上 下
29 / 34

第二十九話 魔王様、真実を知る

しおりを挟む
 固まって震えている子供たちの前で仁王立ちになる。

 ドン!

 リベラの雷魔法がサナトの掲げている魔剣に落ちた。

 衝撃と共に一瞬、ぶつんと強制的に意識が途切れ、瞬時に戻った。力の抜けかけた足を踏ん張り、倒れるのを堪える。
 まだ己の足で立っているらしい。衝撃で吹き飛ばされるのは免れたようだ。

「がはっ」

 内臓がやられたのか口からぼたぼたと血が滴り落ちる。もともと破れていたつなぎはさらにズタボロだ。剣を持っていた腕は焼かれ、再生は始まっているが普段に比べてかなり遅い。

 しゅうしゅうという音を立てて微かな煙を吐いている腕で、サナトは魔剣を鞘に仕舞った。そうしないと本当に動けなくなる。

「サナトお兄ちゃぁん」
「っと」

 足に、小さいがそれなりに勢いのいい衝撃を受ける。そのまま両足をぎゅうっと抱えられた。

「怖かったよぉ」
「びぇええぇん」

 サナトの足にしがみついてくる三つの小さな温もり。マーヤーの幻影から解放された子供たちだ。カイルの手には、サナトがつなぎから引きちぎったワッペンが握られている。
 農帽と軍手はベスに、つなぎのワッペンは子供たちに投げておいた。これでひとまずは幻影にかかることはない。

「安心しろ。もう大丈夫だ」

 サナトは少しかがむと、再生しかけている手で三人の頭を撫でた。

「嘘……」

 呆然としたリベラの呟きが小さく空気を震わせた。一呼吸おいてから、その顔がくしゃりと歪む。

「サナトさんっ!」

 駆け寄ってきたリベラが、ぼろぼろと涙をこぼす。サナトはもう一度子供たちの頭を撫でると、足にしがみついている手を離させ、両親の方へ背中を押した。

「ご……ごめんなさい。わ、私、サナトさんが殺されそうだったから魔物を倒したつもりだったのに」

 サナトは顔をくしゃくしゃにして泣くリベラの細い肩を引き寄せ、腕の中に収めると背中を軽く叩いた。こうやってリベラに触れるのもきっと最後になる。

「……いい。リベラ殿はマーヤーの幻影にはめられていただけだ。気にするな」

 リベラが来たことでサナトの気が逸れた時、マーヤーが笑っていた。あの時マーヤーがリベラに幻影をかけたのだろう。
 リベラの魔法の矛先はマーヤーでも男でも、ましてやサナトですらなく、子供たちだったのだ。リベラの目には、子供たちが魔物でサナトを殺そうとしているように見えていたらしい。

「人間如き、見殺しにすれば良かったのに。魔王サナトともあろうものが、馬鹿じゃないの」

 尻についた埃を払い、マーヤーが腰に手を当てて胸を反らした。

「え……魔王?」

 腕の中で泣いていたリベラが、小さく呟いた。

「あら、知らなかったの? その男は魔王。お前たち人間を滅ぼすものよ」

 リベラがサナトを見上げる。涙に濡れた青い目がサナトの頭にある角へ向いた。他にも複数の視線が、サナトの魔族として一番特徴的な角に刺さる。

 潮時がきた。
 サナトの胸中は意外と静かなものだった。
 
「本当のことだ、リベラ殿。私は魔王サナト・クマーラ。ただし」

 サナトはリベラの背中に回していた腕に少しだけ力を込めてから、体を離した。

「もう人間を滅ぼすものではないが、な」

 数歩前に出て、リベラたちから距離を取ると立ち止まった。魔剣の柄に手をかける。

「リベラ殿、ベス。突然魔王と魔物が現れたと、王都に助けを求めろ。魔王がアストライアの誓いを破ったと言え」

 この町は王都に近い。王都に近い町に魔王と魔物が攻めてきたなら、直ぐに勇者と軍が派遣される。
 さらに、誓いを破れば女神の裁きでサナトは死ぬことを、人間の王たちは知っている。サナトが死ねば、それみたことかと、残った魔物を掃討しに人間の軍勢がやってくる筈だ。

