりとしていて、気を失っていた。
『ほらな。もう安全だ』
ゼゾッラの肩で、白鳩が得意気に胸を張っていた。この声は白鳩のものらしい。
「あなたがやったの?」
『風でぶん殴ったのはな! 縛ったのは俺じゃない』
「ヴェント!! アルベロ! 急にどうしたんだ」
男の声がして、茂みから人影が飛び出してきた。
ボサボサ頭のひげ面で、くたびれたローブをまとっている。目つきが鋭く、盗賊の仲間だと言われても違和感がない。
『遅いぞ、バジーレ。見てみろ。お前が遅いからお嬢さんが殴られた』
「なんだ。盗賊に襲われたのか。おい、面倒ごとはごめんだぞ」
『面倒ごとだか何だかなんて知らん! このお嬢さんを助けて差し上げろ』
「はあ?」
『助けなかったらもうお前とは絶交だ。アルベロもそうだろ?』
白鳩が広げた翼を男たちを縛っている木に向けると、しゅるしゅると伸びて人の形をとり、こくんと首を縦に振った。
「あの。ヴェントさん、アルベロさん。助けて下さってありがとうございました」
『礼には及ばねーよ。これくらいどうってことないぜ』
えへん、と鳩胸をさらに張るヴェントと、こくこくと頷く木の人形アルベロ。さっきの風といい、魔法生物だろうか。だとすると彼らの主人はバジーレと呼ばれたひげ面の男のようだ。
「ありがとうございました。バジーレ様。何も持っていないので感謝しか出来なくて申し訳ありませんが、これ以上ご迷惑はおかけしません。厄介者はすぐに消えますので」
立ち上がったゼゾッラは、ふらつきを抑えて淑女の礼を取った。
盗賊たちから、生きて逃げることが出来ただけで感謝しきれない。その感謝を形にして返せないのが心苦しいけれど、ゼゾッラのような疫病神は、さっさと離れた方がバジーレたちにとっていい。
少し休んでから近くの町まで歩いていけば、きっとなんとかなるだろう。少なくとも売られるより悪いことにはならない。
「ちょっと待った」
去ろうとするゼゾッラの腕を掴んだバジーレがひげ面をしかめた。
「うわ、なんだこれは。折れそうな腕だな」
「申し訳ありません」
「なぜ君が謝る」
バジーレがゼゾッラの頬に手を伸ばすと、ほわっと温かくなった。殴られた頬から痛みと熱が引いていく。温かい波動は頬だけでなく、じわじわと全身に広がっていった。とんでもなく気持ちがいい。あまりに気持ち良くて、すうっと意識が白くなっていく。駄目だ。寝てしまう。
音も景色も遠くなっていく中、背中に回された腕が力強かった。
それでもゼゾッラは、手足をめちゃくちゃに振り回して抵抗した。
「こいつ!」
頬を殴られて、手足から力が抜ける。もともと空腹でふらついていた体だ。限界はすぐそこだった。
「手こずらせやがって」
こうなったら舌でも噛みきってしまおう。そう覚悟を決めた時。
「なんだ? 鳩?」
暗闇に鮮やかな白い鳩が一羽、男たちをすり抜けてゼゾッラの肩にとまった。男たちもゼゾッラもぽかんと口を開ける。
なぜ鳩が。ゼゾッラの肩に?
『もう大丈夫だぜ、お嬢さん』
「え!?」
注目の中、白鳩が器用に片目をつむる。
その瞬間、突風が吹いた。
「きゃああ」
「うわっ」
「ぎゃっ」
目を開けていられなくて、ぎゅっと閉じた。あちこちでゼゾッラと同じように悲鳴が上がる。
髪の毛やドレスを風が巻き上げるが、不思議と心地よかった。
やがて風が止んで、ゼゾッラはそろそろと目を開ける。
「え? え? えええ?」
目に飛び込んできた光景に、ゼゾッラは混乱した。男たちが伸びてきた木の枝に縛られている。全員ぐったりとしていて、気を失っていた。
『ほらな。もう安全だ』
ゼゾッラの肩で、白鳩が得意気に胸を張っていた。この声は白鳩のものらしい。
「あなたがやったの?」
『風でぶん殴ったのはな! 縛ったのは俺じゃない』
「ヴェント!! アルベロ! 急にどうしたんだ」
男の声がして、茂みから人影が飛び出してきた。
ボサボサ頭のひげ面で、くたびれたローブをまとっている。目つきが鋭く、盗賊の仲間だと言われても違和感がない。
『遅いぞ、バジーレ。見てみろ。お前が遅いからお嬢さんが殴られた』
「なんだ。盗賊に襲われたのか。おい、面倒ごとはごめんだぞ」
『面倒ごとだか何だかなんて知らん! このお嬢さんを助けて差し上げろ』
「はあ?」
『助けなかったらもうお前とは絶交だ。アルベロもそうだろ?』
白鳩が広げた翼を男たちを縛っている木に向けると、しゅるしゅると伸びて人の形をとり、こくんと首を縦に振った。
「あの。ヴェントさん、アルベロさん。助けて下さってありがとうございました」
『礼には及ばねーよ。これくらいどうってことないぜ』
