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19話
しおりを挟む「…話を聞いて俺はすぐアイツを監視した。そして何をしようとしているのかより詳しく知ることが出来た。…レオンはノインツ嬢がテオに対して好意を抱き始めていると取り巻きから聞き、手段を選ばなくなった…ノインツ嬢が自分と結婚するしかない状況を作り出そうとしていたんだ。ご丁寧に『目撃者』まで用意して」
聞くと、レオンはクリストファーと同じく同僚達に協力を要請…脅してリゼットに媚薬を盛ろうとした。クリストファーが薬事局長の協力の元身体に害の残らない量を調整していたのに対し、レオンは廃人になるかもしれない程の量を。王家に伝わる媚薬は少量でも強力で、女性が飲めば胎の中に男の精を注がれないと身体の疼きがいつまでも続き、自慰行為で発散すると更に酷くなるという劇薬。それを盛られたリゼットを「偶然」通りかかったレオンが「助けるために」抱き、音に気づいた職員数人が部屋に入り「目撃者」になる。
不可抗力とは言え抱いてしまった責任を取る形で結婚して仕舞えば陛下も伯爵も反対は出来ない、目撃者を仕立て上げればリゼットも自分と結婚する道しかなくなる、レオンはそう考えた。レオンの中にはリゼットに対する淡い恋心はなく、悍ましくも歪んだ執着心しか残っていない。手に入れることが出来れば廃人になったとしても構わない、とレオンは端正な顔を醜悪に歪め語っていたらしい。
聞いているリゼットは平静を保とうとしたが顔からは血の気が引き、膝の上に置かれた手は小刻みに震えている。リゼットは自分の気持ちにも他人の気持ちにも鈍感だ、無自覚にレオンを傷つけ続けて、薬を盛って犯そうとする程憎悪を抱かれ、恨まれていたのか。自分がレオンのことを気にしていれば良かったのか、クリストファーを支えようと努力していた真面目なレオンを自分が道を踏み外させてしまったのか、と自己嫌悪に陥りそうになった時テオドールの大きな手がリゼットの手に重ねられた。
「リゼットが気に病む必要は全くない」
「そうだ、アプローチも何もしてこない相手からの好意に気づくなんて超能力者でもないと無理だ。アイツが勝手に拗らせて勝手に自滅しただけだ」
「自滅…?」
「レオンは伯爵令嬢に暴行を働こうとした疑いで謹慎を言い渡され、自室に軟禁中だ。厳重な警備体制だから逃げ出すのは不可能、謹慎が解けたら外交の名目で国から出すことが決まっている。5年は国に帰ることが許されていないし命令を破ったら、王族から籍を抜いて辺境の地にある問題を起こした王族が幽閉されてきた塔に送る、と父上が決めた。甘やかした息子に対する父上が出来る最大限の罰だ、軽いと思うが許して欲しい」
自分に危害を加えようとした相手が国から居なくなり、物理的な距離が出来ると聞きリゼットは安堵した。が、テオドールは険しい表情を崩さない。
「それで済んでいるのなら俺に薬を盛る必要はないですよね」
「…レオンの執着心は常軌を逸している。5年後国に戻ってからもリゼット嬢に近づく恐れがあると両親と俺は判断した。だから非人道的な方法だと理解した上で薬を盛ったテオドールとノインツ嬢を引き合わせた。王家に嫁ぐ条件は清らかであること、身も心も結ばれて仕舞えばもうレオンにはどうすることも出来ない」
リゼットが処女だったことを何故知っているのか、追及しては駄目か。そしてリゼットに対するプライバシーは彼らの中には存在しないらしい。
「…ああ、レオン殿下が国を出る前に憂いを取り除いておきたかったのですか」
冷え冷えとしたテオドールの声にクリストファーの形のいい眉がピクリと動いた。彼は何も言わない、否定も肯定も。何となくそうじゃないかと思っていたが、この反応を見るに当たっているようだ。
「…そういう理由だったのですね、納得しました」
リゼットの身を案じて、というのも嘘ではないだろうが、目的はレオン殿下が5年の外交を無事終える為にリゼットへの彼の執着心を完全に潰す事。それこそ命令を破って極秘に国に戻り、再びリゼットに接触したら。その時も今回のように未然に防げるとは限らないし、最悪な形で露呈する可能性がある。そうなれば廃嫡、幽閉は免れない。息子の、弟の将来を脅かす危険がある存在、それがリゼット。
