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最終話
しおりを挟む目を覚ました時、身体がやけに重かった。身じろぐと頭上から「起きた?」と先生の声が。顔を上げると物凄い至近距離に先生の整った顔が。さっきまでの獣じみた雰囲気は消え、いつも通りの優しい笑みを浮かべていた。私の身体には先生の腕が巻き付いていて、動けそうにない。
「…私寝てました?」
「1時間くらい。急に寝落ちたから驚いた」
髪を撫でる先生は上半身裸。当然私も裸だ…ちょっと恥ずかしくなってきた。
裸で抱き合う以上のことをしたと言うのに。それに身体が怠く、あらぬところが痛いのも羞恥に拍車を掛ける。特に脚の間がヒリヒリするし、まだ何か入ってる感覚がする。
遂にしてしまった、先生と。漫画とかゲームで多少の知識は得ていたけれど、リアルには何も叶わないのだと知った。生々しいし先生は色々とエロかったし…蘇る先生の荒々しさと自分の痴態に絶えられず先生の胸に顔をグリグリと押し付けた。
「どうした急に」
「…さっきの自分が恥ずかしくて居た堪れません…」
「まあさっきの瑠衣、喘ぐわ腰振るわクッソエロかったしな」
「い、言わないでくださいっ」
「別に恥ずかしがる必要ないだろ、俺以外見ないんだから」
それはそうだけど。恥ずかしいものは恥ずかしい。理屈じゃないのに。私がこんな思いをしてる元凶の癖に、涼しい顔の先生に少しムッとした。だから仕返しに胸に吸い付いてやった。痕が付いたかは分からないが思い切り。先生の身体が震え、艶っぽい吐息が漏れる。
「コラ、止めろ」
「…痕付けていいって言いましたよね」
「確かに言ったが…また襲われたいのか?」
顔を上げると、瞳と声音にとろりとした甘さと…不穏さを滲ませた先生が不敵に口角を上げている。咄嗟に身の危険を感じた。
…え?一回じゃダメなの?先生もしかして絶倫というやつ?漫画だけじゃなく、現実にも居るんだ
ー、と感慨深く思っていると先生の手が私の身体を這い出す。あ…ちょっと、疲れてるのにそんな風に触られると…。
「ちょっ!身体怠いし痛いんです、せめて少し休ませて」
痛い、に反応したら先生の手の動きがいやらしいものから気遣うものに変わった。背中から腰をゆっくりと撫でられる。…場所が場所なせいで変な気持ちになりかけるのは変わらなかった。
変な気分になる前に先生の声で引き戻される。
「身体痛いのか?…やっぱ無理させた、本当にごめんな」
申し訳なさそうに先生が形のいい眉を下げる。
「まあ痛くなるのは予想してましたけど…特に脚の間がヒリヒリして、まだ何か入ってる感じが」
頭上からカエルが潰れたみたいな声がする。見上げると表情が硬い先生が。急にどうしたんだろう、私変なことは言ってないはずなのに。
「お前さ、無意識かどうか知らんが時々煽るようなことするの勘弁してくれ、冗談抜きで襲いそうになるから」
そう言う先生の声音には切実さが含まれている。煽る?そんなつもり全くないのだが、先生がやけに真剣に訴えてるので茶化すことも出来ない。
「それに部屋に居る時、瑠衣俺にぴったりくっついてるだろ?嫌とかじゃないんだが、本当に押し倒したくなるんだよ、お前柔らかくて…良い匂いするし」
確かに2人きりの時はベタベタしていたかもしれない。寄りかかりながら座ったり、膝枕を強請ったり。先生が何も言わないから良い気になっていた。嫌じゃない、のは嘘ではないと思う。けど思う所があるのも本当。
「…子供の頃から人と触れ合った記憶がほぼ無くて、そのせいか分からないんですが無性にくっつきたくなるんですよね、先生体温高くて気持ちいいから」
