人間不信気味のイケメン作家の担当になりましたが、意外と上手くやれています(でも好かれるのは予想外)

水無月瑠璃

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第二部

46話…S

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ごめん、と心の中で付け足す。まるで呪いの言葉だ。今だけは彼女が目を覚まさないことを祈った。すると彼女が「ん…」と声を漏らす。

(え、まさか起きて…)

今の言葉を聞かれたか、と静かに焦り出す。だが、もし聞かれたとしても彼女は寝ぼけているだろうから上手く誤魔化せばいい、と頭の中で悪魔が囁いた。

予想に反し彼女は目を覚ます気配がない。そもそも彼女は自分と違い眠りが深い。同じ部屋で眠るようになり分かったのだが、一度寝るとこちらから起こさない限り朝まで起きないのだ。独り言を呟いたくらいでは起きない、とホッと胸をなでおろしたのも束の間。

「…そう…ま…」

(っ!…)

彼女が舌っ足らずな声で自分の名前を呼んだ。少しばかり眉間に皺を寄せ、寝返りを打つとこちらの方に腕を伸ばす。何かを探しているのだろうか。そして徐に腰の辺りに腕を巻きつけ抱きついてくる。

「ちょっ…!」

「…いた…」

ギョッとして彼女の寝顔を見下ろすと、眉間の皺は消え何処か嬉しそうなあどけない寝顔となっている。

(俺の夢見てる…?)

彼女は時々寝言を漏らしていたが、「モフモフ…」「尻尾…」と言った言葉しか聞いた記憶がない。高確率で猫…彼女の大事な家族の夢でも見ているんだろうなと当たりを付けていた。当の本人に訊ねても「覚えていない」と答えるからだ。ほんの少しだけ、「俺の夢も見てくれないかな」という淡い希望を抱いてはいたけれど。現実の彼女を十分に独占している癖に、夢の中でも彼女が自分を欲して、考えてくれることを望む。傲慢が過ぎる、人は一度欲深くなると際限がないというのは本当だと知った。

そんな彼女が夢うつつの中、自分の名前を呼び探し求めてくれて。自分を見つけて心底安心してくれたら。そんなことをされて、嬉しいと思わないはずがない。彼女から与えられる感情も何もかもが愛おしい。

気が付けば彼女の微かに開いた唇を塞いでいた。「ん…」と切なげな声が漏れ出る。静香はいつも突然キスしたり、舌を入れると驚くのか一瞬身体を震わせるがすぐにこちらに身を任せてくれる。息苦しい時に漏れる声が聴きたくてつい、強引にしてその度睨まれるけど辞める気になれない。

今は眠っているせいで反応が鈍くなっていて、いつも以上に艶めいた声が鼓膜を震わす。グラグラと理性の糸が揺れる音がする。舌を入れて好き勝手に彼女の口の中を蹂躙したい、しかし寝ている時にそんな真似をしたら彼女を怖がらせてしまう。こみ上げる衝動を抑え込み、優しく唇をなぞるだけのキスに留める。

(いっそ起きてくれないかな。そうしたらもっと…)

そんな自分の卑しい願いが聞き届けられたのか、キスで意識が覚醒した彼女が薄っすらと目を開けた。自分の状況が上手く呑み込めないのか目をパチクリさせている。そりゃそうだ、目が覚めたら自分は恋人の腰に抱きついていて、その恋人は自分にキスしている。混乱しても仕方ない。

「…あれ…」

「起きた?」

「…おはようございます…?」

寝ぼけているのか反応は鈍い。どうやら颯真が寝ている自分にキスしていたことより、自分が抱きついていたことの方が衝撃らしい。櫻井の腰に巻き付いた己の腕を凝視すると、ゆっくりと頬が赤く染まり出し、呆然と呟いた。

「夢じゃないの…」

「どんな夢見てたの?俺に抱きついてたけど」

恥ずかしがっている彼女が可愛くてつい意地の悪いことを言ってしまう。この言い方だと今回は夢の内容を覚えているようだ。それが知りたくてじりじりと滲み寄るが、余程自分の行動が恥ずかしいのか口ごもる。彼女の前髪を梳いて額にまた口付けると、分かりやすくびくりと震えた。

「言わないとキスするけど、額から順に。寝ている君には出来なかったやつ、口にするかも」

確実に彼女が言うことを聞いてくれる脅しを口にする。これ以上の恥ずかしさの上乗せには耐えられなかった彼女は口付けられた額を抑えながら「言いますから!」と叫んだ。おずおずと夢の内容を語り出す。

「…2人で動物がたくさんいる場所に居て、動物と触れあっていたら急に颯真さんが居なくなって。探していたら急に目の前に現れたんですよね、そうしたら急に空から猫が降ってきて顔に張り付かれて。窒息するかと思い…ました」

後半尻すぼみになっているのは顔に張り付いた猫の正体が分かっているからだろう。それについては申し訳ない。さっきといい息苦しい思いをさせて。

(夢の中の俺が居なくなったのは服を取りにベッドから出たからか、しかしブレない夢見てるな)

寝起きだが分かりやすい彼女の説明で大体伝わった。要するに…。

「俺が居なくて寂しかった?」

「…」

図星だったのかあからさまに視線を逸らす。何を言うでもなくジーっと凝視する櫻井に耐えられなくなったらしい。やけくそ気味に言い放つ。

「…そうですよ寂しかったんですよ。映画でこういう時相手が隣に居ないと寂しいとか、ただの演出だと高を括っていたのに…割と本当みたいで悔しい…私まだ眠いので寝ますおやすみなさい」

早口で締めるとタオルケットを頭から被り向こうを向いて寝転んでしまった。少し揶揄い過ぎたらしい。拗ねてしまった静香の隣に横たわると、タオルケットから顔を出しこちらを向いた彼女が困惑している。

「え…!」

「何?」

「何しているんですか…?」

「静香が俺が隣に居ないと寂しいって言うから」

「確かに言いましたけど、改めて言われると恥ずかしい…」

身悶えつつもまんざらでもなさそうな彼女の様子に内心ほくそ笑んでいる。そして静香は訝しげにこちらを見つめだす。


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