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「ホテル?他の子?マジでなんのこと?」

「とぼけんな、酔った冨樫さんホテルに連れ込んでやったんでしょ?本人が、わざわざ言いに来たんだから」

冨樫とは営業部に入った新卒で葛城が教育係をしている。営業事務の花音より彼と過ごす時間は長く、また彼女自身葛城を慕っている節があった…恋愛的な意味で。前々から彼女の距離の近さには思うことがあったが、後輩の面倒を見る葛城に邪な気持ちは一切ないと何も言わなかった。冨樫の方は違ったが。

花音と葛城の関係を分かった上で、一々今日は何をした、何を話したと報告しにきたし何なら仲の良い友人とこぞって「青山さんより冨樫の方がお似合い」と態々これ見よがしに聞かせてくる。

自分にあまり自信がなく、葛城と釣り合ってないと常々感じていた花音の心に、小さな棘は積み重なっていく。

葛城の口から冨樫について聞かされたことはない。元々葛城の淡白さに思うところがあった花音は、周囲の雑音にあっさりと惑わされ、「ごめんなさい葛城さんとホテルで…」と泣きそうな顔をして謝る冨樫にトドメを刺された。

もう嫌だ、疲れた。葛城のことで心を乱されるのは、と別れたのが数週間前。その後冨樫がどうしたかは知らない。それっきり花音の元に来なくなったからだ。

当の葛城は「なんだそれ」と怒りを滲ませた声で吐き捨てる。

「冨樫から相談したいことがあるって一緒に飯食いには行った。飲みすぎるなって忠告無視してベロベロに酔っ払った冨樫を放って帰れないから、近くのビジネスホテルに放り込んだのは本当だが、それだけ。置いて行ったホテル代は後日返されて、迷惑かけたことを謝られてそれで終わったよ」

「…でも、彼女あんたのハンカチ持ってた。ホテルで落として行ったみたいだって」

「ハンカチ?あー、そういや一枚見当たらないなとは思ってたけど…そうか、飯食いに行った時に一度席を外した隙に冨樫が…タチ悪いな…」

不愉快そうに葛城は顔を歪めた後、はーっと溜め息を吐いた。

「冨樫からは…告白されたけどきっぱり断った。しつこくて面倒だから、ちょっときつく言ったら顔真っ赤にして帰って、それからはあからさまに距離取られてるけど今の方がやり易い。冨樫とは、何もない」

肩を掴まれ、分かったな?と真顔で言い聞かされた花音はコクコクと頷いた。時期的に振られた後腹いせで花音に葛城と寝た、と嘘を吹き込んだのだろう。ハンカチを盗った目的は定かではないが、花音達の仲を引っ掻き回すのに使うつもりだったのだ。何て悪質な真似を、と憤るも花音に落ち度がないわけではない。

「…結局私が1人で勝手に暴走しただけ…?」

ぷに、と葛城に両頬をつねられる。

「そうだよ、俺に言ってくれればすぐに否定したし、ここまで拗れなかったわ。ちゃんと言え。別れるって言われた時の俺の絶望想像しろ」

「た、たしかにそうだけど、呼び出して無理矢理犯す奴に言われたくない」

ぐうの音も出ないのか葛城が押し黙ったが、すぐに気を取り直し花音に向き合う。

「そもそも、なんであっさり信じたんだよ?俺が花音以外に目移りするわけないって、分かるだろ?」

さも当然、というニュアンスで葛城は言うが花音は初耳だ。

「分からないよ…自分ばっかり好きだと思ってたから」

衝撃的だったのか葛城はポカンと口を開けて、それからすぐに慌て出す。

「な、何で?ほぼ毎日連絡取って、週末もどこか出かけるか互いの家に入り浸ってるし、何なら平日も一緒に飯食ってるだろ?好きじゃない相手にこんなことしないよ」

言われてみれば、確かにと納得するところもある。が、それでも花音は不安だった。この際だからと花音は打ち明けることにした。

「…好きって殆ど言ってくれないし、セックスする時も淡白だったでしょ?一回して終わりだった」

「え?俺言ってない?淡白?」

「言ってない、告白した時も『良いよ』だけだった」

本当に自覚がないのか葛城は宙を見上げ、記憶を探っている。そして…顔面蒼白になった。

「い、言ってない、かも…で、でも!普段の態度で分か」

「言葉にしてくれないと分からない」

「…」

バッサリと切られた葛城はしゅん、と項垂れる。が、やはり立ち直りが早くすぐ顔を上げた。流石暴走して襲った男、メンタルの強さが違う。

「…告白された時好きって言わなかったのは舞い上がって忘れてたから。普段好きだと言わなかったのは、態度で気持ちが伝わってるはずだと胡座をかいていたからで…いつも一回しかしなかったのは…初めてした時花音が寝落ちて、本当はもっとしたかったけど無理させて嫌われたくないから。花音と会う前とした後はこっそりトイレで抜いて…ました」

後半は遂に顔を覆ってしまった。恐らく明かすつもりはなかったのだろう。そして明かされた事実に花音は驚愕を露わにした。矢継ぎ早に質問する。

「舞い上がる?なんで?」

「…ずっと好きだった奴から告白されたら舞い上がるわ」

「ずっと?」

「…面接で見かけた時から」

花音より先だった。花音は新人研修で同じ班になり、同じ部署に配属され話すようになってから好きになったのだ。

つまり一目惚れというやつ。意外すぎてついジロジロと見てしまう。葛城は柄にもなく恥ずかしがり「あんま見るな」と睨んでくるが、さっきと比べると全く怖くない。

言葉で伝えなかったことに関しては

「自慢じゃないけど、俺自分から告白したことも誰かを好きになったこともないから、何言えば良いか分からなかったんだよ…だから態度で示せば伝わるかと思って…」

「伝わってなかったけどね」

「傷抉ってくるの止めろ、仕返しか??」

顰め面で抗議されるが、花音にした仕打ちをよく理解している葛城は羞恥プレイの応酬を寧ろ喜んで受け入れるらしい。目が死んでいたけど。

淡白だと思い込んでいたことに関しては花音を気遣ってのこと。花音が恥を捨てて「もっと求めて欲しい」と伝えていればすれ違うことはなかったのだが、後悔してもしょうがない。

「…私達、互いに遠慮してたんだね」

「…だな」

「…言いたいことはちゃんと言った方が良いね」

あはは、と花音が空気を変えようと笑うと突然両手を握られた。

「俺、花音のこと初めて見た時からずっと好きだった。別れたいって言われた時、目の前が真っ暗になった。諦められなくて…散々酷いこともした、本当にごめん。もう絶対傷つけないし、不安にさせることもしない。女子に仕事の相談だって誘われても全部断る。だから、俺のこと捨てないで」

「す、捨てるって」

人聞きの悪いことを言わないで欲しい、と思うも彼は真剣な表情。本気でそう思ってるようだ。

「一回捨てただろ、誤解で。俺がどれだけ傷ついたか」

「ごめんなさい、傷つけて。あんなに酷いこと言ったけど…蓮のこと好きだよ」

好きと言われた葛城の顔がパァーッと明るくなる。

「本当に?嫌いって散々言ってただろ」

「あ、あれは…仕方ないでしょ、あんなことされたら」

「…その割に気持ちよさそうにヨガって…ごめんごめん」

要らんことを言おうとした葛城を一睨みで黙らせる。

「これからはちゃんと聞きたいことは聞く、勝手に決めつけないようにする。また、付き合ってくれませんか」

「…喜んで」

普段碌に表情筋が動かない葛城が心の底から嬉しそうに笑う。破壊力が凄い。このギャップにやられたところはある。

「…ところで、次にまた浮気だって誤解して別れるとか言い出したら…」

スッと彼の目から光が消え、黒いオーラを放ち始める。花音の背中に冷たいものが走った。

「言い出したら…?」

恐る恐る尋ねると彼はニッコリと(目は笑ってない)笑う。

「…妊娠するまで外に出さないからな?次はない」

「は、はいっ」

コクコクと赤べこみたいに花音は首を振る。次別れを切り出したら、孕むまで監禁される、だけでは済まない。二度と外に出して貰えないと本能で察する。自分に対する葛城の執着心は尋常では無い。葛城の底しれぬ恐ろしさを花音は身を持って知るはめになった。
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