先生が息を呑んだ。こうなるのが分かってたから、人と触れ合うのが好きとか適当に理由をでっち上げればよかったのに。先生には嘘や誤魔化しはしたくなかった。初めてちゃんと話したあの日から、それは変わらない。
先生が徐にぎゅーっと抱き締める。
「…さっきも言ったが嫌じゃない、ただ押し倒されても文句言うなよって話」
「私のリスクが大きいんですが」
「俺も自分の忍耐力と戦わないといけないんだ、おあいこだろ」
先生がつむじや額にキスしてくる。
ああ、やっぱり先生が好きだし、出来ればずっと一緒に居たいな、と思った。
けど現実はそう上手くいかない。先生に他に好きな人が出来ることは十分あり得る。仮にそうなっても、幸せだった時の記憶があれば全く問題ない。それでもやっぱり切なかった。
私がしんみりとしてるのに気づいたのか先生が顎をグイ、と掬い上げ視線が合う。けど、先生はニッコリと笑っていた…獰猛な光を目に宿して。
「そういやさっき、少し休ませてって言ってたよな?風呂入って飯食って、休憩した後ならまたしてもいいってことか?」
「えっ!」
私を気遣っておいて、また抱こうとしてる。普通初心者には優しくすると思う。2回目を強請ることはしない、はず。
身体が疲れてるし、筋肉痛みたいに節々が痛むのも本当。けれど、私は断ることが出来ないと分かっている。身体じゃなくて、本能はまだ先生を求めていた。足りなかった、もっと愛して欲しい。
私は先生に恋愛感情だけじゃなく、依存心も抱いている。それは理解してるし、本当にどうしようもなくなる前に自分でどうにかする程度の理性は残ってるつもり。先生に迷惑は絶対かけない。
先のことはどうでもいい、今はただこの幸福に浸っていたい。先生の唇に返事代わりに噛み付くと、すぐにぬるりと舌が入り込んできた。
散々互いの唇を貪って、私がヘロヘロになった頃にやっと解放される。先生が甲斐甲斐しく世話を焼き、お風呂に一緒に入ろうとしたので全力で抵抗した。滅茶苦茶不服そうだった。
その反動か、眠る前に抱かれた時は一度目よりねちっこかった。日付が変わるまで貪られて、意識は飛ばなさかったがグッタリとベッドに沈んでいた。私の横に先生が寝そべった時のこと。
「俺、結構執着心強いって最近気づいたんだ。だから仮に瑠衣が心変わりしても絶対逃さないからな」
「………え」
「そこで意外そうな顔されるのショックなんだが。先を見据えてないのに元教え子に手出さねぇよ」
それどう言う意味、と問おうとすると先生にもう寝ろ、とタオルケットを頭からかけられ、また抱き締められた。結局睡魔には勝てず、眠ってしまう。
次の日は筋肉痛で一日中ベッドの住民と化し、ずっと先生に世話をされていた。寝る前の発言に関して問いただすと「大学卒業したら教えてやる」と言われ、先生に思い切り抱きついた。
ちなみに誕生日の夜は文字通り抱き潰されて、ホテルのチェックアウトの時間ギリギリまで寝ていた。車に戻る短い距離ですら歩くのがきつくて、流石に先生に加減しろと文句を言うと「瑠衣が可愛すぎるのが悪い」と開き直られて盛大に顔が赤くなり、それを見た先生が可愛いと囁く無限ループに陥る。取り敢えず、体力付けないと持たないと悟った私が運動するようになったこと以外、特に何事もなく日々が過ぎていく。
4年後、大学を卒業して仕事にやっと慣れてきた私に先生が指輪を差し出して「結婚してください」とストレートに告げて来た。舞い上がった私はその足で全く思い入れのなかった名字から、大好きな人と同じ名字に変えに行った。
先生…修吾さんは思い切りが良すぎると苦笑してた。そんな修吾さんに人目も憚らず抱きついた私は、この幸福が一生続くように祈った。
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