 つまり、今マーヤーたちを追い返しさえすれば、サナトがいなくとも後は勇者と人間たちがリベラたちを守る。

 魔力は尽きた。
 瘴気は必要最低限しか残っていない。

 マーヤーと側近の男を倒せるかどうかは分からないが、傷を負わせて退けることは出来るだろう。

 右足を前に、左足を後ろに。
 右手は剣の柄。左手は鞘。

 曲げた足。落とした腰に力をためる。
 腹の底に残った、生命を維持するのに必要な瘴気。それを残らず練り上げる。

 使い切れば死ぬ。百年後に復活するころには、リベラたちはいない。畑もレンタルが終了するし、サナトが使っていたことさえ忘れ去られるだろう。

 人間界で共存し始めていた魔物たちは弱体化し、排斥されるか討伐される。魔界の境界線は後退し、魔界にいる魔族や魔物は休眠のような状態になる。

 全てはサナトが畑をやり始める前。元に戻るだけのこと。

 身体中の瘴気を腹の中心に集め、他が空になったからだろうか。がらんどうの胸に風が吹いた。
 それが妙におかしく感じ、サナトは自嘲の笑みを浮かべる。
 マーヤーたちに斬りかかろうと、魔剣の柄を握り直した、その時。

「楽しそうなことしてんなぁ。俺も混ぜてくれよ」

 ぽん、とサナトの肩に手が置かれた。

「!?」

 完全に意表を突かれ、サナトは勢いよく手の主を見る。

 先ほどまでそこには誰もいなかった。誰かがサナトに近付く気配もなかった。

 そこにいたのは、はちみつ色の金髪と青い瞳を持つ、精悍だが人好きのする顔の中年の男。

「よう。さっきぶりだな、魔王」

 片手を上げてにかっと笑う男は、和平交渉の会談の場にいた、今代の勇者だった。

「ゆ、勇者……なぜお前がここに」

 そう聞いてから、つい、間抜けな質問をしてしまったと顔をしかめる。

 いきなり現れたのだから、転移魔法に決まっている。
 もう王都まで知らせがいったのか。そういえばリベラの父は王宮に勤める魔法使いだ。通信の魔法具で連絡を取ったのか。

「あー、何でここにいるかって答えなら……」
「お、お父さん!?」

 理由を言いかけた勇者をリベラの叫び声が遮った。

「お父さん……?」

 魔剣の柄に手をかけたまま、サナトは固まった。

 雷で耳をやられていたのだろうか。
 今、リベラが勇者をお父さんと呼んだように聞こえたのだが。

「無事か、リベラ」

「私は大丈夫だけど、サナトさんが酷い怪我なの。お父さん治してあげて!」

 リベラに視線を向けた途端、表情をだらしなく崩した勇者にリベラが声を張り上げた。やはり、お父さんと呼んでいる。

「り、リベラ殿。今、何と……?」

 理性では分かっているのだが、気持ちが追いつかない。サナトは恐る恐る聞き返した。

「だから、酷い怪我だから早く治してもらわないとっ」

「いや、そうではなくてだな。そこの勇者なのだが」

 胸の前で握った拳を上下させるリベラの答えは、サナトの質問とずれていた。サナトの肩に手を置いたままの男を指さし、訂正するとリベラが驚いた表情になった。

「勇者? お父さん、勇者なんてやってたの?」

「おー。そういえばお前には仕事で城に緊急招集されたとしか言ってなかったな。実はお父さん、勇者に選ばれちまってなぁ」

 照れ臭そうに笑い、勇者が頬を掻く。

「別にそんなことどっちでもいいから! サナトさんを治してあげてってば」

「どっちでもいいのかっ!?」

 今度は勇者が固まった。

「ああ、もういい。お父さんには頼まないから。私が治す」
「待て。治す、治すって!」

 頬を膨らませたリベラに、慌てて勇者がぶつぶつ言いながらサナトに治癒魔法をかける。

「リベラ殿の父御が勇者……」

 そういえば和平交渉の場ではじめて勇者を見たというのに、覚えのある視線だった。どこで感じた視線だったのか、あの時は思い出せなかったが――。

「……あの、視線」

 話し合い殴り合いの後で魔界から人間界に戻った時に感じた視線。ケーキを作っていて感じた視線。ゴブリンたちと共に頭を下げた時の視線。
 それと同じだった。

「勇者。お前、私を監視していたのか!」

 サナトの意識は、もはやマーヤーにも側近の男にもなかった。サナトの肩を掴んだままの男。リベラの父であり、勇者。この男こそ最大の警戒するべき相手だ。

 監視されていたのだとしたら。
 魔王を倒すための存在である勇者が、絶好の機会であったあの場で戦闘に加わらなかった理由も、何か関係があるのか。

「……監視。監視か。そうだな、監視っちゃあ、監視だ」
「やはり」

 サナトは危険な相手から距離を取ろうと、肩を掴む手から抜けようとする。しかし男の手は大岩のように動く気配がなかった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【宮廷魔法士のやり直し!】~王宮を追放された天才魔法士は山奥の村の変な野菜娘に拾われたので新たな人生を『なんでも屋』で謳歌したい!~

夕姫
ファンタジー
【私。この『なんでも屋』で高級ラディッシュになります(?)】 「今日であなたはクビです。今までフローレンス王宮の宮廷魔法士としてお勤めご苦労様でした。」 アイリーン=アドネスは宮廷魔法士を束ねている筆頭魔法士のシャーロット=マリーゴールド女史にそう言われる。 理由は国の禁書庫の古代文献を持ち出したという。そんな嘘をエレイナとアストンという2人の貴族出身の宮廷魔法士に告げ口される。この2人は平民出身で王立学院を首席で卒業、そしてフローレンス王国の第一王女クリスティーナの親友という存在のアイリーンのことをよく思っていなかった。 もちろん周りの同僚の魔法士たちも平民出身の魔法士などいても邪魔にしかならない、誰もアイリーンを助けてくれない。 自分は何もしてない、しかも突然辞めろと言われ、挙句の果てにはエレイナに平手で殴られる始末。 王国を追放され、すべてを失ったアイリーンは途方に暮れあてもなく歩いていると森の中へ。そこで悔しさから下を向き泣いていると 「どうしたのお姉さん?そんな収穫3日後のラディッシュみたいな顔しちゃって?」 オレンジ色の髪のおさげの少女エイミーと出会う。彼女は自分の仕事にアイリーンを雇ってあげるといい、山奥の農村ピースフルに連れていく。そのエイミーの仕事とは「なんでも屋」だと言うのだが…… アイリーンは新規一転、自分の魔法能力を使い、エイミーや仲間と共にこの山奥の農村ピースフルの「なんでも屋」で働くことになる。 そして今日も大きなあの声が聞こえる。 「いらっしゃいませ!なんでも屋へようこそ!」 と

【完結】父が再婚。義母には連れ子がいて一つ下の妹になるそうですが……ちょうだい癖のある義妹に寮生活は無理なのでは?

つくも茄子
ファンタジー
父が再婚をしました。お相手は男爵夫人。 平民の我が家でいいのですか? 疑問に思うものの、よくよく聞けば、相手も再婚で、娘が一人いるとのこと。 義妹はそれは美しい少女でした。義母に似たのでしょう。父も実娘をそっちのけで義妹にメロメロです。ですが、この新しい義妹には悪癖があるようで、人の物を欲しがるのです。「お義姉様、ちょうだい!」が口癖。あまりに煩いので快く渡しています。何故かって?もうすぐ、学園での寮生活に入るからです。少しの間だけ我慢すれば済むこと。 学園では煩い家族がいない分、のびのびと過ごせていたのですが、義妹が入学してきました。 必ずしも入学しなければならない、というわけではありません。 勉強嫌いの義妹。 この学園は成績順だということを知らないのでは?思った通り、最下位クラスにいってしまった義妹。 両親に駄々をこねているようです。 私のところにも手紙を送ってくるのですから、相当です。 しかも、寮やクラスで揉め事を起こしては顰蹙を買っています。入学早々に学園中の女子を敵にまわしたのです!やりたい放題の義妹に、とうとう、ある処置を施され・・・。 なろう、カクヨム、にも公開中。

【完結】言いたいことがあるなら言ってみろ、と言われたので遠慮なく言ってみた

杜野秋人
ファンタジー
社交シーズン最後の大晩餐会と舞踏会。そのさなか、第三王子が突然、婚約者である伯爵家令嬢に婚約破棄を突き付けた。 なんでも、伯爵家令嬢が婚約者の地位を笠に着て、第三王子の寵愛する子爵家令嬢を虐めていたというのだ。 婚約者は否定するも、他にも次々と証言や証人が出てきて黙り込み俯いてしまう。 勝ち誇った王子は、最後にこう宣言した。 「そなたにも言い分はあろう。私は寛大だから弁明の機会をくれてやる。言いたいことがあるなら言ってみろ」 その一言が、自らの破滅を呼ぶことになるなど、この時彼はまだ気付いていなかった⸺! ◆例によって設定ナシの即興作品です。なので主人公の伯爵家令嬢以外に固有名詞はありません。頭カラッポにしてゆるっとお楽しみ下さい。 婚約破棄ものですが恋愛はありません。もちろん元サヤもナシです。 ◆全6話、約15000字程度でサラッと読めます。1日1話ずつ更新。 ◆この物語はアルファポリスのほか、小説家になろうでも公開します。 ◆9/29、HOTランキング入り!お読み頂きありがとうございます! 10/1、HOTランキング最高6位、人気ランキング11位、ファンタジーランキング1位!24h.pt瞬間最大11万4000pt!いずれも自己ベスト!ありがとうございます!

【一話完結】断罪が予定されている卒業パーティーに欠席したら、みんな死んでしまいました

ツカノ
ファンタジー
とある国の王太子が、卒業パーティーの日に最愛のスワロー・アーチェリー男爵令嬢を虐げた婚約者のロビン・クック公爵令嬢を断罪し婚約破棄をしようとしたが、何故か公爵令嬢は現れない。これでは断罪どころか婚約破棄ができないと王太子が焦り始めた時、招かれざる客が現れる。そして、招かれざる客の登場により、彼らの運命は転がる石のように急転直下し、恐怖が始まったのだった。さて彼らの運命は、如何。

捨てられた魔王(♀)を保護しました~元魔王様はショタ狂い~

歩く、歩く。
ファンタジー
クーデターにより地位を奪われ、追放された女魔王エルザ。 失意の逃走中に出会ったのは、同じく勇者パーティから追い出された雑用係の少年シュウだった。 追放された者同士の二人は戦いから逃げ、別の国へと亡命し、新たな人生を歩み始めた。 小さくて可愛らしい少年との生活は、エルザの傷ついた心を癒していた。健気で自分に尽くしてくれるシュウに次第に惹かれ、今までにない幸せを嚙み締めたエルザは彼への恋を自覚する。 「小さな男の子、最高ではないか!」 抱きしめたり、頭を撫でたり、キスしたり。元魔王様は今日も可愛いショタ冒険者を愛でまくる。

王が気づいたのはあれから十年後

基本二度寝
恋愛
王太子は妃の肩を抱き、反対の手には息子の手を握る。 妃はまだ小さい娘を抱えて、夫に寄り添っていた。 仲睦まじいその王族家族の姿は、国民にも評判がよかった。 側室を取ることもなく、子に恵まれた王家。 王太子は妃を優しく見つめ、妃も王太子を愛しく見つめ返す。 王太子は今日、父から王の座を譲り受けた。 新たな国王の誕生だった。

処理中です...