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21話

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食堂で手早く昼食を摂った後、研究室に戻ったリゼットに同僚達が恐る恐ると言った態度で近づいて来た。要件は何となく察していたのでわざとらしくニッコリと微笑んだら、ひっ!と引き攣った顔を向けられた。怒っていると思われたらしい。別に怒ってない。

クリストファーの言った通り彼に協力を要請され、リゼットがテオドールの執務室に向かうよう仕向けた、騎士団員と協力して執務室周辺に誰も近づかないようにした、と打ち明けられた。怒っていないと正直な気持ちを伝えた途端、怯えた態度は何処はやら。実の所、面白いことになりそうだから、さっさと進展しろよと思ってたから、とこちらも本心をぶちまけ始めた。

薬師は皆優秀なのだが、何処かしら人として大事な部分が欠けている者が多い。意気揚々と同僚を媚薬を盛った男の元に送り出すとは。怒ってなかったリゼットだが、同僚の態度にはイラッとしたので「リディア王国に出張の話が出ているけど、決定したとしてもあなた達はメンバーに入れないでと言っておく」と冷ややかに言い放った。根っこのところは薬草オタクの同僚達は跪いてリゼットに許しを乞う。その様子をガン無視しながらリゼットは机に向かった。リゼットにそんな権限はないので嘘なのだが、言ってあげる義理はない。

同僚達がトボトボ自分の席に戻っていくと、1番仲のいいミアがやって来て、こちらにも謝られた。クリストファーが計画を持ちかけた時彼女だけは断ったらしい。それをクリストファーも咎めはせず、だがリゼットに計画を漏らすことは決してするなと厳命して行ったそうだ。ならばリゼットが責める事は出来ないし、同僚達と違って面白がることもなかった彼女には些細を隠しつつ事の顛末を教えた。

「ふーん、結婚するの団長と?」

「結婚…そういう話はまだ」

「まだって事はいつかはしたいの?」

「…そうだね」

「…あの男に興味なかったリゼットがね。最初は面倒臭がってたのに途中から満更でもなさそうだったし、絆された?」

「う、否定は出来ない」

「団長の粘り勝ちかー、薬がなくともいつかはくっつくと思ってたよ私は」

「…分かりやすかった?」

「あの女に物凄く冷たい団長がリゼットには優しい顔してたし、リゼットも男と話す時完全に無表情だったのに、団長と話す時は雰囲気が柔らかかったよ。分かりやすいのに本人達は気づかないし、本当焦ったー。あ、そろそろ昼休み終わる」

言いたいことを言うと彼女はひらひらと手を振って自分の席に戻って行った。その後午後の業務を再開させたが、ミアが結婚を口にしたせいでついさっき別れたばかりのテオドールの顔が無性に見たくなってきた。だがそれも一瞬のこと。薬の調合に集中し出したら、そんな事は頭から抜けてしまった。









18時になり終業のチャイムが鳴り響く。大体予定がなければ研究室に残るリゼットだが、今日は違う。テオドールに呼ばれているので鞄に必要な物を仕舞うと席を立ち、研究室のドアを開けた。すると見知らぬ若い騎士がドアの横に控えていたのだ。胸に付けられたバッジを見ると第一騎士団の団員のようだ。

「お疲れ様です。団長に執務室まで無事あなたをお連れするように命を受けました、さあどうぞ」

「え…わざわざ申し訳ありません」

騎士団長の執務室は薬事局のある研究棟とは別の建物なので移動するのに時間がかかる。とはいえここは王宮で警備の兵もいるので危ない目に遭うことはまずあり得ない。だというのにあの騎士団長様は若い騎士1人捕まえて、リゼットを迎えに来させている。過保護にも程があると少し呆れた。

が、テオドールが心配する気持ちも分かる。彼はまだレオンを警戒しているのだ。クリストファーが嘘を言うわけないが、改心したのも演技で油断させて、また襲う可能性もゼロじゃない。自室の見張りが厳重といっても、脅すなり何なり抜け出す方法はあるのだ、この世に完全は存在しない。リゼットも引っかかっていた事、テオドールが気にしない訳がなかった。

この若い団員には申し訳ないが、リゼットはテオドールの過保護を有難く受け取ることにする。執務室への道すがら、迎えの騎士からは何やら意味深な笑みを向けられたが「もしかしたら媚薬騒動に協力した人かもしれない、だとしたら何だか居た堪れない」も思いながら口を利くこともなく目的地に着いた。「では自分はこれで」と騎士はお辞儀をすると去って行く。リゼットも彼に礼を伝えると執務室のドアをノックする。中から「入ってくれ」の声が返って来たのでドアを開けた。

中に入ると机に向かい、書類に目を伏せ万年筆を走らせているテオドールが。まだ仕事中のようだが、リゼットがドアを閉めると手を止めて椅子から立ち上がって「ソファーに座ってくれ」と促す。言われるがままソファーに腰を下ろす。そういえば一昨日ここで…とあれこれを思い出しそうになり、急いで脳内から邪念を振り払う。腰を下ろす直前、リゼットが一瞬固まったことをテオドールは気づいていない。クリストファーの執務室のソファーと違い、適切な距離を保っている。

「すまない、わざわざ呼び出して」

「私は大丈夫です。団長はまだお仕事中だったのでは」

「ああ、確認が必要な書類が何枚かあるか急ぎではない。それより君と話す時間の方が大事だ」

いや、普通に仕事の方が大事だというリゼットの指摘は声になる事はなかった。ぎゅ、とテオドールがリゼットを突然抱き締めたからだ。咄嗟のことに驚きテオドールの胸を押そうとするが、辞めた。自分を抱き締めるテオドールの腕が微かに震えていることに気づいたのだ。

「…殿下の執務室で話を聞いた時からこうしたかった」

低い声と熱い吐息が耳にかかり、背筋がゾクっとする。それだけでリゼットの身体は一昨日の情事を思い出して熱を持ち始める。本当にクリストファーの前では留まってくれて助かった。突然名前を呼ぶ、ピッタリとくっつきそうな距離で座ると色々と我慢出来てなかった気もするが。だが、それよりも何故テオドールが震えているのかが気がかりだ。リゼットは背中に回された腕をそっと撫でる。彼の声も震えていた。

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