80 / 83
第二部
46話…S
しおりを挟むごめん、と心の中で付け足す。まるで呪いの言葉だ。今だけは彼女が目を覚まさないことを祈った。すると彼女が「ん…」と声を漏らす。
(え、まさか起きて…)
今の言葉を聞かれたか、と静かに焦り出す。だが、もし聞かれたとしても彼女は寝ぼけているだろうから上手く誤魔化せばいい、と頭の中で悪魔が囁いた。
予想に反し彼女は目を覚ます気配がない。そもそも彼女は自分と違い眠りが深い。同じ部屋で眠るようになり分かったのだが、一度寝るとこちらから起こさない限り朝まで起きないのだ。独り言を呟いたくらいでは起きない、とホッと胸をなでおろしたのも束の間。
「…そう…ま…」
(っ!…)
彼女が舌っ足らずな声で自分の名前を呼んだ。少しばかり眉間に皺を寄せ、寝返りを打つとこちらの方に腕を伸ばす。何かを探しているのだろうか。そして徐に腰の辺りに腕を巻きつけ抱きついてくる。
「ちょっ…!」
「…いた…」
ギョッとして彼女の寝顔を見下ろすと、眉間の皺は消え何処か嬉しそうなあどけない寝顔となっている。
(俺の夢見てる…?)
彼女は時々寝言を漏らしていたが、「モフモフ…」「尻尾…」と言った言葉しか聞いた記憶がない。高確率で猫…彼女の大事な家族の夢でも見ているんだろうなと当たりを付けていた。当の本人に訊ねても「覚えていない」と答えるからだ。ほんの少しだけ、「俺の夢も見てくれないかな」という淡い希望を抱いてはいたけれど。現実の彼女を十分に独占している癖に、夢の中でも彼女が自分を欲して、考えてくれることを望む。傲慢が過ぎる、人は一度欲深くなると際限がないというのは本当だと知った。
そんな彼女が夢うつつの中、自分の名前を呼び探し求めてくれて。自分を見つけて心底安心してくれたら。そんなことをされて、嬉しいと思わないはずがない。彼女から与えられる感情も何もかもが愛おしい。
気が付けば彼女の微かに開いた唇を塞いでいた。「ん…」と切なげな声が漏れ出る。静香はいつも突然キスしたり、舌を入れると驚くのか一瞬身体を震わせるがすぐにこちらに身を任せてくれる。息苦しい時に漏れる声が聴きたくてつい、強引にしてその度睨まれるけど辞める気になれない。
今は眠っているせいで反応が鈍くなっていて、いつも以上に艶めいた声が鼓膜を震わす。グラグラと理性の糸が揺れる音がする。舌を入れて好き勝手に彼女の口の中を蹂躙したい、しかし寝ている時にそんな真似をしたら彼女を怖がらせてしまう。こみ上げる衝動を抑え込み、優しく唇をなぞるだけのキスに留める。
(いっそ起きてくれないかな。そうしたらもっと…)
そんな自分の卑しい願いが聞き届けられたのか、キスで意識が覚醒した彼女が薄っすらと目を開けた。自分の状況が上手く呑み込めないのか目をパチクリさせている。そりゃそうだ、目が覚めたら自分は恋人の腰に抱きついていて、その恋人は自分にキスしている。混乱しても仕方ない。
「…あれ…」
「起きた?」
「…おはようございます…?」
寝ぼけているのか反応は鈍い。どうやら颯真が寝ている自分にキスしていたことより、自分が抱きついていたことの方が衝撃らしい。櫻井の腰に巻き付いた己の腕を凝視すると、ゆっくりと頬が赤く染まり出し、呆然と呟いた。
「夢じゃないの…」
「どんな夢見てたの?俺に抱きついてたけど」
恥ずかしがっている彼女が可愛くてつい意地の悪いことを言ってしまう。この言い方だと今回は夢の内容を覚えているようだ。それが知りたくてじりじりと滲み寄るが、余程自分の行動が恥ずかしいのか口ごもる。彼女の前髪を梳いて額にまた口付けると、分かりやすくびくりと震えた。
「言わないとキスするけど、額から順に。寝ている君には出来なかったやつ、口にするかも」
確実に彼女が言うことを聞いてくれる脅しを口にする。これ以上の恥ずかしさの上乗せには耐えられなかった彼女は口付けられた額を抑えながら「言いますから!」と叫んだ。おずおずと夢の内容を語り出す。
「…2人で動物がたくさんいる場所に居て、動物と触れあっていたら急に颯真さんが居なくなって。探していたら急に目の前に現れたんですよね、そうしたら急に空から猫が降ってきて顔に張り付かれて。窒息するかと思い…ました」
後半尻すぼみになっているのは顔に張り付いた猫の正体が分かっているからだろう。それについては申し訳ない。さっきといい息苦しい思いをさせて。
(夢の中の俺が居なくなったのは服を取りにベッドから出たからか、しかしブレない夢見てるな)
寝起きだが分かりやすい彼女の説明で大体伝わった。要するに…。
「俺が居なくて寂しかった?」
「…」
図星だったのかあからさまに視線を逸らす。何を言うでもなくジーっと凝視する櫻井に耐えられなくなったらしい。やけくそ気味に言い放つ。
「…そうですよ寂しかったんですよ。映画でこういう時相手が隣に居ないと寂しいとか、ただの演出だと高を括っていたのに…割と本当みたいで悔しい…私まだ眠いので寝ますおやすみなさい」
早口で締めるとタオルケットを頭から被り向こうを向いて寝転んでしまった。少し揶揄い過ぎたらしい。拗ねてしまった静香の隣に横たわると、タオルケットから顔を出しこちらを向いた彼女が困惑している。
「え…!」
「何?」
「何しているんですか…?」
「静香が俺が隣に居ないと寂しいって言うから」
「確かに言いましたけど、改めて言われると恥ずかしい…」
身悶えつつもまんざらでもなさそうな彼女の様子に内心ほくそ笑んでいる。そして静香は訝しげにこちらを見つめだす。
0
お気に入りに追加
78
あなたにおすすめの小説

