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第二部
14話…S
しおりを挟むしかし、長年に渡る両親の無関心や罵倒、周囲からの嘲笑によってもたらされ、蓄積されていた傷は癒えることなく、ずっと残っていたのだ。元々脆かった颯真が決定的に壊れたのは中学3年の夏。その日は友人と遊ぶ予定だったが急遽都合が悪くなり、家政婦さんに伝えていた時間より早く帰宅した。玄関に入るとリビングから話し声が聞こえる。気になり近づき、透明なドアから覗くと兄と同じ高等部の制服を着た男子数人がソファーに座っていた。兄の友人だろうか、兄が人を呼ぶのは珍しかったので余程仲が良いのだろう。おしゃべりに夢中になって颯真が帰宅したことに気づかないくらいに。
邪魔しては悪いと自室に戻ろうとした時
「そういやお前、弟と仲いいよな」
友人の1人が颯真の事を話題に出したので颯真はドアの前から離れられなくなった。
「この間もお前にくっついてる奴が弟の事悪く言ったとき怒ってたじゃん」
「あれはあいつらが悪いでしょ、颯持ち上げるために弟罵倒するとかアレだし」
「あれ見て俺お前結構ブラコンなんじゃね、と思ったけど実際弟と仲いいの?いや弟の方はお前に劣等感抱きそうなものだけど」
「弟も割と懐いてるよな、不思議」
盗み聞きなんてマナー違反だと分かっていたけど、動けなかった。兄が自分の事を何といってくれるのか聞きたかった。大事な弟だと言っていたし可愛い弟くらいは言ってくれるかと期待していた。
ジュースを一口飲んだ兄が口を開いた。
「…あいつは俺に懐いてるんじゃねーの、俺は弟だなんて思ったことないけど、あんな出来損ない」
…今のは兄の声なのか。聞いた颯真はすぐには受け入れられなかった。兄の声は聞いたことがないくらい底冷えする冷たさを孕んでいたから。
(…え、何、兄ちゃん…)
豹変した兄を前にして友人二人も困惑し始める。一人が恐る恐る訊ねた。
「え、何お前あんだけ構ってるくせに弟嫌いなの?」
兄はふん、と鼻で笑う。
「逆に好きになれる要素ねーよアイツ、暗いしどんくさいし一緒にいるだけでこっちの気分も暗くなるわ。そもそもあいつが落ちこぼれじゃなければ俺がこんなに親から期待されることもないんだから、嫌いに決まってるだろ。というかあんな馬鹿と血が繋がっていることが恥」
そう吐き捨てた兄は醜悪に歪んでいた。誰だこれは、颯真の知っている兄はこんなこと言うはずがない。頭が受け入れることを拒否し続ける。
「いや、昔弟が荒れてた時助けてたじゃん、そんなに嫌いなら放って置けば良かっただろう」
友人の指摘に颯真も頷いた。そうだ、嫌いなら放って置けば良かったのだ、あの事がなければ颯真は兄を今のように信用することもなかったのに。兄は「ああ、あれな」と切り出す。
「あの時アイツが色々やらかしてて、俺のとこにも話来てたんだよ。どうでも良かったから親と同じで放置してたけど…」
またジュースを口に含んだ。
「ここで俺がアイツの事構えば、手のかかる弟を見捨てない優しい兄だって俺の株上がるなって。だから助けたんだよ、目的がなければ関わるわけないだろ。しっかし大事な弟って言っただけでコロッと信じるんだから本当馬鹿だわアイツ」
頭を鈍器で殴られた気分だった。兄はゲラゲラと笑っている。これは演技だろう、そうに決まっていると思いたい自分と、自分が見ていた兄が嘘だったんだと諭す自分がせめぎ合う。あの時は本当に自分の事を心配してくれたと思っていたのに、全て打算があってもことだった。目的がなければ構う価値すら自分にはないのだという残酷な現実を突き付けられる。
「そしたら親も親戚も颯真に優しくして偉いとか何とか滅茶苦茶持ち上げるから俺も気分良くなって。人が見てないところでもアイツに優しくして懐かれる度に周囲からの評価も上がるから、優しくしてただけだ」
友人2人はドン引いている。
「お前、性格死ぬほど悪いな、弟可哀想に思えて来た」
「こんなクソみたいな家で育って聖人になれるわけないだろ。毎日毎日勉強勉強、何をするにも干渉されて。息が詰まるんだよ、アイツを見下して馬鹿にしなきゃやってやれない」
「その癖表では優しくするって徹底的に歪んでるな、弟がこれ知ったらヤバいだろ」
兄は心底興味がなさそうな顔でこう言い放った。
「それで駄目になるんならそれまでだろ、どうでもいいし。本当にそうなったらあの父親のことだけから嬉々として見捨てるだろうな、まあそうなってくれた方が良いわ、アイツの顔見なくて済むし」
「お前多重人格だろ、というかどうしたマジで。今まで俺達にもこんなこと言ったことないよな。嫌な事でもあったんか」
呆れつつも気遣う友人に兄は一層不機嫌な顔になる。
「…進路の事で親と揉めた」
「進路?お前医学部志望だろ、理系だし」
「…母方の親戚に弁護士の人がいるんだけどその人と話すうちに弁護士いいなって。俺の学力なら今から文理変更しても余裕だって言われた」
「ほー、まあ高三で転向するやつもいるしお前なら楽勝だろうけど、親は。あの厳しそうな親父さんが許すとは思えないけど」
「昔っから颯のこと跡取りって言ってたじゃん」
その通りだ。あの父親が兄に医者以外の道を許すわけがない。それこそ颯真がそれなりに出来が良ければスペアとして兄の自由も認められたのだろうが。兄は顔を歪め不愉快そうに吐き捨てる。
「言ったら父親は猛反対、母親が金切り声で叫ぶしでもう地獄だぜ。母親は俺が医学部に行かないと親戚から躾がどうのこうのって責められるのが怖いだけだし、父親は今まで俺にいくら投資したと思ってるんだって。あの親は俺の事を自分たちの評価を上げる道具としか思ってねぇんだよ」
「うわ、それはエグイ。んでどうすんだお前、反対押し切るか?」
すると兄は首を横に振る。
「そんなことしたら親より祖父母の方が騒ぐのが目に見えてるし、あっちの機嫌を損ねる方が後々面倒、普通に親の敷いたレールの上進む方が安泰だしな」
「悟りすぎだな」
「そうならざるを得なかったんだよ、全く。アイツが出来損ないじゃなければ俺ももっと自由で居られたのに」
兄は自らの置かれた環境に対し、諦念を抱いているように見えた。それがひしひしと伝わってくる。
「…まあきつかったら吐き出せよ、話くらい聞いてやるから。けど弟にはバレないようにしろよ」
頻りに颯真の事を心配してくれる兄の友人の事を普段なら優しい人だと、感謝の気持ちを抱いたかもしれないが、そんな余裕はない。兄は不遜に笑う。
「そんなヘマするわけないだろ、お前らが帰ったら『優しい兄』の仮面被るよ」
「こっわ(笑)」
心配している様子だった友人も兄の返答に腹を抱えて笑っているので、本当に心配していたわけではなかったのだろう、が、それもどうでも良かった。
(…兄ちゃんも俺の事嫌いだったんだ…周りみたいに)
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