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第二部
21話…S
しおりを挟む「…初めて恰好良いって言われたから」
上擦った声で伝えても静香は良く分かっていないようで。
「颯真さん恰好良いって何度も言われてますよね、今更私が言っても」
「そうだけど…好きで付き合っている相手から言われる恰好良いっていう言葉は、まあ特別というか他の奴に言われるのとはわけが違うから」
そうだ、恰好良いという言葉1つを取っても、その他大勢に言われるのと好きな相手から言われるのとでは重みが違う。なのに静香は「そういうものか」と頷くだけ。彼女にとっては何てことない言動なのだということが伝わり、無性に悔しい。
いつだったか、颯真に対しての不信感を隠そうともしない静香に対し「可愛い顔が台無し」と歯の浮く台詞を吐いた際、はあ、どうせ社交辞令ですよねと言わんばかりの態度で「ありがとうございます」と返していた。元々静香の顔立ちを可愛いとは思っていたので、根っからの社交辞令でもないのだが、それだけだった。こちらが何を言っても、靡く素振りすら見せない彼女に興味を抱きつつあったけど、本当にそれだけだったはずなのに、こんなに入れ込んでしまうなんて。
その癖、あの日颯真の「可愛い顔が見れない」云々という言葉に、今でも思い出すと下半身が熱を持ちかねない可愛い反応を示したじゃないか、と意趣返しに苛めたくなってしまう。が、グッと堪える。怒った彼女の顔も見たいが余計なことで喧嘩はしたくない。
下手に口を出すことを諦め、パクパクと食べ進める颯真は何かを思い出したかのように「あ」と声を上げた静香をえ、と見据える。
「どうしたの」
「いえ、さっき颯真さんに化粧してもしてなくも可愛いと言われて…可愛いと他の人から面と向かって言われたことは殆どないんですけど、多分今までで一番嬉しいなと感じました」
それだけ言うと素知らぬ顔で朝食をまた食べ始める。油断していた時に投げつけられた爆弾を諸に受けた颯真は。
(っ…3カ月後覚えてろよ…マジでムカつく)
澄ました彼女を絶対にあられもなく乱してやると、Sな一面が顔を出し始めていた颯真は秘かに身悶えしつつ、そう決意を新たにしていた。呑気に朝食を食べている静香は知る由もない。
沸き上がる欲望を抑えつつ、食器を片付けている颯真の背後から声が掛けられた。「今のうちに言っておきたいんですけど」と彼女から切り出される。
「来週から担当作家との打ち合わせや雑誌の締め切りが立て続けにあるので、仕事以外で会うのは難しくなるかもしれません」
そう伏し目がちに告げられた。予想はしていた、漫画や雑誌編集者より些かマシとはいえ小説編集者も忙しい。今までの担当も締め切り前や催しが近づくと酷く疲れた顔をしていた。終電ギリギリまで会社に残ることも、泊まり込むこともあるのだろう。休日出勤も。当然目の前の彼女も例外ではない。こういう関係になる前もそういう期間は当然あったはずなのだから。
颯真とて忙しい彼女が体に鞭打ってまで自分と会う時間を取ろうとしたら止める気だった。しかし、彼女がそんな無理をするつもりがなく事前に会えないかもしれないと伝えたことに関しては安心したような、寂しいような複雑な気持ちだった。
が、考え方を変えればいい。自分達は同僚というわけではないが仕事で顔を合わせることが出来る。世間一般の社会人カップルは1週間に一度会うことも難しいかもしれないのだ。そう考えると、仕事で会えるかもという期待が出来るだけ自分は恵まれているのだ、と。…まあ担当編集と数週間顔を合わせないと言うこともザラなので、会えない可能性の方が高い事には今は目を瞑る。
仕事中は名前も呼べないし触れることも出来ないけど、彼女の顔を見れるだけで嬉しいと言う気持ちが沸き上がるのだ。
「分かった、無理しない…しないよね?」
歯切れが悪くなってしまう。ふと、音信不通になった颯真を有休を取ってまで探し回ったと聞かされた時の事を思い出す。あの時は歓喜よりも、この子大丈夫だろうかという心配する気持ちが勝った。自分の限界が分からずに突っ走り最後は倒れるタイプなのではないか、と。
「しませんよ、私自分の限界分かってますし」
さも当然だという風に言い返す彼女に疑いの目を向けることを辞められない。
「…数時間外で待ち続けて、有休取ってあちこち回った人が言っても説得力が」
「…誰のせいでそうなったと思ってるんですかね」
「…そうだね俺のせいだね」
口を尖らせてそう言われてしまえば、素直に認めるしかなくなる。思い返しても自分がクズすぎた。静香はフッと小さく笑う。
「まあ、それで本当に風邪ひいたら腹いせで責任取ってくださいくらいは言ったかも」
ガン、と手に持っていた食器が手から落ちた。静香は慌てて駆け寄り食器が割れていないか確認し、ホッとしている。そして心配したように颯真の顔を覗き込む。
「大丈夫ですか、手が滑って…何でニヤついているんですか」
そう、食器を洗っていた颯真はだらしなく締まりのない顔をしていた。それを受けた静香の疑問に満ちた声が耳に届いても、自分の脳内には。
(…責任取って…え…)
偏差値が3くらいまで下がっていたため、彼女の放った言葉(絶対他意はない)に思いっきり反応していた。あり得ないのに彼女の言う「責任取って」を別の意味に変換している、控えめに言っても阿保であった。たったそれだけで颯真の脳内には妄想劇が繰り広げられていた。普通なら女子の「責任取って」という言葉を重たく感じるだろうか、颯真は全くそんなこと思わないし、寧ろ「傷物にした責任取れ」と詰め寄られても二つ返事で受け入れただろう。当然静香はそんなことを言うつもりは端から無いのだが。因みに脳内では既に結婚式を挙げていた。
「…責任取って…」
口から出た反芻した言葉に彼女が「え」と反応を示し、ますますわけ分からないと言いたげな顔を向ける。
「いや、当時は本気でケーキくらいは強請っても文句言われないだろうと思ってはいましたけど、冗談ですよ、冗談」
そう言っても颯真の耳には届いていない。静香も颯真が今何を考えているのか大体察したのだろう。目を何度か瞬かせのち、ほんの少し眉を顰める。
「…何考えてるか分かりましたけど…もしかしていつもそんなことを考えてます?」
彼女は呆れかえっていた。「あ、ちが!」と正気に戻った颯真が慌てて言い訳をし始める。その反応は静香が櫻井颯真という人間にいい意味で気を遣わなくなったということなのだが、本気で呆れられたと思った颯真は、またみっともなく縋ったのだった。
その後まあ色々あり、誤解が解けた静香と颯真は着替えを取りに行くために彼女の部屋へと向かう。その日は一緒に過ごしたのだが…何をしていたかについては黙秘する。知られたくないので。
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