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第二部
25話
しおりを挟む「おはようございます。清水先生」
メールで連絡した通り連日の締め切り地獄を乗り越えた後、今までと同じように櫻井の家を訪ねていた。こうして直接家に行くのは久しぶりだ。まあ、電話やメールをそれなりの頻度で交わしているし、本当に久しぶりという感覚はない。
しかし、静香を出迎えた櫻井は何とも言えない微妙な顔をしていた。
「おはよう…あのメッセージ見てない?」
「メール?」
そう言われカバンの中からスマホを取り出し、メッセージアプリを確認すると。「急に申し訳ないんだけど時間ズラせない?連絡なしで新條が来て…」と櫻井から送られていた。送信されたのは約10分前。
「あ、ごめんなさい気づきませんでした。少し時間潰してからまた出直しますね」
「いや良いよ、アイツの方帰らせるから」
「せっかく来てくださったのに駄目ですよ」
「いいって、旅行行った土産渡しに来ただけだし」
そう言えば趣味は旅行と新條も言っていた。そんなところも櫻井と趣味が合うなと当時ふと考えたことを思い出した。本当に仲が良いことで微笑ましい。
「…尚更私居ない方がいいのでは?男同士積もる話もあるでしょうし」
「別にアイツとそんな話」
「ああ、普段から会っているから今更積もる話も何もないと」
「違う…っ!前から思ってたんだけど君が思う程新條と仲良くないから。絶対親友並みに仲良いと思ってるだろ」
「違うんですか?」
「違う」
真顔で言い切った。いやはやここまで素直じゃないとは。
「…先生みたいな人をツンデレって言うんですよ?」
「誰がツンデレだ」
「はいはい、じゃあ私その辺で時間潰してるんで、新條先生と気のすむまで遊んでてください」
「いや、何サラッと帰ろうとしてるの。だからアイツを」
「あのー、いつまでイチャイチャしていらっしゃるんですかね、こっちも流石に気まずいんだけど」
急に2人の会話に誰かが割り込んだ。声のする方を向くとリビングから如何にも気まずそうな新條が顔を出していた。居た堪れない気持ちになったのは言うまでもまい。
結局新條も静香も帰らせることなく、例の「用事」を済ませることにしたらしい櫻井は部屋から持って来るものがあるとリビングを出て行った。その際、物凄い目つきで新條を睨んで行った気がする。ソファーに距離を取って座った静香と新條は苦笑いを浮かべつつ、顔を見合わせる。
「あの、申し訳ありません。変なもの見せてしまって」
「いや、アポなしで来たこっちが悪いんだし。というか颯真も雨宮さんが来るのなら先に言えば俺もさっさと帰ったのに」
「…何ででしょうね」
あそこまで頑なに静香と新條が鉢合わせするのを嫌がるくらいなら、初めからそう言ってお引き取り願えば良かったのに。
「…俺に雨宮さんが来るってことも知られたくなかったんじゃないか、ったく独占欲強すぎ(ボソッ)」
「?何か」
「いや何も。というか雨宮さんと話すの久しぶりじゃないか?」
「確かに、何度か編集部に顔を出していたとは聞いてますが私席外してましたね」
つまりちゃんと話すのは「あの日」以来ということになる。
「また話したいとは思ってたんだけど、中々きっかけがね…颯真を不安にさせる真似もしたくなかったし。ああ、そうだ。颯真とはどう?あいつ子供っぽいし偏屈だし口悪いし、大変じゃない?」
「…まあそれは。口は悪くないで…ん?」
ふと違和感を抱き言葉を区切る。怪訝な顔になった静香を新條は心配そうにこちらを見ている。
「どうかした?」
「もしかして新條先生、私達の事…」
「ああ、知ってるよ。あ、あいつから聞いてない?」
頷くと新條は「あいつ…」と呟いた。さっき玄関で話している静香と櫻井の様子を「イチャイチャ」と評していたし、今の会話も「静香と颯真が付き合っている」と知っていないと出来ないものだった。
「颯真もそういうことは言っておけよな…」
「いえ、私はそういうの気にしないので」
「まあ、雨宮さんが良いって言うならいいけど」
静香が気にしない態度を取ったので、新條もそれ以上この話題を続けることはしなかった。そして急に真剣な表情になる。
「…これ聞いていいか分からないんだけどさ、颯真のどこが良かったの?まあ顔は良いしサラリーマンよりは稼いでるけど、警戒心強いし人嫌いだし。最近は丸くなったけどそれも雨宮さんと付き合い始めたからだろ。それ以前はもっと…」
饒舌な新條にしては珍しく言い淀む。付き合いが長く櫻井の人となりを知っているからこその厳しい言葉。静香が担当になる前、新條と出会った頃の櫻井はもっと棘があったことは聞き及んでいる。
だからこそ新條は櫻井を心配しているのだ。今の問いかけも静香を心配してるのではなく、静香が櫻井を傷つけないかどうか、裏切らない人間かどうか。やむを得ない事情で遠出をした仲とはいえ新條は静香のことを殆ど知らない。手のかかる弟を預けるに値する人間か見定めようとしている。これだけ心配されているのに未だに「友達」ではないと言い張る櫻井はどれだけ天邪鬼なのだろうか。フッと軽く笑った後、新條と目を合わせた。
「私猫飼ってるんですよ」
「…え」
何故猫?という疑問で新條の顔は満ちている。その反応は当たり前だ。自分でもその反応になる。
「家に来た当初は全く懐いてくれなかったんですけど、構い倒してたら少しずつこっちに気を許してくれるようになったんです。最初は気づかなかったんですけど、颯真さんのこと無意識に重ねていたんだと思います。やっと懐いてくれた、というか」
「颯真の事猫みたいだと思ってたの?」
「ええ、たまにしょんぼりしている時は大型犬に見えて。何か可愛いなと思い始めまして…年上の男性に対しての言葉じゃないですね」
自分でも失礼なのではとふと考えることはあった。しかし、新條は「気にしなくていいんじゃない?」と返してくれた。
「別に悪口じゃないし、人にどんな感情抱くかは自由でしょ。正直俺も猫っぽいなと思うことはあったよ」
「本当ですか、何か気が合いますね」
と笑うと何故か渋い顔をされる。
「頼むから颯真が居る場ではそういうこと言わないでね、すんごい顔で俺の事見てくるから。今も俺と雨宮さん2人きりにするの嫌だと思うよ」
確かに思い返すとリビングを出る前凄い顔をしていた気がする。つまり静香と新條に何かあるのではと不安に感じているということか。
「あの人も大概心配性ですね、万に一つも何かあるわけないのに」
「そうそう、って俺がこう言うとまた面倒なことになるんだよね」
「面倒?」
言いたくないのか目を逸らした新條だったが、静香の話せという圧に耐え切れず結局話した。
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