溺愛ダーリンと逆シークレットベビー
葉月とに
恋愛
同棲している婚約者のモラハラに悩む優月は、ある日、通院している病院で大学時代の同級生の頼久と再会する。
立派な社会人となっていた彼に見惚れる優月だったが、彼は一児の父になっていた。しかも優月との子どもを一人で育てるシングルファザー。
優月はモラハラから抜け出すことができるのか、そして子どもっていったいどういうことなのか!?
イケメン社長と私が結婚!?初めての『気持ちイイ』を体に教え込まれる!?
すずなり。
恋愛
ある日、彼氏が自分の住んでるアパートを引き払い、勝手に『同棲』を求めてきた。
「お前が働いてるんだから俺は家にいる。」
家事をするわけでもなく、食費をくれるわけでもなく・・・デートもしない。
「私は母親じゃない・・・!」
そう言って家を飛び出した。
夜遅く、何も持たず、靴も履かず・・・一人で泣きながら歩いてるとこを保護してくれた一人の人。
「何があった?送ってく。」
それはいつも仕事場のカフェに来てくれる常連さんだった。
「俺と・・・結婚してほしい。」
「!?」
突然の結婚の申し込み。彼のことは何も知らなかったけど・・・惹かれるのに時間はかからない。
かっこよくて・・優しくて・・・紳士な彼は私を心から愛してくれる。
そんな彼に、私は想いを返したい。
「俺に・・・全てを見せて。」
苦手意識の強かった『営み』。
彼の手によって私の感じ方が変わっていく・・・。
「いあぁぁぁっ・・!!」
「感じやすいんだな・・・。」
※お話は全て想像の世界のものです。現実世界とはなんら関係ありません。
※お話の中に出てくる病気、治療法などは想像のものとしてご覧ください。
※誤字脱字、表現不足は重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけると嬉しいです。
※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。
それではお楽しみください。すずなり。

俺を信じろ〜財閥俺様御曹司とのニューヨークでの熱い夜
ラヴ KAZU
恋愛
二年間付き合った恋人に振られた亜紀は傷心旅行でニューヨークへ旅立つ。
そこで東條ホールディングス社長東條理樹にはじめてを捧げてしまう。結婚を約束するも日本に戻ると連絡を貰えず、会社へ乗り込むも、
理樹は亜紀の父親の会社を倒産に追い込んだ東條財閥東條理三郎の息子だった。
しかも理樹には婚約者がいたのである。
全てを捧げた相手の真実を知り翻弄される亜紀。
二人は結婚出来るのであろうか。

【R18】幼馴染がイケメン過ぎる
ケセラセラ
恋愛
双子の兄弟、陽介と宗介は一卵性の双子でイケメンのお隣さん一つ上。真斗もお隣さんの同級生でイケメン。
幼稚園の頃からずっと仲良しで4人で遊んでいたけど、大学生にもなり他にもお友達や彼氏が欲しいと思うようになった主人公の吉本 華。
幼馴染の関係は壊したくないのに、3人はそうは思ってないようで。
関係が変わる時、歯車が大きく動き出す。

甘すぎるドクターへ。どうか手加減して下さい。
海咲雪
恋愛
その日、新幹線の隣の席に疲れて寝ている男性がいた。
ただそれだけのはずだったのに……その日、私の世界に甘さが加わった。
「案外、本当に君以外いないかも」
「いいの? こんな可愛いことされたら、本当にもう逃してあげられないけど」
「もう奏葉の許可なしに近づいたりしない。だから……近づく前に奏葉に聞くから、ちゃんと許可を出してね」
そのドクターの甘さは手加減を知らない。
【登場人物】
末永 奏葉[すえなが かなは]・・・25歳。普通の会社員。気を遣い過ぎてしまう性格。
恩田 時哉[おんだ ときや]・・・27歳。医者。奏葉をからかう時もあるのに、甘すぎる?
田代 有我[たしろ ゆうが]・・・25歳。奏葉の同期。テキトーな性格だが、奏葉の変化には鋭い?
【作者に医療知識はありません。恋愛小説として楽しんで頂ければ幸いです!】
極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~
恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」
そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。
私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。
葵は私のことを本当はどう思ってるの?
私は葵のことをどう思ってるの?
意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。
こうなったら確かめなくちゃ!
葵の気持ちも、自分の気持ちも!
だけど甘い誘惑が多すぎて――
ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。


【R18】純粋無垢なプリンセスは、婚礼した冷徹と噂される美麗国王に三日三晩の初夜で蕩かされるほど溺愛される
奏音 美都
恋愛
数々の困難を乗り越えて、ようやく誓約の儀を交わしたグレートブルタン国のプリンセスであるルチアとシュタート王国、国王のクロード。
けれど、それぞれの執務に追われ、誓約の儀から二ヶ月経っても夫婦の時間を過ごせずにいた。
そんなある日、ルチアの元にクロードから別邸への招待状が届けられる。そこで三日三晩の甘い蕩かされるような初夜を過ごしながら、クロードの過去を知ることになる。
2人の出会いを描いた作品はこちら
「純粋無垢なプリンセスを野盗から助け出したのは、冷徹と噂される美麗国王でした」https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/443443630
2人の誓約の儀を描いた作品はこちら
「純粋無垢なプリンセスは、冷徹と噂される美麗国王と誓約の儀を結ぶ」
https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/183445041
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる