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15話

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「きっかけは1年前だが、元々君の誰に対しても媚びることなく毅然とした態度で意見するところを見かけて以来、気にはなっていた。なのに体調が悪すぎて余裕を無くし、あんな態度を取ったことをずっと後悔していたんだ、話しかけてからもそっけない態度しか取られないから、嫌われているのかと思っていた」

「それは…最初の頃は何でこの人話しかけてくるんだろう、変に注目されるから面倒臭いとは思ってました」

「正直だな、そこからここまで来たの奇跡じゃないのか」

「私も単純なんですよ、段々気になり出したといいますか」

「良かったよ、俺の下手くそなアプローチが少しは響いたみたいで…リゼット、順番が逆になったが俺と付き合ってくれ」

テオドールはリゼットを自分の方に向かせると、真剣な顔で言った。

「本当は直ぐにでも一緒に暮らしたいし結婚したいとも思ってる。だが、君が性急な変化を望まないのも分かっているから、まずは恋人として過ごして何処かに出かけたりしてみたい」

「…ありがとうございます」

リゼットは自分のペースを崩されることがあまり好きではない。テオドールのことは好きだし、彼から結婚という言葉が出た事も嬉しかった。が自分は今まで好き勝手生きてきて、他人に合わせることが苦手だ。それをテオドールも気づいている、だからゆっくりと時間を共有することから始めよう、と言ってくれているのだ。

「だが婚約だけは結んでおいた方がいいかもしれないな、他の男が邪な感情を抱かないとも限らない」

「え?いや、そんなことはないと思いますよ」

「リゼットは鈍いから気づいていないかもしれないが、美しくて優秀な君を望む男は多い。君が男に対して隙を見せないことと、ここ1年は俺が話しかけていたから直接接してくる男は殆ど居なかっただろう?」

「確かに」

「それに理解し難いが、誰かと交際し出した途端に欲しがる下衆な男も一定数存在する」

人のものは魅力的に見えるというやつだろうか。

「怖いですね、気をつけます」

「勿論リゼットのことは俺が守る…一生傍に居てほしい」

ぎゅ、と抱き締めながら優しい声で囁き、愛しさしか映っていない瞳でリゼットを見つめた。さっきも今も、プロポーズのような言葉をかけていると気づいているのだろうか。結婚の言葉を持ち出したから敢えて言っているのかもしれない。どちらにしてもリゼットの返す言葉は決まっている。

「はい、よろしくお願いします」

ふっと微笑んだテオドールはリゼットの唇に触れるだけのキスを繰り返した後腰を労るように撫でた。

「身体は大丈夫か、獣みたいに君を貪ってしまったし。本当に悪かった」

「…腰が痛くて足に力が入りません」

今度は太腿の辺りを撫でられくすぐったい。

「本当にすまない、今日は休んだ方がいいんじゃないか?局長には俺から伝えておく」

「え、でも」

「休みが溜まってるから消化しろと局長に言われていただろう、兎に角休め」

そうは言われても、と根が真面目なリゼットは体調が悪いわけでもないのに休むことに抵抗があった。だが、少し身体を動かすだけでも怠くあちこちが痛むもの事実。椅子に座り続けるのもきついかもしれない。

「…休みます」

「分かった、執務室に行く前に朝一で伝えておく」

「テオドール様は出仕されるんですか」

「ああ、俺はそれほど疲れてないから」

あれだけリゼットを貪っておいて…?リゼットは信じられないものを見る目を彼に向けた。騎士の体力は底なしなのか。

「それに…白衣やタオルを置きっぱなしだ、回収しなければ」

そうだった、執務室に放置されているものの存在をすっかり忘れていた。あの時は2人とも昂っていて周りを気にする余裕もなかった。

「出る時鍵を掛けているから誰も入れないが、人が増えてきてからあれを持って歩くのは勇気がいる」

「お任せしてしまって、ごめんなさい」

テオドールがリゼットの髪を優しく撫でた。

「気にしないでくれ」

大きな手で撫でられていくうちにまた瞼が重くなってきた。眠りの世界に旅立つ直前、「おやすみ」と囁く声が聞こえた。



次に目を覚ますとテオドールは既にいなかった。ベッドから起き上がり、ヨロヨロと寝室を出るとリビングのテーブルの上にメモとパンやサラダが置かれていた。メモには簡単に朝食を作ったこと、シャツを用意しておいたので着てもいいこと、風呂も自由に使って欲しいということ、いつまでも居てくれていいし帰る時鍵を掛けたらそのまま鍵を預かって欲しい旨のことが書かれていた。最後のは、つまりそういうことだろう。本当に恋人みたいだ、と頬を赤く染めた後いや恋人だった、と我に返る。

テオドールの厚意に甘え、シャワーを使わせてもらった際浴室の鏡に映った胸元を見るとテオドールが付けた赤い痕が目に入ってしまい、また身体が熱を持ち始める。テオドールが近くに居なくても、彼の付けた痕が残っているだけで傍に居るという安心感に包まれた。女性を所有物扱いする男性もそれを喜ぶ女性の気持ちもよく分からなかったが、今は分かる。テオドールの独占欲を表す痕すら愛おしい。

テオドールの用意してくれたシャツは当然ながら大きい。リゼットが着ると丈の短いワンピースのようになる。下着を付けようか迷ったが、ショーツの方は酷いことになっているのが分かっていたので悩んだ末そのままシャツを着た。洗って返せば問題ないだろう。

朝食を食べ、リビングでゆったりしているとあっという間に昼になった。身体の怠さも少しマシになったので服を身につけシャツを畳んで帰る準備をする。メモとペンを拝借し、朝食や着替えについてのお礼とシャツは洗って返すと言伝を残した後ドアに鍵を掛けてテオドールの部屋をあとにする。自室に戻り必要最低限以外ベッドで自堕落に過ごしていたら身体の怠さはマシになった。


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