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第二部
37話…※
しおりを挟むどうやってこの部屋まで帰って来たのか、よく覚えていない。玄関に入り、ドアの閉まる音が響いた瞬間壁に押し付けられ噛み付くように口付けられた。部屋に入る前まで普段と変わらない風に喋っていた櫻井は、何も言わずただただ静香の唇を貪っている。まるで周囲の目を気にする必要がなくなったから、被っていた仮面を脱ぎ捨てた様に感じられた。目の前の男が本性をむき出しにした瞬間を目の当たりにし、ゾクゾクとした快感が背筋を走る。
突然のことで咄嗟に櫻井の胸に手をつき、押してしまった。当然本気の力ではなかったので全く意味を為さない。それでも押しのけられたことが嫌だったのだろう。ぐっと頭を壁に押し付け、ほんの少し深いだけだったキスが全く別の物に変わった。絶対逃がさないという強い意思を感じる。熱い舌が微かに空いた唇の隙間から侵入し遠慮という言葉を知らないのか、好き勝手に静香の口腔内をまさぐり蹂躙し始める。上顎、頬の内側、喉の奥と櫻井は静香の口の中で自分が知らない箇所が存在することが気に食わないらしい。今度は喉の奥ギリギリまで舌が侵入してきたため軽くえづきそうになる。「んっ」と眉間に皺を寄せ苦し気な声が喉から漏れると、彼の舌の動きが少しだけ収まった、少しだけ。
「ごめん、苦しい?」
唇を離し、掠れ切った声で謝られる。散々混ざり合ったどちらのものかも分からない唾液が銀糸を引いているのが、何ともいやらしい。もし肯定したらこの自分の身体に押し付けられている体温が離れていってしまうのだろうか。櫻井は静香が痛がることや苦しむことは絶対しない。それも静香のことを想ってのことだと理解はしているのだが、今この時だけは上手く呼吸が出来なくなったとしても辞めて欲しくない、という欲が上回る。乱れた呼吸を整えつつ無言でかぶりを振ると。
「分かった、苦しくなったらどこでもいいからつねって。痛みがないと多分止められないから」
言い終わるとすぐに唇を塞ぎにかかる。離れていた時間は数分もないのに、かなり長い時間唇が外気に触れていたのではと錯覚してしまう。どうやら自分は彼の少しかさついた唇が恋しいのだ。
櫻井とは所謂深いキスを何度も交わしている。生き物のような舌が自分の口の中を動き回り呼吸も上手くできなくなるキスも時々され、その度に全身の力が抜けてしまう。櫻井が獣のように静香の意思も確認せずに、自らの男のとしての欲をぶつけるだけの口付けが嫌いではないらしい。寧ろ力任せに自分の口の中を侵される感覚に興奮すら覚えていた。
数カ月前の事なんて静香の性格上忘れていると思っていたのに、身体も心もハッキリ覚えていた。あの時以上に荒々しいキスを受け止めている身体の奥から甘い疼きが生まれてくる。以前の自分なら驚愕し羞恥心に押しつぶされていただろうが、不思議と今は自分を客観視し、受け入れることが出来た。自分の順応性の高さを今日ほどありがたがったことはない。
(キスでこれって、私も大概だなぁ)
一瞬だけ、目の前の自分の全てを貪ろうとしている男以外の事を考えてしまった。それを欲情しきった黒い瞳は見逃さなかったらしい。何の前触れもなく、静香の顏の横に置かれていた右腕が動いたかと思うと…。
(っ…)
ブラウスの上から左胸を掴まれた。力はさほど強くはなかったが、それとは別の甘い痛みが身体中を走る。もしかしなくても自分は胸を触られると弱いらしい。驚き身体を大袈裟にピクリと震わせ、か細い声で喘ぐ。
「…痛い?」
左胸全体を掴んでいた右手が今度は先端を優しく撫でた。さっきとは別の感覚が背中を走り、また違う声を上げる。何処か嬉しそうな櫻井は更に固くなりつつあった先端を撫で始める。
「今の声、可愛い…痛いんじゃなくて気持ちいいんだ?」
揶揄うような声音で訊ねられ、普段なら恥ずかしがって素直に頷くことはしないだろう。しかし今は中途半端に触れられている先端にもっと触って欲しくて、あっさりと頷く。いつになく素直な静香が意外らしく櫻井は目を見開くが。
「…先端の方、くすぐったいからもっと触って…」
この時静香は無意識に頑なに辞めなかった敬語を崩した。喉の奥から呻き声を上げた櫻井は急にきつく唇を噛む。そして何かを誤魔化すように荒っぽく髪をかき上げると彼は潤んだ瞳で自分を見上げ、艶やかに乱れつつも清廉さを残した静香の耳元に口を近づけ
「…良いけど、後で後悔するなよ」
囁くと同時に容赦なく、それでも静香が痛くない力で左胸をぐり、と捏ねる。全身が敏感になりつつあった静香は耳朶を擽る低く荒っぽい声にも反応を抑えられず「ひぁ…」と声を上げてしまう。ここが玄関だということもあり抑えた声量だったが、無理に声を抑えようとする静香のいじらしさに櫻井の何かが刺激されたようだ。
「…ごめん、ボタン外す」
余裕のない声で囁かれたと思ったら素早く胸元のボタンをいくつか外され白いレースの下着に包まれた豊かな双丘が露わになる。驚く暇も与えられず、今度は下着の上から全く触れられていなかった右胸もきゅっと掴むと全体を揉みしだしつつ、先端を優しく撫で時折指で捏ねたり、弾いたりを繰り返す。余裕のない櫻井の顔が静香の薄っすら滲んだ視界に入った。もう理性のタガが外れそうなのに、櫻井は静香が痛がることがないように常に反応を見ている。快楽を上手く受け流すことが出来ず顔を顰めると、すぐさま「痛い?」と確認してくる。気遣いを嬉しいと感じつつももどかしさを感じる自分は、かなり傲慢だ。
「…これ言ったら怒るかもしれないけど」
「…何ですか」
胸を揉むのに忙しそうだった櫻井はポツリと訊ねた。静香が話していいと促したのでおずおずと口を開く。
「…細いのに胸大きいよな」
「…それだけ?」
静香はキョトンとしてしまう。神妙な顔で切り出した割に大したことではなかったからだ。
「別にそれくらいで怒りませんよ」
「だって大学の時身体目当ての男が寄って来たって言ってたから。言われるの嫌かと」
「ああ、そんなこと言いましたね。そりゃ赤の他人に言われれば顔面殴りつけたくなる程腹が立ちますけどね、颯真さんは良いです」
「血の気が多いな、もしかして一回くらいぶん殴って」
「ませんよ…実際は」
「え」
「暴力は後々面倒ですからね、脳内で顔の原型が無くなるほど」
「分かった、もういい…この流れで言っていいか分からないけど、胸柔らかいから触るの好き」
そう嬉しそうに呟く彼の表情は玩具の前にした子供を彷彿とさせる。やっていることは子供らしさとは程遠いけども。
「胸大きいのが好きなんですか」
初めてこうなった時も、どこか興奮したように触っていた。男はある方が好きと聞いたことが合ったから櫻井もそのタイプだと思っていたが。櫻井は眉毛をピクリと動かす。
「…好きなの子の胸なら大きくても小さくても好き」
息を吸うように「好きな子」という。慣れたつもりだったが急に言われると反応に困る。照れ隠しで視線を逸らす。
「…正直コンプレックスに感じたことは何度かありましたけど、颯真さんがそういうならあまり気にしなくなるかも…」
「この状況でそんなこと言われると本当に加減出来なくなるんだけど…」
そう呟くや否や胸を揉む力が強くなり、少し痛いくらいの力が彼の手に籠る。しかし、もう痛みよりも快感が上回りつつあったので苦痛ではない。
「…どうして欲しい、静香がして欲しいこと全部したい」
耳元に顔を近づけ、熱い吐息と共に囁かれる。敏感になりつつある身体には些細な刺激ですら甘さに変換され、小さく喘ぐ。
「…やっぱり耳弱い?」
「気のせいでひゃ!」
耳の中に熱い舌が入り込んでくる。びちゃびちゃという水音が直接頭に響き、頭がくらくらして来た。気持ちいいが、ザラザラとした舌が耳朶をなぞる感覚に背筋がゾクゾクし触れられても居ない下腹部が疼き出す。
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