第二王子と一伯爵令嬢、どちらを取るかなんて天秤にかけるまでもない。この国では女性の処女性はそれ程重要視されてないし、婚前交渉も推奨されてはいる。リゼットが処女を失っても大した問題はない。恐らく世間一般的に「初めて」は大事に取っておくものであり、恋人と或いは婚約者と仲を深めていっていずれ…と手順を踏んで行うもの。薬を盛られたテオドールとなし崩しに関係を持ったことを後悔はしてない、だから王家の思惑に振り回されたことを怒っていない。だからリゼットは一言。
「目的はどうであれ、助けていただいたのは事実ですので殿下には感謝しております」
クリスファーが瞠目し、美しい顔を苦しげに歪めたと思ったら再び、深々と頭を下げた。リゼットとテオドールを利用したことを心から悔いているのだ。次期国王たる者、1人や2人目的の為に利用し切り捨てるくらいの気概が無ければ苦労しそうだ。が、そんなの余計なお世話だろうし、優しく繊細だからそこ出来ることもあるのだろう、と思った。
しんみりとした雰囲気を変えようと、リゼットは話を戻した。
「…それでレオン殿下は」
クリストファーは顔を上げた。既に毅然とした表情に戻っている。
「昨日の昼頃、テオの様子から進展したと判断した俺はアイツにこう言った。テオがノインツ嬢が今日は休みだと薬事局長に伝えていた。知らないうちに2人は随分進んでいた、婚約するのも時間の問題じゃないか、と。するとレオンの奴、虚だった目に正気が宿り、憑き物が取れたみたいに穏やかな表情になってな。今は部屋で大人しくしている」
当たり前のようにリゼットとテオドールが共に朝を迎えた事実が共有されていることに対して、もう何も言うまいとリゼットは諦めの境地にいた。が、それよりもクリストファーの話に前のめりになりつつ反応した。
「それは…レオン殿下の私への執着が消えたということでしょうか」
「恐らくな、正気に戻り俺と会う度ノインツ嬢への謝罪の言葉を口にしている。直接会って謝りたいと言っているが…」
「それは遠慮いたします。正直に申し上げてレオン殿下は私の中で1度話しただけな人であり、名前と顔を知っているだけの他人です。自分にしようとしていた事を知っても、怒りや恐怖を覚えましたが一瞬のこと。驚いてはおりますがそれだけですので、謝られても困ります。これから先自分にやむを得ない場合を除き関わらないでくれるのなら、こちらからは何も望みません」
レオンとリゼットの人生があの日以外にも交差していたら、時々顔を合わす程度の関係性を築いていれば犯そうとしていた事実を知った時動揺し、悲しみ、慄いただろう。だがレオンに対し自国の第二王子という印象しか抱いてないリゼットからすれば、驚愕の感情以外何もない。別に謝って欲しいだとか改心して欲しいなんて思ってない。ただこれから先レオンとリゼットの人生が交差することがなければ、それでいいと思っている。
人の道を踏み外そうとしたとは言え相手は第二王子、彼からの謝罪を拒否したことに対し苦言を呈されることもなく、「そうか」とクリストファーはリゼットの出した答えを受け入れてくれた。テオドールも同じでぎゅっと手を握っていてくれている。そして徐にこう切り出した。
「レオン殿下とは何度か話したことはありますが、そこまでの狂気は感じられませんでした。勿論本性を隠すなんてお手のものでしょうが、それでもリゼットに危害を加えようとしたレオン殿下と普段の殿下が結びつきません。レオン殿下にはいつからその兆候が?国王陛下や王妃様、殿下を見ていると突然変異を疑うレベルです」
それはリゼットも疑問に思っていた。リゼットに対する思いが再燃し、外堀を埋めようとして失敗、リゼットとテオドールの仲の進展を知り強引な手段に出ようとするのも一応は理解は出来る。が、そこから薬を盛り目撃者を用意して逃げ道を塞いだ上で既成事実を作る、という思考の切り替えがあまりにも極端すぎる。王族として教育を受け、自分を律する術を身に付けてきたはずのレオンが取った行動とは信じがたい。その瞬間だけ別の誰かに体を乗っ取られていたと言われた方がまだ信じられる。
クリストファーは苦々しい顔で「あー」と思い当たる節があるのか天井を見上げた。そこをすかさずテオドールがつついた。「リゼットには全てを知る権利があると思いますが?」と恐ろしい形相で恫喝し出して、「王家の恥だから他言無用」と言い含めて語り出す。
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