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第二部
13話…S
しおりを挟む「何で颯のように出来ないの」
「もっと努力しなさい、颯はこれくらいすぐに解いていたぞ」
「お兄さんの方は凄く優秀なのに、弟さんの方は…ねぇ」
「颯真くんも優秀なんだろうけど、颯くんと比べると…」
これらは櫻井颯真が物心ついた頃から、いやつく前から言われ続けていた言葉だ。
颯真は所謂エリート一家の次男として生まれた。父方の実家の櫻井家は代々病院を経営しており、父親は当時副院長の座についていた。母親は官僚で親戚には政治家や弁護士、検察官やらがゴロゴロいる引けを取らないエリート一族だった。同然ながら子供にも異常とも言える厳しい教育を施し、家の恥とならない人間になるよう徹底した。颯真自身も押しつぶされそうなプレッシャーの中死に物狂いで勉強し、父親の家系の人間が必ず行く名門小学校にギリギリの成績だが合格した。
しかし、両親からも祖父母からも褒められることはなかった。
「こんなギリギリの成績で合格するなんて恥ずかしい」
「颯はトップの成績で合格したのに、どうしてお前には出来ないのか」
寧ろ恥だと言わんばかりに叱責され、期待外れだとため息を吐かれた。理由は明白だった。
颯真には颯という2歳年上の兄が居る。颯は幼い頃から優秀、いや天才と称される程の才能を発揮していた。勉強は勿論、運動も出来コミュニケーション能力も高い。母親譲りの色素の薄い髪に大人びている整った顔立ちに物怖じしない性格のおかげで常に人の中心にいるような兄だった。漆黒の髪に人見知りで暗い雰囲気を醸し出していた颯真はいつもそれを遠くから眺めているだけだった。
幼少期に受けたテストで高い知能レベルを示した通り兄は超難関小学校の入試を満点で突破した。長い歴史の中でも初めての快挙だと騒がれたものだ。兄は紛れもない天才だった。
そんな兄がいる颯真がどうなるかというと…事あるごとに兄と比べられた。何事も満点に近い結果を残す兄に対し颯真は要領が悪く、勉強もそれほど得意じゃなかった。年を重ねるごとに両親の颯真に掛ける期待は消え去り、その分兄は両親の期待を一心に背負っていた。病院の跡取りとして、異常なほど管理された生活を送っていた兄を颯真は大変そうだと同情すると共に、期待されていることに嫉妬していた。普段から忙しく家に寄りつかない両親は、偶に家に帰っても颯真の事には目もくれず、兄の事だけ気に掛けるようになる。授業参観も兄のクラスには顔を出すのに颯真のクラスには来たことがなかったし、運動会も兄が出る種目だけ確認し颯真の出る種目は確認せず、兄の出る競技だけ見届けて帰っていた。
親戚の集まりに嫌々顔を出しても祖父母を始めとする血の繋がっただけの他人が気にするのは兄だけ、颯真は空気のように扱われる。おまけに年の近い親戚の子供にも颯の出がらしだ、落ちこぼれだと馬鹿にされる始末。中には可哀想な子を見る目を向けてくる大人もいた。
学校でも少ないながら友人はいたが、兄が目立っていたせいで興味本位で颯真に話しかけ
「あの颯の弟がこんななのか」と勝手に期待して勝手に失望して帰られることは少なくない。
そんな中でも颯真は必死で努力した。兄と同じく厳しい家庭教師を付けられてもストレスからいい結果を残すことが出来ず、教師にすら失望されつつあったがある時、所属していたコース全体でトップの成績を取った。これで両親も褒めてくれるはずだと淡い期待を抱いて後日家に帰っていた両親に報告したのだ。しかし、報告しに行った颯真に向けられたのは父親の冷たい眼差し。
「一位だった?当然だろう、お前は颯と違って普通科コースなのだから。これくらいで馬鹿みたいにはしゃいで…くだらないことで呼び止めるな」
予想外の叱責に褒められると思っていた颯真は泣くことを通り越して、顔面蒼白になり呆然とした。父親が出て行った後、その様子を後ろから見ていた母親は褒めてくれるはずだと颯真は駆け寄った。
「…お父さんの機嫌を損ねる真似をしないで頂戴」
そう心底迷惑そうな顔で吐き捨てると母親も立ち去って行った。当然、よく頑張った等という言葉は掛けられることはない。その後リビングにやって来た家政婦さんが颯真の憔悴しきった様子に驚き、何があったのか聞いてくれ両親の代わりに褒めてくれる。嬉しかったが颯真の胸の中にはポッカリ穴が空いたままだった。家政婦さんは両親から放置されてる颯真に同情的だったが、所詮他人だ。本当の意味で颯真を慰めてはくれない。
