人間不信気味のイケメン作家の担当になりましたが、意外と上手くやれています(でも好かれるのは予想外)

水無月瑠璃

文字の大きさ
上 下
49 / 83
第二部

15話…S

しおりを挟む




その瞬間、颯真の心の辺りから、ぽきっという音が聞こえた気がした。颯真はリビングにいる兄達に気づかれないように静かに自室に戻る。自室に入りドアを閉めたその瞬間、目の前がぐちゃぐちゃになり、そのまま意識が遠のき床に倒れ込んだ。

夢を見た、両親が出てくる、悪夢。自分に冷たい目を向け、兄にしか関心を抱かない両親、居ないものとして扱う祖父母、親戚、落ちこぼれと馬鹿にする学校の人間。これ自体は時々精神が不安定な時に見ていた。が、この悪夢に今日は兄が出て来た。侮蔑に満ちた顔で颯真を見下ろしている。

「嫌いに決まってるだろ。というかあんな馬鹿と血が繋がっていることが恥」

「しっかし大事な弟って言っただけでコロッと信じるんだから本当馬鹿だわアイツ」

兄の言葉がフラッシュバックした。夢の中の颯真は聞きたくない、と叫び耳を塞ぐが夢の中でそんなことをしても無意味。兄が自分のことを話す時の侮蔑に近い響きが鮮明に蘇る。

「あの日」以前も兄は優しかったし、それ以降は一緒に遊んでくれたりもしたし、勉強も教えてくれた。嬉しかった、が、兄からすれば自分の評価を上げるための手段でしかなかったし、内心ずっと疎まれていたのだ。

今まで自分が信じていたものは全部噓っぱちだった、では自分はこれから何を信じればいいのか。親も周囲も信じられない、一番信用していた兄は自分を嫌っていた。

…颯真の心は悲鳴を上げて砕ける。呆然としたまま、一つの考えに辿り着いた。

…信じて裏切られ、こんなに傷つくなら初めから誰の事も信用しなければいいのだ。そうすればこんなに絶望することもなかったのに。

もう、何にも期待しなければいいんだ、と。


目が覚めた颯真は変わっていた。兄は勿論、家政婦も拒絶し部屋に引きこもり学校にも行かなくなった。友人からも心配するメールや電話が届いていたが、煩わしいので連絡先を変えた。最初は放置していた両親だが引きこもりの息子何て世間体が悪かったのだろう、「金は出すから家から出て行ってくれ」と。母親からは「どこまで自分達の足を引っ張れば気が済むのか」とヒステリックに叫ばれた。兄の願い通り両親は嬉々として颯真を追い出しにかかる。颯真はそれを受け入れ、家から離れた高校を受験した。落ちこぼれと言われていても名門校に通っていたのだ。難なく受かり、その直後に櫻井家から引っ越した。

兄は何度か颯真にコンタクトを取ろうとしたが全て無視した。聡い兄のことだ、リビングでの会話を聞いていたと気づいたのだろう。この期に及んで颯真は期待していた「あれはその場の冗談だ」「颯真の事を嫌っているわけがない」という言葉をかけてくれることを。冷静に考えれば、冗談とはいえ弟をこき下ろす兄なんて不信感しか抱けないのだが、それすらも当時の颯真は考えが至っていなかった。

結果、兄は弁明も何もすることなく颯真と距離を置いた。もう取り繕うことすら面倒になったということかもしれない。「価値」が無くなったから見捨てたのだ。兄が颯真を影でこき下ろしていたと両親に訴えたところで「構ってくれる兄に何てことを言うんだ」と叱責されて終わる。兄の事だ、それも織り込み済みの可能性すらある。もしかしたら復讐したかったのかもしれない、自分が家に雁字搦めにされる元凶の弟が、縋っていた兄から嫌われていたと知り絶望し、周囲を拒絶している様を見て影で嘲笑う。最高の復讐でありストレス発散方法だ。しかし、兄の真意を問いただす気力すら、もう残っていなかった。

それから颯真は本当の意味で一人になった。


段々と颯真は「今の櫻井颯真」になっていった。高校入学を期に見た目に気を遣うようになったら女子のみならず男子も構うようになる。兄という絶対的な存在がいない環境に身を置くと、自分は異性の注目を集める容姿をしていることに気づく。

しかし颯真は自分と関わり合いになろうとする人間を拒絶する。そうすれば段々と周囲から人は消えていく。が、女子からは「慣れ合わないところが良い」等と良く分からない理由で人気は上がる。告白も何もかも面倒で全て断っていたが、中にはしつこい奴もいた。

何度も好きだと言われ、満更でもなかったが付き合うなんて心底面倒だった。そんなことを言ってもどうせ兄のように自分を裏切るに違いない、と。だから提案した「ヤるだけなら良い、自分は絶対好きにはならないがそれでもいいか」と。何人かは離れていくが、もの好きは残る。

結果として「している」時だけは、誰かに必要とされている気がして、一時的に心が満たされることに気づく。我ながら最低だと自覚していたが、それからは「後腐れのない」相手を探すようになりそれは10年近く続いた。

大学に入ってすぐ、小説の賞を取りデビューすることになり見た目が怖そうな男の担当が付いた。だが、見た目に反し穏やかでそれでいて小説については厳しかった。ハリネズミのように周囲を拒絶していた颯真の内面に、無理矢理踏み込まずそれでいて颯真の作品を称賛する。颯真が「清水学」である限り居心地の良い相手ではあった。授賞式で声をかけて来た新條孝人も、適当にあしらったのに何故か構ってきていい迷惑だったが、周囲の誰も助けてはくれない。兄に似ていて嫌いだったのに、いつのまにか部屋にまで入り浸るようになる。本当に面倒な男だった。

初代担当が颯真のデビュー作の完結を見届けて他社に転職すると聞いたとき、自分が担当に殊の外気を許していたことに気づいた。だからこそ、「ああ、やっぱり自分は見捨てられるんだ」と拗らせていた颯真は、今まで以上に人を信用しなくなる。

それ以降の担当には「自分から離れていかないか」と試すような行動を繰り返すようになる。当然の結果だが短期間で降りる担当もいたし、割り切って仕事をする担当もいた。何故こんな幼稚な行為が見逃されていたのかといえば「清水学」が会社に利益をもたらす卵だったから。才能が枯渇したら、売れなくなったら即切られてもおかしく無い。そんな危うい真似を颯真は辞められなかった。

両親からは全く連絡はなかった。金を払えば親の務めを果たしたと思っている人達だったので学費と生活費は出してくれていたが、高校は公立に進んだし大学も返済不要の奨学金を貰って進学した。人嫌いだったがバイトもした、まあ長続きはしなかったが。そんな両親も大学卒業する年になると就職先についてしつこく連絡を取るようになった。「お前に期待はしていないが、家を継ぐ颯の足手纏いにならないように、せめて恥ずかしくないところに就職しろ」とプレッシャーをかける。

デビューして数年で人気作家と言われるだけの地位を得ていたし、細々とやっていた投資でそこそこ貯えはあった。だから最初から就活はしなかったし、そのことを父親に電話で伝えた。そうしたら

「そうか、ならお前はたった今から私の息子ではない。二度と連絡を取ることはないだろう、全く最後まで手を煩わせて」

淡々とした声で告げると、電話は切れた。父親は勘当する時ですら声を荒げることはなかったことに虚しさを感じる自分に驚いた。思い返しても父親に怒られたことはあれど、怒鳴られたことはなかった気がする。要するに父親にとって颯真は「怒鳴るだけの労力を使うに値しない」存在だったのだろう。

その日、颯真からは家族もいなくなり本当に一人になった。


暫く経ち初代担当並みに長続きした長井が産休に入り、静香に出会うことになる。

これが櫻井颯真の面白くもない今までの人生だ。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

溺愛ダーリンと逆シークレットベビー

葉月とに
恋愛
同棲している婚約者のモラハラに悩む優月は、ある日、通院している病院で大学時代の同級生の頼久と再会する。 立派な社会人となっていた彼に見惚れる優月だったが、彼は一児の父になっていた。しかも優月との子どもを一人で育てるシングルファザー。 優月はモラハラから抜け出すことができるのか、そして子どもっていったいどういうことなのか!?

イケメン社長と私が結婚!?初めての『気持ちイイ』を体に教え込まれる!?