えへん、と鳩胸をさらに張るヴェントと、こくこくと頷く木の人形アルベロ。さっきの風といい、魔法生物だろうか。だとすると彼らの主人はバジーレと呼ばれたひげ面の男のようだ。
「ありがとうございました。バジーレ様。何も持っていないので感謝しか出来なくて申し訳ありませんが、これ以上ご迷惑はおかけしません。厄介者はすぐに消えますので」
立ち上がったゼゾッラは、ふらつきを抑えて淑女の礼を取った。
盗賊たちから、生きて逃げることが出来ただけで感謝しきれない。その感謝を形にして返せないのが心苦しいけれど、ゼゾッラのような疫病神は、さっさと離れた方がバジーレたちにとっていい。
少し休んでから近くの町まで歩いていけば、きっとなんとかなるだろう。少なくとも売られるより悪いことにはならない。
「ちょっと待った」
去ろうとするゼゾッラの腕を掴んだバジーレがひげ面をしかめた。
「うわ、なんだこれは。折れそうな腕だな」
「申し訳ありません」
「なぜ君が謝る」
バジーレがゼゾッラの頬に手を伸ばすと、ほわっと温かくなった。殴られた頬から痛みと熱が引いていく。温かい波動は頬だけでなく、じわじわと全身に広がっていった。とんでもなく気持ちがいい。あまりに気持ち良くて、すうっと意識が白くなっていく。駄目だ。寝てしまう。
音も景色も遠くなっていく中、背中に回された腕が力強かった。
0
お気に入りに追加
36
あなたにおすすめの小説
【完結】もう…我慢しなくても良いですよね?
アノマロカリス
ファンタジー
マーテルリア・フローレンス公爵令嬢は、幼い頃から自国の第一王子との婚約が決まっていて幼少の頃から厳しい教育を施されていた。
泣き言は許されず、笑みを浮かべる事も許されず、お茶会にすら参加させて貰えずに常に完璧な淑女を求められて教育をされて来た。
16歳の成人の義を過ぎてから王子との婚約発表の場で、事あろうことか王子は聖女に選ばれたという男爵令嬢を連れて来て私との婚約を破棄して、男爵令嬢と婚約する事を選んだ。
マーテルリアの幼少からの血の滲むような努力は、一瞬で崩壊してしまった。
あぁ、今迄の苦労は一体なんの為に…
もう…我慢しなくても良いですよね?
この物語は、「虐げられる生活を曽祖母の秘術でざまぁして差し上げますわ!」の続編です。
前作の登場人物達も多数登場する予定です。
マーテルリアのイラストを変更致しました。
悪役令嬢になるのも面倒なので、冒険にでかけます
綾月百花
ファンタジー
リリーには幼い頃に決められた王子の婚約者がいたが、その婚約者の誕生日パーティーで婚約者はミーネと入場し挨拶して歩きファーストダンスまで踊る始末。国王と王妃に謝られ、贈り物も準備されていると宥められるが、その贈り物のドレスまでミーネが着ていた。リリーは怒ってワインボトルを持ち、美しいドレスをワイン色に染め上げるが、ミーネもリリーのドレスの裾を踏みつけ、ワインボトルからボトボトと頭から濡らされた。相手は子爵令嬢、リリーは伯爵令嬢、位の違いに国王も黙ってはいられない。婚約者はそれでも、リリーの肩を持たず、リリーは国王に婚約破棄をして欲しいと直訴する。それ受け入れられ、リリーは清々した。婚約破棄が完全に決まった後、リリーは深夜に家を飛び出し笛を吹く。会いたかったビエントに会えた。過ごすうちもっと好きになる。必死で練習した飛行魔法とささやかな攻撃魔法を身につけ、リリーは今度は自分からビエントに会いに行こうと家出をして旅を始めた。旅の途中の魔物の森で魔物に襲われ、リリーは自分の未熟さに気付き、国営の騎士団に入り、魔物狩りを始めた。最終目的はダンジョンの攻略。悪役令嬢と魔物退治、ダンジョン攻略等を混ぜてみました。メインはリリーが王妃になるまでのシンデレラストーリーです。
子育てが落ち着いた20年目の結婚記念日……「離縁よ!離縁!」私は屋敷を飛び出しました。
さくしゃ
恋愛
アーリントン王国の片隅にあるバーンズ男爵領では、6人の子育てが落ち着いた領主夫人のエミリアと領主のヴァーンズは20回目の結婚記念日を迎えていた。
忙しい子育てと政務にすれ違いの生活を送っていた二人は、久しぶりに二人だけで食事をすることに。
「はぁ……盛り上がりすぎて7人目なんて言われたらどうしよう……いいえ!いっそのことあと5人くらい!」
気合いを入れるエミリアは侍女の案内でヴァーンズが待つ食堂へ。しかし、
「信じられない!離縁よ!離縁!」
深夜2時、エミリアは怒りを露わに屋敷を飛び出していった。自室に「実家へ帰らせていただきます!」という書き置きを残して。
結婚20年目にして離婚の危機……果たしてその結末は!?

