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2話
しおりを挟む土曜日、花音は葛城の私物を詰め込んだ紙袋と財布やスマホを入れた小さい鞄を持って葛城の部屋に向かっている。葛城の住むマンションは会社から徒歩で通える圏内にある優良物件。花音も通勤に楽だからと彼の家から直接出勤したこともある。つい最近までは頻繁に泊まっていたのにすでに懐かしく感じた。
葛城の私物はパジャマに下着、私服やワイシャツ何着かである。会社に来ていくスーツは流石に花音の家には置いておらず、その都度シワにならないように持ってきていた。スーツが混ざってたら別れてすぐ荷物返せと催促していただろう。花音のように後回しにする性格ではないので、ただ単に優先順位が低く今まで放っておいたのだ、と当たりをつける。
いつまでも私物が元カノの元にあるのは落ち着かないはず。花音は考えないようにしていたが、いざ認識すると部屋の中に異物が混じっている感覚があった。異物という言い方は酷いかもしれないが、事実だ。花音と葛城はこの私物だけで辛うじて繋がっている関係。返して仕舞えば、今度こそただの同僚に戻る。
自ら決めたことなのに胸がズキ、と痛む。これが最善の選択だった、自分は間違ってないと言い聞かせているとマンションに着いた。エントランスに入り、エレベーターに乗り葛城の部屋の階に上がる。何度も来た部屋の前で立ち止まり、インターホンを鳴らす。
ここに来るのも、今日が最後。
鳴らしてすぐガチャ、とドアが開かれ葛城が出てくる。眠そうな彼はTシャツにジーンズという出立ちだが、シンプルだからこそ彼の素材の良さが際立っている。因みに眠そうなのはデフォだ。
「おはよ」
「おはよう、はいこれ荷物」
挨拶して間髪入れずに紙袋を突き出す。さっさと用事を済ませたいと言う本心を隠そうともしない花音に葛城は苦笑いを浮かべながら受け取った。
「私の荷物は?」
「リビング。中身合ってるか確認してくれないか?」
それは部屋の中に入れということか、と花音は渋面になりそうになるのを堪えた。玄関で確認すればいいだろうと心の中で溢すも、花音が気にしすぎなだけで葛城は疚しい気持ちは一切無いのだ。いつも通りクールで感情を読み取らせない無表情を貼り付けている。自意識過剰な自分が恥ずかしくなってきた。
「…確認したらすぐ帰るから」
「分かってる」
どーぞ、と花音を部屋の中に招き入れる。久しぶりの葛城の部屋。バタン、とドアが閉まる音が後ろで響く。靴を脱ごうとした時
「っ!?」
急に腕を引っ張られ、力任せにドアに身体を押し付けられた。打ちつけた背中が少し痛む。その拍子で荷物を玄関の床に落としてしまうが気にする余裕はなかった。花音の両手首を掴み、ドアに押し付け拘束する葛城の目が見たことないくらい冷え切っていたからだ。さっきと別人と言われても信じるレベルだ。
誰だ、この人は。花音は本能的に身の危険を感じるが葛城の力は強く、自分の力では振り解くのは難しいと瞬時に悟る。
「…痛いんだけど、何」
怯えを誤魔化すように強い口調で問いかけるが葛城は口元だけ僅かに歪めた。
「花音、警戒心無さすぎ。元彼に呼び出されたら理由付けてヤられるのが定石だろ?」
こちらを馬鹿にしたような口調に花音は状況も忘れ、ムッとして言い返す。
「…そんな下衆い真似しないって言ったの何処の誰よ」
目の前の男である。しかし彼は全く動じないし寧ろ楽しそうな節すらあった。
「ほんと素直だなぁ。口先だけの言葉信じた?」
後に「馬鹿だろ」という言葉が続きそうだ。誰が馬鹿だ、花音は葛城がそういう真似をしない人間だと信じていたのに。そんな自分を嘲笑われた気持ちになり胸が痛み葛城を睨みつけると、彼の表情がごっそりと抜け落ち背中に寒いものが走った。
「そもそもさ、一緒にいるのが疲れたからもう別れたいって酷い理由で振られて、俺がそのまま引き下がると思ってた?」
「…え?」
「…んなわけねぇだろ、俺別れたつもりないから」
「…は?だって、あっさり受け入れて」
「あの場で俺が何言っても頑固なお前が自分の意思変えないの、分かりきってたからな。一旦受け入れて油断させて、荷物のことか何でも口実つけて家に呼び出すつもりだった。振った手前花音は俺を邪険にしないと思ったからな」
花音の性格を彼は熟知していた。まんまと目論見通りになったわけだ。
「…私をどうしたいの」
よりを戻したいのか。それを他でもない葛城が望んでいるとしたら…沸々と押し込めた怒りが蘇る。敢えて触れずに別れてやったのに、自分から掘り返すなんてと奥歯を噛み締める。
葛城はふっと笑うが目の奥が笑っておらず、花音は不安に駆られる。彼が求めるものが、よりを戻すなんて生やましいものではない疑惑が急に出てきた。
「ん?花音が、もう別れたいなんて言えないように…絶対逃げられないようにするんだよ」
地を這うような低い声が聞こえたのと彼の顔が目の前に迫ってきたのは、同時だった。
「んっ⁉︎」
唇に葛城の少しカサついた唇が触れ、勢いよく吸われる。突然のことに驚くもあまりの勢いに息が苦しくなり、呼吸をするために口を開いた途端葛城の舌が口の中に入り込んできた。怯えるように縮こまる花音の舌を捉え絡ませてくる。唾液を啜るいやらしい音と花音の甘ったるい鼻から抜けたような声が玄関に響く。花音はどうにか逃れようとするも身体に力が入らず、葛城の舌が口の中を蹂躙しているのに碌に抵抗も出来ない。
葛城とは当然深いキスは何度もしているが、ここまで強引で呼吸すらも奪われそうになるキスはされたことがない。彼は優しいと言えば聞こえはいいが、触れ合うことに対して淡白だった。だからこそ彼からは程遠い行動に花音は混乱しているが当の葛城は変わらず、自分を見る目は冷え切っていて表情も抜け落ちている。
「っ…ずっと優しくして我慢して一度しか抱かないようにしてたのにっ…。最初からこうすりゃ良かった…別れるなんて言わせなかったっ…」
(……?)
口付けの合間に暗い声で何か言ってるが頭がぼーっとしてよく分からない。すると葛城は花音の左手を拘束していた手を外し、力任せにブラウスをたくしあげブラもずらすといきなり胸を鷲掴みにした。
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