颯真はこの時、両親がどうやっても自分の事を褒めてくれないし見てもくれないのだと悟った。兄より出来が悪くても一言、「よく頑張った」と言ってくれるだけでも良かったのにそれすらも両親は与えてはくれない。その程度の事でも煩わしい、両親にとって子供は「優秀な颯」だけで落ちこぼれの颯真は要らないのだ。
今まで努力すればいつか、と淡い期待を抱いていたのに手に入らないと分かればもういい、とその瞬間張りつめていた糸が切れた。颯真は諦めた、両親から見てもらえることを。
この時点で疲弊し摩耗していた颯真の心は限界に近かった。そして、もう両親への期待を捨て去った颯真は別人のように荒れ始めた。家庭教師に口答えし、わざとサボる。学校で突っかかる同級生に噛み付くことも、親戚の馬鹿にしてくる子供に殴りかかることもあった。当然両親に苦情が入るが、やはり放置していた。面倒だったのかもしれないし、荒れて手のかかる弟が居れば「息子」の颯に対する周囲の評価が相対的に上がるとでも思ったのか、実際のところは分からない。落ちこぼれでも兄の犠牲にくらいはなれると思っていたとすれば、両親は親以前に人として最低だ。が、分かっていた、本当に最低なのは自分なのだと。
徐々に歪み始めた颯真は小学校の高学年になる頃には人を信用することが出来なくなっていた。仲良くしてくれる友人も影では兄と比べ嘲笑っているのではないか。その疑念が爆発し、友人を反射的に突き飛ばしてしまったことがある、どうせ自分の事を馬鹿にしているんだろうと泣き叫んだ。親からは見向きもされず周囲からは憐れみの目を向けられる。もう嫌だった、いっそ死んでやろうかと思った。けどあの親は颯真が死んでも悲しむことすらしない、お荷物が死んで清々するだろう。両親を喜ばせることは絶対嫌だったから死ぬのは辞めたけど、どうなっても良かった。
そこに駆け付けたのは兄だった。管理されたスケジュールをこなし常に人に囲まれている兄とは普段顔を合わせることも稀だった。両親や周りと違い颯真を馬鹿にすることはせず、優しかったが、既に兄の事も信じられる状態ではない。かねてから自分か欲しくても手に入らない両親からの愛情も、周囲からの羨望を涼しい顔で手に入れていった兄に劣等感を抱いていたし、その時も兄の手を乱暴に振り払った。が、兄は暴れる颯真を抱きしめ、謝った。
颯真が傷ついているのに気づいていたのに何もしなくて悪かった、もう自分の事も誰の事も信じられないかもしれないけど、友達にあんなこと言ってはいけない、と。
颯真は知らなかったが、友人は颯真を影で馬鹿にする同級生に文句を言っていたらしく兄はそれを目撃していた。それを知った颯真はその場に泣き崩れた。兄はそこまでしてくれる子が颯真を馬鹿にするわけがないだろうと颯真を諭した。
泣きじゃくる颯真は友達にしきりに謝り、許してもらうことが出来た。そして兄にも謝った、今回の事も普段から落ちこぼれの弟がいて、迷惑をかけているだろうと。
すると兄は慌てて首を横に振った。
「迷惑だって思ったことない。颯真は俺の大事な弟だ」
ハッキリと颯真の目を見て言ってくれた。自己肯定感が地を這っていた颯真は兄の言葉で心の平穏を少し取り戻した。両親も周りも自分の事を見てはくれないけど、兄と友人は自分のことを見てくれるのだという事実だけで摩耗しきっていたボロボロの心が保たれる感覚がしていた。
それから颯真は問題行動を辞めた、この時の兄の行動を見ていた同級生が噂を広めたおかげで「落ちこぼれで手のかかる弟を気遣う優しい兄」として株を上げることになったが、以前は嫌だった兄の引き立て役も不思議と平気になる。寧ろ自分を見てくれる兄の評価を上げるためなら喜んで踏み台になっていいとすら、当時の颯真は思っていた。
そのままの気持ちでいれたら幸せだったのだろうか。
兄はこれ以降今までより颯真に構うようになった。「颯真に構う暇があれば勉強をしろ」と渋い顔をする両親を毎回特進コーストップの成績を取って黙らせていたし、自分の取り巻きが自分を立てるために颯真を貶めると声を荒げて怒ってくれた。櫻井家ではゲームや漫画などの娯楽は禁止されていたが、唯一小説だけは読むことを許されていたので兄と2人で書斎にこもり、推理小説の犯人当てを楽しんだものだ。後にミステリーを書いたのもこの時の思い出がきっかけかもしれない。
颯真は少しずつ少しずつ周囲に疑念の目を向けることをしなくなった。兄が居て、友人が居れば両親が無関心でも周囲が自分を蔑んでも気にならなくなった。今思えば兄に依存していたのだろう、しかし当時の颯真はそうしなければ心が保てなかったのだ。
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