すずなり。
恋愛
ある日、彼氏が自分の住んでるアパートを引き払い、勝手に『同棲』を求めてきた。 「お前が働いてるんだから俺は家にいる。」 家事をするわけでもなく、食費をくれるわけでもなく・・・デートもしない。 「私は母親じゃない・・・!」 そう言って家を飛び出した。 夜遅く、何も持たず、靴も履かず・・・一人で泣きながら歩いてるとこを保護してくれた一人の人。 「何があった?送ってく。」 それはいつも仕事場のカフェに来てくれる常連さんだった。 「俺と・・・結婚してほしい。」 「!?」 突然の結婚の申し込み。彼のことは何も知らなかったけど・・・惹かれるのに時間はかからない。 かっこよくて・・優しくて・・・紳士な彼は私を心から愛してくれる。 そんな彼に、私は想いを返したい。 「俺に・・・全てを見せて。」 苦手意識の強かった『営み』。 彼の手によって私の感じ方が変わっていく・・・。 「いあぁぁぁっ・・!!」 「感じやすいんだな・・・。」 ※お話は全て想像の世界のものです。現実世界とはなんら関係ありません。 ※お話の中に出てくる病気、治療法などは想像のものとしてご覧ください。 ※誤字脱字、表現不足は重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけると嬉しいです。 ※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。 それではお楽しみください。すずなり。

俺を信じろ〜財閥俺様御曹司とのニューヨークでの熱い夜

ラヴ KAZU
恋愛
二年間付き合った恋人に振られた亜紀は傷心旅行でニューヨークへ旅立つ。 そこで東條ホールディングス社長東條理樹にはじめてを捧げてしまう。結婚を約束するも日本に戻ると連絡を貰えず、会社へ乗り込むも、 理樹は亜紀の父親の会社を倒産に追い込んだ東條財閥東條理三郎の息子だった。 しかも理樹には婚約者がいたのである。 全てを捧げた相手の真実を知り翻弄される亜紀。 二人は結婚出来るのであろうか。

【R18】幼馴染がイケメン過ぎる

ケセラセラ
恋愛
双子の兄弟、陽介と宗介は一卵性の双子でイケメンのお隣さん一つ上。真斗もお隣さんの同級生でイケメン。 幼稚園の頃からずっと仲良しで4人で遊んでいたけど、大学生にもなり他にもお友達や彼氏が欲しいと思うようになった主人公の吉本 華。 幼馴染の関係は壊したくないのに、3人はそうは思ってないようで。 関係が変わる時、歯車が大きく動き出す。

甘すぎるドクターへ。どうか手加減して下さい。

海咲雪
恋愛
その日、新幹線の隣の席に疲れて寝ている男性がいた。 ただそれだけのはずだったのに……その日、私の世界に甘さが加わった。 「案外、本当に君以外いないかも」 「いいの? こんな可愛いことされたら、本当にもう逃してあげられないけど」 「もう奏葉の許可なしに近づいたりしない。だから……近づく前に奏葉に聞くから、ちゃんと許可を出してね」 そのドクターの甘さは手加減を知らない。 【登場人物】 末永 奏葉[すえなが かなは]・・・25歳。普通の会社員。気を遣い過ぎてしまう性格。   恩田 時哉[おんだ ときや]・・・27歳。医者。奏葉をからかう時もあるのに、甘すぎる? 田代 有我[たしろ ゆうが]・・・25歳。奏葉の同期。テキトーな性格だが、奏葉の変化には鋭い? 【作者に医療知識はありません。恋愛小説として楽しんで頂ければ幸いです!】

極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~

恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」 そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。 私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。 葵は私のことを本当はどう思ってるの? 私は葵のことをどう思ってるの? 意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。 こうなったら確かめなくちゃ! 葵の気持ちも、自分の気持ちも! だけど甘い誘惑が多すぎて―― ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。

社長から逃げろっ

鳴宮鶉子
恋愛
社長から逃げろっ

【R18】純粋無垢なプリンセスは、婚礼した冷徹と噂される美麗国王に三日三晩の初夜で蕩かされるほど溺愛される

奏音 美都
恋愛
数々の困難を乗り越えて、ようやく誓約の儀を交わしたグレートブルタン国のプリンセスであるルチアとシュタート王国、国王のクロード。 けれど、それぞれの執務に追われ、誓約の儀から二ヶ月経っても夫婦の時間を過ごせずにいた。 そんなある日、ルチアの元にクロードから別邸への招待状が届けられる。そこで三日三晩の甘い蕩かされるような初夜を過ごしながら、クロードの過去を知ることになる。 2人の出会いを描いた作品はこちら 「純粋無垢なプリンセスを野盗から助け出したのは、冷徹と噂される美麗国王でした」https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/443443630 2人の誓約の儀を描いた作品はこちら 「純粋無垢なプリンセスは、冷徹と噂される美麗国王と誓約の儀を結ぶ」 https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/183445041

処理中です...