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第二部
11話
しおりを挟む部屋に入りドアが閉じた瞬間、手が離される。名残惜しいと感じていると
「リビングで待ってて、お茶煎れてくるから」
玄関横に置いてある客用のスリッパを静香の前に置くと、真っ直ぐリビングへと向かい静香も後に続く。
何度も出入りしたリビングに足を踏み入れると、ソファーへ向かい腰を下ろす。後ろを振り返りキッチンでお湯を沸かし紅茶を入れる櫻井の姿を眺めていた。
10分程経ち紅茶の入ったカップを静香の前に置くと、その隣に腰を下ろした。少し冷えた体に温かい紅茶が染みる。何口か飲んでフッと一息吐くと、静香は飲み会であったことをポツリポツンと話し始めた。
櫻井は途中口を挟むことなくただ黙って話を聞いてくれた。同期に告白されたと言うと眉間に皺を寄せていたけど。そして断った後相手が食い下がり、酔った勢いもあるのだろうが抱きつかれたと言った時は全身から冷気を漂わせ始めた。あ、と静香が不穏な気配を察すると
「…その同期どこ所属?ちょっとクレーム入れてくる、理由は…まあ適当にでっち上げるよ。詳しく言うと静香がされたことも言わないといけないからやれるとしたらこれくらい…」
冷たさを孕んだ声でとんでもないことを言いだす櫻井を慌てて止める静香。
「落ち着いてください、そんな大したことじゃないので」
「静香がされて嫌だったのなら、十分『大したこと』だよ。それに振った相手から抱きつかれたら俺でもギョっとするし女子なら尚更怖くて、不快になるでしょ」
静香は心が軽くなった。友人に抱きつかれて嫌だと感じた自分が冷たい人間ではないと肯定された気がした。それはそれとして今話した内容に引っかかるものを感じた静香は、冷静な声で問う。
「…された経験が?」
「…何度か。でも誰かと付き合ったことはないよ…まあそういう相手はいたけど、あ、勿論全員連絡絶ってるから」
ジト目で見られた櫻井が気まずそうに目を逸らし、慌てて弁明するのを微笑ましいものを見る目を向けた。心配しなくとも、櫻井が静香と付き合いながらセフレ関係を継続させているとは端から疑っていない。人嫌いで人を寄せ付けないオーラを出しているとはいえ、櫻井は整った顔立ちをしている。そういう経験があってもおかしくない。そして予想していた通り恋人がいたことはないことがハッキリした。仮にいたとしても過去の事なので気にしないし、セフレについても静香と付き合う前に関係を切っているのなら言及するつもりはなかった。
それよりも櫻井が静香と同じ「恋愛初心者」だということが判明したことが少し嬉しかった。意味深に笑うと「え…」と櫻井は口をポカンと開ける。「何でもないです」と言うと釈然としない様子だったが、納得してくれたようだ。
「何もなくて安心したよ」
「そんなに心配しなくても大丈夫ですよ」
「世の中には酒の勢いでとんでもないことやらかす人間が大勢いるから」
遠い目をして呟いた。されたことがあるのか、自分がしたのか。下手に藪をつついて蛇を出したくなかったので触れることはしなかった。それはそれとして酒の力と言うのは恐ろしいのは知っている。酒の勢いの過ちは古今東西後を絶たない。そう考えると日下部の行動は可愛いものだ…された本人からしたら溜まってものではないが。
「仮に何かされたら力任せに振りほどいてますよ、正直抱きつかれた時点で鳥肌が立ったので。颯真さんだとそんなことないのに、何でですかね」
自分としてはさりげなく口にしたつもりだったが、何故か櫻井の耳が赤くなっている。怪訝そうに耳を凝視していると、自分の耳から意識を逸らそうと櫻井が咳払いをし切り出した。
「…それは割と普通の反応だと思う。友人であろうと何とも思ってない相手から抱きつかれたら引く。相手が男なら恐怖心を抱いてもおかしくない」
そう言われて、自分の反応がおかしいかったわけでも殊更冷たいわけでもなかったのだとストン、と胸に落ちた。もしかしたらこんな静香を冷たいだとか酷いと思う人もいるかもしれない。しかし、不特定多数にどう思われようとどうでもいい。大事な人達だけが自分の事を理解してくれればそれで十分だ。あの直後は割と悩んでいたのが嘘のように晴れやかな気持ちになっている。切り替えが早いと言えばいいのか、恋人が肯定したくらいでチョロいと言えばいいのか。そんな静香に櫻井は眉を顰めつつ、こう訊ねた。
「…あまり静香の友人を悪く言いたくないけどその同期、酔った勢いなら何をしても許されるとでも思ってた可能性もあるんじゃない」
「…それは、ない、と思いますけどね」
即座に否定せず歯切れの悪い返事しかしない静香に櫻井も小さく笑う。静香が見ていた日下部が全てではないと知った今、その可能性も捨て切れない。櫻井には黙っていたが、固まっていた静香の下腹部に手を這わせた点から見ても、櫻井の指摘はあながち外れていないかもしれない。今思い出すことではないが、素面であんなことをした櫻井は逆に凄いのではという気がしてきた。酔って覚えていない、が使えないのだから。
もしかしたら「酔っていて覚えていない」と酒のせいにして全てなかったことにするかもしれない。けど、日下部はそうしないだろう、一応数年の付き合いで彼の性格は知っているから。その上でこれから日下部がどう出るかは未知数だけど。
「けど、その同期大丈夫?振られた後と彼氏がいるって言った後の反応から見て、諦め悪そうな気が」
心配そうに訊ねる櫻井に静香は敢えて明るい声で答える。
「一応友人以上の目で見たことはないしこれからもない、とハッキリ伝えました。もしこれからも何かしてくるようなら改めて友人と颯真さんに相談します」
櫻井はホッとしたように頬を緩ませると、声を上げて笑う。
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