43 / 83
第二部
9話
しおりを挟む「あー静香おかえ…どうした?」
戻って来た静香が沈んだ表情をしているのを心配した朱音が声をかけてくる。笑える気分ではなかったが、無理矢理愛想笑いを浮かべる。
「ごめん、ちょっと気分悪くなったから帰るね、日下部くんはまだ外で涼むって言ってたよ
…これお金、少なかったらメールで言って、本当ごめんね」
言いたいことを早口で告げた静香は財布から何枚かの札を出し朱音に渡した。明らかに様子のおかしい静香に朱音は何か言いたげだったが金を受け取ると「分かった、駅まで行ける?送ろうか」と労わる言葉をかけてくれただけで、踏み込んでこなかった。こういうところが心地よくて普段も朱音とつるんでいるのだ。
申し出はありがたかったが、1人になりたかったので丁重に断った。他の同期もしきりに心配してくれたが、適当に受け流して店内を後にした。
それから暫くして意気消沈した日下部が戻って来たことで、先に帰った静香との間に何があったのか大体察したが、誰も触れることはしなかった。
1人になりたかったが金曜の夜の居酒屋が立ち並ぶ通りは勿論、どこもかしこも人で溢れていた。が、その喧騒が逆に良かったのかもしれない。本当に人通りのない道を歩いていたら、否応にも日下部のことを思い出し悩んでしまうだろうから。静香は客寄せの声や周囲の話し声、騒ぐ声を聞き流しつつ駅への道を急ぐ。
駅に近づくにつれ周囲の喧騒は更に激しくなるが、時間が経ち徐々に落ち着いてくると、さっきのことを思い出してしまった。余り物事を引き摺らない静香だが、今回の事は珍しく悩んでいた。日下部の気持ちに全く気付けなかったこと、友人を傷つける結果になったこと、更に傷つける結果になることが分かり切っていたのに、敢えて日下部の静香への未練を完膚なきまでに切り捨てたこと、これらについても悩まないわけではないが、一番は。酔った日下部に抱きつかれた時に嫌悪感を抱いたことに対してだ。見ず知らずの人間なら仕方ない、しかし相手はそこそこ話す同期。なのに全身が粟立って仕方がなかったのだ。
自分は人に触れられることが苦手だったわけではない。同性の友人とスキンシップを取ることもあったし、家族ともそこそこあった。…何なら異性である櫻井とは「触れる」以上の事をしているというのに一切嫌悪感を抱かなかった。だというのに…。
日下部だってフラれた相手にどうこうしようという気はなかっただろう。それなのに少しばかり触れられたからといって今すぐ、相手を傷つけてでも振りほどきたい衝動に駆られた。それで自分が潔癖で酷く冷たい人間なのだと気づいてしまった。自覚はしていたが、改めて気づかされると複雑な気持ちになってしまう。
いつの間にか駅に着いていた。掲示板を確認し、自宅最寄り駅へ向かう電車の発車時刻とホームを確認し、改札を潜る。何だかいつもより身体が重い、こんな日は真っ直ぐ家に帰りさっさと寝るに限る。…頭ではそう理解しているのに何故か静香の足はいつも乗る電車が来るホームではなく、別のホームへと向かっていた。
気が付くと…櫻井の自宅のある最寄り駅へ向かう電車に乗っていた。連絡もなしに向かうのは始めてだった。こんな時間にいきなり家に行くなんて非常識だと重々承知していた。それでも、今無性に櫻井の顔が見たくなった。
0
お気に入りに追加
78
あなたにおすすめの小説

溺愛ダーリンと逆シークレットベビー
葉月とに
恋愛
同棲している婚約者のモラハラに悩む優月は、ある日、通院している病院で大学時代の同級生の頼久と再会する。
立派な社会人となっていた彼に見惚れる優月だったが、彼は一児の父になっていた。しかも優月との子どもを一人で育てるシングルファザー。
優月はモラハラから抜け出すことができるのか、そして子どもっていったいどういうことなのか!?
イケメン社長と私が結婚!?初めての『気持ちイイ』を体に教え込まれる!?
すずなり。
恋愛
ある日、彼氏が自分の住んでるアパートを引き払い、勝手に『同棲』を求めてきた。
「お前が働いてるんだから俺は家にいる。」
家事をするわけでもなく、食費をくれるわけでもなく・・・デートもしない。
「私は母親じゃない・・・!」
そう言って家を飛び出した。
夜遅く、何も持たず、靴も履かず・・・一人で泣きながら歩いてるとこを保護してくれた一人の人。
「何があった?送ってく。」
それはいつも仕事場のカフェに来てくれる常連さんだった。
「俺と・・・結婚してほしい。」
「!?」
突然の結婚の申し込み。彼のことは何も知らなかったけど・・・惹かれるのに時間はかからない。
かっこよくて・・優しくて・・・紳士な彼は私を心から愛してくれる。
そんな彼に、私は想いを返したい。
「俺に・・・全てを見せて。」
苦手意識の強かった『営み』。
彼の手によって私の感じ方が変わっていく・・・。
「いあぁぁぁっ・・!!」
「感じやすいんだな・・・。」
※お話は全て想像の世界のものです。現実世界とはなんら関係ありません。
※お話の中に出てくる病気、治療法などは想像のものとしてご覧ください。
※誤字脱字、表現不足は重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけると嬉しいです。
※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。
それではお楽しみください。すずなり。

俺を信じろ〜財閥俺様御曹司とのニューヨークでの熱い夜
ラヴ KAZU
恋愛
二年間付き合った恋人に振られた亜紀は傷心旅行でニューヨークへ旅立つ。
そこで東條ホールディングス社長東條理樹にはじめてを捧げてしまう。結婚を約束するも日本に戻ると連絡を貰えず、会社へ乗り込むも、
理樹は亜紀の父親の会社を倒産に追い込んだ東條財閥東條理三郎の息子だった。
しかも理樹には婚約者がいたのである。
全てを捧げた相手の真実を知り翻弄される亜紀。
二人は結婚出来るのであろうか。

【R18】幼馴染がイケメン過ぎる
ケセラセラ
恋愛
双子の兄弟、陽介と宗介は一卵性の双子でイケメンのお隣さん一つ上。真斗もお隣さんの同級生でイケメン。
幼稚園の頃からずっと仲良しで4人で遊んでいたけど、大学生にもなり他にもお友達や彼氏が欲しいと思うようになった主人公の吉本 華。
幼馴染の関係は壊したくないのに、3人はそうは思ってないようで。
関係が変わる時、歯車が大きく動き出す。

甘すぎるドクターへ。どうか手加減して下さい。
海咲雪
恋愛
その日、新幹線の隣の席に疲れて寝ている男性がいた。
ただそれだけのはずだったのに……その日、私の世界に甘さが加わった。
「案外、本当に君以外いないかも」
「いいの? こんな可愛いことされたら、本当にもう逃してあげられないけど」
「もう奏葉の許可なしに近づいたりしない。だから……近づく前に奏葉に聞くから、ちゃんと許可を出してね」
そのドクターの甘さは手加減を知らない。
【登場人物】
末永 奏葉[すえなが かなは]・・・25歳。普通の会社員。気を遣い過ぎてしまう性格。
恩田 時哉[おんだ ときや]・・・27歳。医者。奏葉をからかう時もあるのに、甘すぎる?
田代 有我[たしろ ゆうが]・・・25歳。奏葉の同期。テキトーな性格だが、奏葉の変化には鋭い?
【作者に医療知識はありません。恋愛小説として楽しんで頂ければ幸いです!】
極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~
恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」
そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。
私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。
葵は私のことを本当はどう思ってるの?
私は葵のことをどう思ってるの?
意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。
こうなったら確かめなくちゃ!
葵の気持ちも、自分の気持ちも!
だけど甘い誘惑が多すぎて――
ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。


【R18】純粋無垢なプリンセスは、婚礼した冷徹と噂される美麗国王に三日三晩の初夜で蕩かされるほど溺愛される
奏音 美都
恋愛
数々の困難を乗り越えて、ようやく誓約の儀を交わしたグレートブルタン国のプリンセスであるルチアとシュタート王国、国王のクロード。
けれど、それぞれの執務に追われ、誓約の儀から二ヶ月経っても夫婦の時間を過ごせずにいた。
そんなある日、ルチアの元にクロードから別邸への招待状が届けられる。そこで三日三晩の甘い蕩かされるような初夜を過ごしながら、クロードの過去を知ることになる。
2人の出会いを描いた作品はこちら
「純粋無垢なプリンセスを野盗から助け出したのは、冷徹と噂される美麗国王でした」https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/443443630
2人の誓約の儀を描いた作品はこちら
「純粋無垢なプリンセスは、冷徹と噂される美麗国王と誓約の儀を結ぶ」
https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/183445041
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる