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第三話 魔王様、魔剣を取り戻す
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「ふむ」
サナトは自分の知識を探ってみたが、ぼったくりという言葉はなかった。
「ぼったくりとは、なんだ」
「ぼったくりとは、法外な料金を取ることです」
雷の光が収まり、松明の灯がオセの影を執務室の壁へ踊らせる。
「法外な料金というが、金は払っていないぞ」
そう。金は払っていないのだから、ぼったくりなどではないだろう。
「金を払う代わりに、剣と交換されたのでございますよね?」
「うむ」
オセの見た目は変わらない。骨であるオセに表情はなく、虚ろな眼窩には何も収まっていないので感情は読めない。
「魔王様の剣を?」
声も落ち着いたもので、ここにも感情の波は見られなかった。
「うむ」
サナトが首を縦に振ると、オセの口蓋がぴたりと閉じる。
しばしの沈黙。
カタカタカタ。
ただ、音だけが鳴った。
「……なるほど…………この……」
静かに呟きと同時に、ぼうっと目の部分の空洞へ紫の光が灯る。
ガパッ! とオセの口蓋が外れんばかりに開いた。
「世間知らずのクソガキがァッ!!」
勢いのいい開閉と共に、怒声が響き渡る。
「魔物の王たる証の、魔剣をたかが農具と交換とは何事だあぁッ! どう考えても釣り合わないだろが! あアァッ!? 言ってみろゴラァッ!」
「何を言う。由緒ある農具だぞ」
腹心の豹変を、はっはっは、とサナトは笑い飛ばした。
このスケルトンはサナトよりも古株で先代、先々代、それよりも以前の歴代魔王に仕えてきた。そのため、たまにこうして口調が変わる。
「んなわけあるかボケェ! んなもん、二束三文どころかびた一文にもなりゃせんわァッ! まだ鉢とジョウロの方が価値があるわァ! ただし、子供のお小遣い程度だがなァ!」
オセが怒鳴る度、コオオオォッとオセの本来なら瞳のある部分が光を放った。
「心配ない。魔剣と交換する際、農具とニージン初心者栽培キット、さらに今ならお得と言ってこのつなぎと農帽をタダでつけてくれたのだ」
サナトはマントの裏から、つなぎと農帽を取り出した。ちなみにこのマントの裏は亜空間収納になっている。
「つなぎは新品を見繕ってくれたのだが、なんとこの農帽は男の祖母の手作り。世界で唯一のハンドメイド品だそうだ。素晴らしい縫製であろう」
農帽は白と黒のチェック柄で、かぶり心地の良さそうな布で出来ていた。広いつばの側面から後ろへぐるりと日よけの生地がついている。
つばの部分には均一に針が刺してあり、美しい縫い目であった。
「そりゃそうだろうがァッ。手作り品は全部一点もののハンドメイドだからなァッ。当たり前だろ、気付けやァッ!」
「ほう。つまり値段などつけられぬ価値があるということではないか」
口蓋をがぱぁっと開けたまま、ぴたりとオセが動きを止める。カタカタとオセの骨が執務室の空気を震わせた。
「ならば魔剣と同じであろう。あれもまた、魔王以外の者が持っても紙きれ一つ斬れぬなまくらであるからな。それに」
魔王の魔剣は、持ち主であるサナトだけが使用できる。裏を返せばサナト以外は誰も使えないのだ。
「どうせ返してもらうのだからな」
きゅうっとサナトは口角を上げる。つなぎと農帽をマントの裏へしまい、右手を突き出した。
「左様でございましたか」
ふっとオセの眼窩に灯った光が消えた。口蓋も閉じられる。
「恐れながら魔王様。それでしたら魔剣を呼び寄せず、取りに参りましょう」
※※※※
「何度来ても結論は同じ。こんなもん、買い取れないよ」
「そんな! もう一度よく見てくれよ。ちょっと不気味だけどよぉ、凝ったデザインしてるだろ?」
ベスは必死に食い下がった。しかし店主は男を冷たく一瞥したのみ。
「確かに一見、ものはいい。だがなぁ。刀身は真っ黒。不気味な装飾。宝石の類はついてないし、銘もない。いかにもいわくつきの品ですって見た目なのに、なまくらときた」
机の上に置かれた剣を、店主が人差し指でこんこんと叩く。
「こういう禍々しい武器はねぇ、呪われてるか業物なら好事家が飛びつくんだが、こいつは俺やあんたが持っても何も起こらないだろ? 呪いの類は付与されてないね。おまけに紙きれひとつ斬れやしないんだから、業物でもないだろう。こんなの単なる趣味の悪い飾りでしかない、価値なんてありゃしないよ」
「そんな」
がっくりとうなだれ、ベスはとぼとぼと店を後にした。
ベスは昔からギャンブルに目がない。
妙な貴族っぽい男に出会った三日前。あの日も有り金を全部すり、仕方がないから修繕するように言われていた農具をこっそり売っぱらって軍資金にするつもりだった。
立てかけてあった農具を適当にひっ掴んだものだから、壁にかけていたばあちゃんの農帽も一緒に持ってきてしまった。
まさかあの男が、農帽にも食いつくとは想定外だったが。
ベスとて、ガラクタまがいの農具を売ったところで、金にならないことは分かっていた。
なぁに、はした金を何倍にもしてやるさ。一発当てれば修繕しなくても新品が買える。そっちの方が感謝されるというものだ。
その繰り返しで何度も痛い目をみているのだが、ベスは少しも懲りていなかった。
そこへ現れたカモ。
ここぞとばかりに世間知らずな男を丸め込んで、高そうな剣と交換したというのに売れないときた。こんなことなら気前よく、本やニージン栽培キットを奢ってやるんじゃなかった。
「はああぁぁ」
小川の側に座り込んで大きく息を吐く。草の生い茂る土手に尻と剣を下ろした。目の前には、川面がきらきらと光を反射している。
「大きな溜め息だな」
「どわあぁああっ! ま、またあんたか!?」
突然背後から掛けられた声に、ベスはのけ反った。知らないうちに後ろにいたのは、いつかの妙な男だった。
「いつぞやは世話になったな」
少し顔色が悪い、若い男だ。白く細い顎、さらりとした黒髪から切れ長の黒瞳がのぞく。春先の陽気だというのに全身黒で外套まで羽織っている。
最初に会った時と同じく、なぜか頭にヤギーの角っぽいものをつけている。
貴族や金持ちの間で流行っているのだろうか。貴族の間では仮面舞踏会なるものもあったり、仮装パーティーなどもあるらしいから、流行りなのだろう。
「世話になったじゃねぇよ。やい。よくもなまくら掴ませやがったな」
金にならない農具を男に掴ませ、高そうな剣を手に入れようとした自分のことを棚にあげ、ベスは立ち上がって男に食ってかかった。
カモだと思ったらとんだ食わせ者だった。
いや、単に変人なだけかもしれない。なにせ農具を欲しがるようなやつだ。
頭に付けている飾りといい、この剣も悪趣味が高じてファッションのつもりで持ち歩いていたのかも。
「うむ。そのことだがな。剣を返してもらいにきた。黙って剣だけを呼び寄せても良かったのだがな。オセのやつが直接返してもらえと言うものでな」
こんななまくら、のしつけて返してやる、という言葉をベスは飲み込んだ。
「返してやってもいいが、その代わりになるものと交換だ」
そうだ。せっかくカモが再び目の前に来てくれたのだ。これを利用しない手はない。
「ほう。代わりのものを望むか」
くくくく、と男の喉が鳴った。そういう笑い方が妙に様になっている。
「よかろう。あの本は素晴らしい良書だったし、農帽も見事な作りであった。ただし」
男がマントの裏へ手を突っ込んだ。引き抜くと、男の白く長い指が何かを掴んでいる。
「私はこれから畑をやろうと思っている。どこかに借りられる土地がないか、教えてくれたら礼の代わりこれをやろう」
それは指輪だった。黒い金属のリングに血のような赤い石がはまっている。石の大きさは親指の爪ほどもあり、かなりでかい。
ベスの胸が高鳴った。宝石のことなどさっぱり分からないが、今度こそ高価なものに違いない。
一も二にもなく飛びついた。
ベスは賭け事が好きだ。飯よりも何よりも好きだ。もっと高価なものが手に入れられる可能性があるのなら、あっさりと乗る。
ただ借りられる土地を教えたらいいだけなのだから尚のことだ。
「おう。それなら丁度俺の近所にいい畑があるぜ。そこの畑の持ち主を紹介してやるよ」
「では、交渉成立だな」
にやつきそうになる顔の筋肉を苦労して宥め、ベスはなまくらの剣を男へ差し出す。
ベスの手から剣を受け取った男が、空になった手のひらへ指輪をぽんと置いた。
サナトは自分の知識を探ってみたが、ぼったくりという言葉はなかった。
「ぼったくりとは、なんだ」
「ぼったくりとは、法外な料金を取ることです」
雷の光が収まり、松明の灯がオセの影を執務室の壁へ踊らせる。
「法外な料金というが、金は払っていないぞ」
そう。金は払っていないのだから、ぼったくりなどではないだろう。
「金を払う代わりに、剣と交換されたのでございますよね?」
「うむ」
オセの見た目は変わらない。骨であるオセに表情はなく、虚ろな眼窩には何も収まっていないので感情は読めない。
「魔王様の剣を?」
声も落ち着いたもので、ここにも感情の波は見られなかった。
「うむ」
サナトが首を縦に振ると、オセの口蓋がぴたりと閉じる。
しばしの沈黙。
カタカタカタ。
ただ、音だけが鳴った。
「……なるほど…………この……」
静かに呟きと同時に、ぼうっと目の部分の空洞へ紫の光が灯る。
ガパッ! とオセの口蓋が外れんばかりに開いた。
「世間知らずのクソガキがァッ!!」
勢いのいい開閉と共に、怒声が響き渡る。
「魔物の王たる証の、魔剣をたかが農具と交換とは何事だあぁッ! どう考えても釣り合わないだろが! あアァッ!? 言ってみろゴラァッ!」
「何を言う。由緒ある農具だぞ」
腹心の豹変を、はっはっは、とサナトは笑い飛ばした。
このスケルトンはサナトよりも古株で先代、先々代、それよりも以前の歴代魔王に仕えてきた。そのため、たまにこうして口調が変わる。
「んなわけあるかボケェ! んなもん、二束三文どころかびた一文にもなりゃせんわァッ! まだ鉢とジョウロの方が価値があるわァ! ただし、子供のお小遣い程度だがなァ!」
オセが怒鳴る度、コオオオォッとオセの本来なら瞳のある部分が光を放った。
「心配ない。魔剣と交換する際、農具とニージン初心者栽培キット、さらに今ならお得と言ってこのつなぎと農帽をタダでつけてくれたのだ」
サナトはマントの裏から、つなぎと農帽を取り出した。ちなみにこのマントの裏は亜空間収納になっている。
「つなぎは新品を見繕ってくれたのだが、なんとこの農帽は男の祖母の手作り。世界で唯一のハンドメイド品だそうだ。素晴らしい縫製であろう」
農帽は白と黒のチェック柄で、かぶり心地の良さそうな布で出来ていた。広いつばの側面から後ろへぐるりと日よけの生地がついている。
つばの部分には均一に針が刺してあり、美しい縫い目であった。
「そりゃそうだろうがァッ。手作り品は全部一点もののハンドメイドだからなァッ。当たり前だろ、気付けやァッ!」
「ほう。つまり値段などつけられぬ価値があるということではないか」
口蓋をがぱぁっと開けたまま、ぴたりとオセが動きを止める。カタカタとオセの骨が執務室の空気を震わせた。
「ならば魔剣と同じであろう。あれもまた、魔王以外の者が持っても紙きれ一つ斬れぬなまくらであるからな。それに」
魔王の魔剣は、持ち主であるサナトだけが使用できる。裏を返せばサナト以外は誰も使えないのだ。
「どうせ返してもらうのだからな」
きゅうっとサナトは口角を上げる。つなぎと農帽をマントの裏へしまい、右手を突き出した。
「左様でございましたか」
ふっとオセの眼窩に灯った光が消えた。口蓋も閉じられる。
「恐れながら魔王様。それでしたら魔剣を呼び寄せず、取りに参りましょう」
※※※※
「何度来ても結論は同じ。こんなもん、買い取れないよ」
「そんな! もう一度よく見てくれよ。ちょっと不気味だけどよぉ、凝ったデザインしてるだろ?」
ベスは必死に食い下がった。しかし店主は男を冷たく一瞥したのみ。
「確かに一見、ものはいい。だがなぁ。刀身は真っ黒。不気味な装飾。宝石の類はついてないし、銘もない。いかにもいわくつきの品ですって見た目なのに、なまくらときた」
机の上に置かれた剣を、店主が人差し指でこんこんと叩く。
「こういう禍々しい武器はねぇ、呪われてるか業物なら好事家が飛びつくんだが、こいつは俺やあんたが持っても何も起こらないだろ? 呪いの類は付与されてないね。おまけに紙きれひとつ斬れやしないんだから、業物でもないだろう。こんなの単なる趣味の悪い飾りでしかない、価値なんてありゃしないよ」
「そんな」
がっくりとうなだれ、ベスはとぼとぼと店を後にした。
ベスは昔からギャンブルに目がない。
妙な貴族っぽい男に出会った三日前。あの日も有り金を全部すり、仕方がないから修繕するように言われていた農具をこっそり売っぱらって軍資金にするつもりだった。
立てかけてあった農具を適当にひっ掴んだものだから、壁にかけていたばあちゃんの農帽も一緒に持ってきてしまった。
まさかあの男が、農帽にも食いつくとは想定外だったが。
ベスとて、ガラクタまがいの農具を売ったところで、金にならないことは分かっていた。
なぁに、はした金を何倍にもしてやるさ。一発当てれば修繕しなくても新品が買える。そっちの方が感謝されるというものだ。
その繰り返しで何度も痛い目をみているのだが、ベスは少しも懲りていなかった。
そこへ現れたカモ。
ここぞとばかりに世間知らずな男を丸め込んで、高そうな剣と交換したというのに売れないときた。こんなことなら気前よく、本やニージン栽培キットを奢ってやるんじゃなかった。
「はああぁぁ」
小川の側に座り込んで大きく息を吐く。草の生い茂る土手に尻と剣を下ろした。目の前には、川面がきらきらと光を反射している。
「大きな溜め息だな」
「どわあぁああっ! ま、またあんたか!?」
突然背後から掛けられた声に、ベスはのけ反った。知らないうちに後ろにいたのは、いつかの妙な男だった。
「いつぞやは世話になったな」
少し顔色が悪い、若い男だ。白く細い顎、さらりとした黒髪から切れ長の黒瞳がのぞく。春先の陽気だというのに全身黒で外套まで羽織っている。
最初に会った時と同じく、なぜか頭にヤギーの角っぽいものをつけている。
貴族や金持ちの間で流行っているのだろうか。貴族の間では仮面舞踏会なるものもあったり、仮装パーティーなどもあるらしいから、流行りなのだろう。
「世話になったじゃねぇよ。やい。よくもなまくら掴ませやがったな」
金にならない農具を男に掴ませ、高そうな剣を手に入れようとした自分のことを棚にあげ、ベスは立ち上がって男に食ってかかった。
カモだと思ったらとんだ食わせ者だった。
いや、単に変人なだけかもしれない。なにせ農具を欲しがるようなやつだ。
頭に付けている飾りといい、この剣も悪趣味が高じてファッションのつもりで持ち歩いていたのかも。
「うむ。そのことだがな。剣を返してもらいにきた。黙って剣だけを呼び寄せても良かったのだがな。オセのやつが直接返してもらえと言うものでな」
こんななまくら、のしつけて返してやる、という言葉をベスは飲み込んだ。
「返してやってもいいが、その代わりになるものと交換だ」
そうだ。せっかくカモが再び目の前に来てくれたのだ。これを利用しない手はない。
「ほう。代わりのものを望むか」
くくくく、と男の喉が鳴った。そういう笑い方が妙に様になっている。
「よかろう。あの本は素晴らしい良書だったし、農帽も見事な作りであった。ただし」
男がマントの裏へ手を突っ込んだ。引き抜くと、男の白く長い指が何かを掴んでいる。
「私はこれから畑をやろうと思っている。どこかに借りられる土地がないか、教えてくれたら礼の代わりこれをやろう」
それは指輪だった。黒い金属のリングに血のような赤い石がはまっている。石の大きさは親指の爪ほどもあり、かなりでかい。
ベスの胸が高鳴った。宝石のことなどさっぱり分からないが、今度こそ高価なものに違いない。
一も二にもなく飛びついた。
ベスは賭け事が好きだ。飯よりも何よりも好きだ。もっと高価なものが手に入れられる可能性があるのなら、あっさりと乗る。
ただ借りられる土地を教えたらいいだけなのだから尚のことだ。
「おう。それなら丁度俺の近所にいい畑があるぜ。そこの畑の持ち主を紹介してやるよ」
「では、交渉成立だな」
にやつきそうになる顔の筋肉を苦労して宥め、ベスはなまくらの剣を男へ差し出す。
ベスの手から剣を受け取った男が、空になった手のひらへ指輪をぽんと置いた。
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