夫の隠し子を見付けたので、溺愛してみた。
辺野夏子
恋愛
セファイア王国王女アリエノールは八歳の時、王命を受けエメレット伯爵家に嫁いだ。それから十年、ずっと仮面夫婦のままだ。アリエノールは先天性の病のため、残りの寿命はあとわずか。日々を穏やかに過ごしているけれど、このままでは生きた証がないまま短い命を散らしてしまう。そんなある日、アリエノールの元に一人の子供が現れた。夫であるカシウスに生き写しな見た目の子供は「この家の子供になりにきた」と宣言する。これは夫の隠し子に間違いないと、アリエノールは継母としてその子を育てることにするのだが……堅物で不器用な夫と、余命わずかで卑屈になっていた妻がお互いの真実に気が付くまでの話。
十三回目の人生でようやく自分が悪役令嬢ポジと気づいたので、もう殿下の邪魔はしませんから構わないで下さい!
翠玉 結
恋愛
公爵令嬢である私、エリーザは挙式前夜の式典で命を落とした。
「貴様とは、婚約破棄する」と残酷な事を突きつける婚約者、王太子殿下クラウド様の手によって。
そしてそれが一度ではなく、何度も繰り返していることに気が付いたのは〖十三回目〗の人生。
死んだ理由…それは、毎回悪役令嬢というポジションで立ち振る舞い、殿下の恋路を邪魔していたいたからだった。
どう頑張ろうと、殿下からの愛を受け取ることなく死ぬ。
その結末をが分かっているならもう二度と同じ過ちは繰り返さない!
そして死なない!!
そう思って殿下と関わらないようにしていたのに、
何故か前の記憶とは違って、まさかのご執心で溺愛ルートまっしぐらで?!
「殿下!私、死にたくありません!」
✼••┈┈┈┈••✼••┈┈┈┈••✼
※他サイトより転載した作品です。
義妹の嫌がらせで、子持ち男性と結婚する羽目になりました。義理の娘に嫌われることも覚悟していましたが、本当の家族を手に入れることができました。
石河 翠
ファンタジー
義母と義妹の嫌がらせにより、子持ち男性の元に嫁ぐことになった主人公。夫になる男性は、前妻が残した一人娘を可愛がっており、新しい子どもはいらないのだという。
実家を出ても、自分は家族を持つことなどできない。そう思っていた主人公だが、娘思いの男性と素直になれないわがままな義理の娘に好感を持ち、少しずつ距離を縮めていく。
そんなある日、死んだはずの前妻が屋敷に現れ、主人公を追い出そうとしてきた。前妻いわく、血の繋がった母親の方が、継母よりも価値があるのだという。主人公が言葉に詰まったその時……。
血の繋がらない母と娘が家族になるまでのお話。
この作品は、小説家になろうおよびエブリスタにも投稿しております。
扉絵は、管澤捻さまに描いていただきました。

冤罪をかけられた上に婚約破棄されたので、こんな国出て行ってやります
真理亜
恋愛
「そうですか。では出て行きます」
婚約者である王太子のイーサンから謝罪を要求され、従わないなら国外追放だと脅された公爵令嬢のアイリスは、平然とこう言い放った。
そもそもが冤罪を着せられた上、婚約破棄までされた相手に敬意を表す必要など無いし、そんな王太子が治める国に未練などなかったからだ。
脅しが空振りに終わったイーサンは狼狽えるが、最早後の祭りだった。なんと娘可愛さに公爵自身もまた爵位を返上して国を出ると言い出したのだ。
王国のTOPに位置する公爵家が無くなるなどあってはならないことだ。イーサンは慌てて引き止めるがもう遅かった。

この度、皆さんの予想通り婚約者候補から外れることになりました。ですが、すぐに結婚することになりました。
鶯埜 餡
恋愛
ある事件のせいでいろいろ言われながらも国王夫妻の働きかけで王太子の婚約者候補となったシャルロッテ。
しかし当の王太子ルドウィックはアリアナという男爵令嬢にべったり。噂好きな貴族たちはシャルロッテに婚約者候補から外れるのではないかと言っていたが
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる