人間不信気味のイケメン作家の担当になりましたが、意外と上手くやれています(でも好かれるのは予想外)

水無月瑠璃

文字の大きさ
上 下
40 / 83
第二部

6話

しおりを挟む



(えーと、あ、居た居た)

店から出て、歩いて10数秒の距離に公園がある。この店の客で酔いを醒ましたい客はこの公園に行くことが多い。例に漏れず、公園のベンチに佇む日下部を発見した。夜風に当たり涼んでいるように見える。見た感じ具合が悪そうには見えず、一先ず安心した。

日下部も公園に入って来た静香の気配に気づいたらしく、こちらに顔を向ける。

「雨宮、どうしたんだよ」

「日下部くんが遅いから様子見に行けって頼まれたの」

日下部は余計な事を、とでも言いたげに口元を歪めた。

「ったくあいつら、わざわざ悪いかったな」

「良いよ別に、私も風に当たりたかったから」

そう言うと静香もベンチの端に腰掛けた。春になったばかりだが、夜風はまだ涼しい、火照った体を覚ますには持ってこいの気温だろう。静香はそれほど酔っていないけれど。日下部の顔を見るとほんのり紅潮しているので、やはり酔っていたようだ。しかし受け答えはしっかりしているので、見た目ほど酔いが回っていることはないのかもしれない。

思い返すと夜、こうして日下部と2人で公園のベンチに座ったことはなかった気がする。それなりに話す仲だがプライベートで遊んだことは勿論ないし、飲み会の席でもそこそこ喋って終わりだ。周囲からも仲が良いと思われているらしく、日下部のことが気になっているという後輩女子から仲を取り持って欲しいと頼まれることもしばしば。

「あ、そういえばこの間ファッション誌の人からも日下部くんとの仲取り持ってくれって頼まれたけど、断っておいたよ、それでいいんだよね」

すると日下部は申し訳なさげに苦笑いを浮かべた。

「ああ、ありがとう。悪いな雨宮にも他の奴にも迷惑かけて」

日下部はアプローチを受ける割に誰とも付き合わないと有名だ。正面から行っても勝算がないと分かり切っている女性陣は静香を含めた同期入社の女子に仲を取り持って欲しいと頼みに来る。仲のいい相手から紹介されれば、邪険にされづらいと思ったのだろう。

まあ静香は自分がそういうことに向いていないと分かっているのできっぱり断っている。ちなみに他の友人は断り切れずに仕方なく日下部に取り次いでいるけれど。毎回「私はそういうことに向いていないので無理です」と後輩だろうが先輩だろうがバッサリ切り捨てているので、一部の女性陣からは怖がられたりしている。基本波風を立てるのを良しとしない静香にとっては珍しい。その理由は友人の手を煩わせたくないというものではなく、単純に恋愛事に自分が向かないと分かり切っているからというどこまでも自分本位な理由である。

(…もしかして日下部くん好きな人いるのかな、頑なに誰とも付き合わないってことは)

今まで他人の色恋沙汰には全く関心を持てなかったというのに、自分に恋人が出来たからといってこの心変わり。意外と単純な人間である。

(けど、不躾に聞くのもね、それに単純に誰かと付き合うのが煩わしいって理由かもしれないし)

それほど気になったわけではないので、興味はすぐに無くなった。

「…お前らに迷惑かけるくらいならいっそ誰かと付き合ってみるのもアリか…」

が、話題を継続させたのは日下部だった。疲労感の滲む声で告げられたのは真面目な彼らしくない、不誠実とも取れる言葉。裏を返せばそれほど今の状況に疲れているとも取れる。

「ええ、辞めといた方が良いよ。そんな軽い気持ちで付き合ったら互いに傷つくし…付き合うのなら好きな相手じゃないと良くないんじゃ?」

あまり説教臭くなるのも嫌だったので、出来る限り言葉を選んだ。真面目な静香からすれば、そんな人除けの目的で適当に付き合う真似には眉を顰めるしかなかった。すると何故か日下部は一瞬傷ついた顔をしたが、直ぐに元の微笑に戻る。

「…いや、好きな奴一応いるんだよ」

(え)

静香は驚いた。浮いた噂1つ無し、可愛いと評判の後輩のアプローチも受け流す日下部にまさか好きな相手がいたなんて。

(誰?って前のめりで聞くのもなー、どうなんだろう)

女子ならともなく男子と恋バナをした経験がない静香がどうするべきか悩んだ。悩んだ末。

「…それは詳しく聞いても良い話ですか」

「っ…!何で敬語なんだよ…いいよ別に減る物でもないから」

恐る恐る訊ねた静香に日下部は堪えきれずに噴き出した。そしてやけに真剣な顔で話し始めた。

「…俺ここの最終面接の前日、緊張で碌に眠れなくて。当日死ぬほど具合悪くてさ。会場着いた後も青白い顔して何度もトイレに行ってた。…当然周りの奴は俺の事なんて気にしない、だってライバルだからな。別にそれはどうでも良かったんだけど…」

一度言葉を切った日下部は当時の事を鮮明に思い出しているのか、とても嬉しそうだった。

「…トイレから出た時同じく最終面接に来てた女子がお茶くれて。『顔色悪いですけど大丈夫ですか』って。俺素直に凄いって思った、ライバル気遣えるんだって。その子はその後すぐ面接に呼ばれて、お礼も言えなかった。けど、それで何か元気出て最終面接、リラックス出来た。結果受かったんだからその子のおかげかもな」

(…おお、何か漫画みたいな話)

そんなことが現実にあるのかという驚きで静香は目を見開く。また、その話を語る日下部の目が愛しさで溢れていたので、そのお茶をくれた女子に好意を抱き続けているのは明白。最終面接の日からずっとだということは…。

(2年近くか、結構一途なんだ)

意外と言っては失礼だが、話を聞けば納得した。誰とも付き合うことがなかったのもその女子の事を思い続けていたからだ、と。静香は今現在その女子とどうなっているのか気になった。しかし、仮にその女子が落ちていた場合日下部はその女子と会えている可能性は低い。というかただでさえ倍率の高い出版社の面接で、偶々声をかけてくれた相手と自分も受かるなんて都合のいい話、それこそ漫画である。

「…その子とはどうなっているの、もしかして落ちて」

「いや、その子も受かってた。俺とは比べ物にならないくらい落ち着いてたから納得したけど、まあ向こうは俺の事覚えてなくて落胆した」

(おお、良いことと悪いことが同時に…てことはその女子同期の中にいるってことで…)

気づいてしまった静香の中の野次馬根性が顔を出し始めた。同期の女子は静香を含めて5人、5分の1。…どうしよう気になって来た。しかし、日下部が何も行動を起こしていないところを見ると相手の女子は日下部に恋愛感情を抱いていないのだろう。誰だって負け戦はしなくない、モテるモテない関係なく。

(…誰か聞いていいのかな、聞いたところで何の力にもなれないけど。あ、先輩に頼んで恋愛に詳しい作家紹介してもらおうかな)

恋愛ものを書いているからと言って詳しいとはかぎらないが、恋愛偏差値ゼロな静香が協力するより余程力になれるだろう。よし、と日下部の顔を見る。

「その相手の名前聞いても良い?日下部くんが良ければそういうことに詳しい人探すけど」

断られる可能性も視野に入れていたが、あっさりと「良いぞ」と承諾してくれた。

(誰だろう、朱音とか)

「雨宮静香って名前」

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

溺愛ダーリンと逆シークレットベビー

葉月とに
恋愛
同棲している婚約者のモラハラに悩む優月は、ある日、通院している病院で大学時代の同級生の頼久と再会する。 立派な社会人となっていた彼に見惚れる優月だったが、彼は一児の父になっていた。しかも優月との子どもを一人で育てるシングルファザー。 優月はモラハラから抜け出すことができるのか、そして子どもっていったいどういうことなのか!?

イケメン社長と私が結婚!?初めての『気持ちイイ』を体に教え込まれる!?

すずなり。
恋愛
ある日、彼氏が自分の住んでるアパートを引き払い、勝手に『同棲』を求めてきた。 「お前が働いてるんだから俺は家にいる。」 家事をするわけでもなく、食費をくれるわけでもなく・・・デートもしない。 「私は母親じゃない・・・!」 そう言って家を飛び出した。 夜遅く、何も持たず、靴も履かず・・・一人で泣きながら歩いてるとこを保護してくれた一人の人。 「何があった?送ってく。」 それはいつも仕事場のカフェに来てくれる常連さんだった。 「俺と・・・結婚してほしい。」 「!?」 突然の結婚の申し込み。彼のことは何も知らなかったけど・・・惹かれるのに時間はかからない。 かっこよくて・・優しくて・・・紳士な彼は私を心から愛してくれる。 そんな彼に、私は想いを返したい。 「俺に・・・全てを見せて。」 苦手意識の強かった『営み』。 彼の手によって私の感じ方が変わっていく・・・。 「いあぁぁぁっ・・!!」 「感じやすいんだな・・・。」 ※お話は全て想像の世界のものです。現実世界とはなんら関係ありません。 ※お話の中に出てくる病気、治療法などは想像のものとしてご覧ください。 ※誤字脱字、表現不足は重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけると嬉しいです。 ※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。 それではお楽しみください。すずなり。

俺を信じろ〜財閥俺様御曹司とのニューヨークでの熱い夜

ラヴ KAZU
恋愛
二年間付き合った恋人に振られた亜紀は傷心旅行でニューヨークへ旅立つ。 そこで東條ホールディングス社長東條理樹にはじめてを捧げてしまう。結婚を約束するも日本に戻ると連絡を貰えず、会社へ乗り込むも、 理樹は亜紀の父親の会社を倒産に追い込んだ東條財閥東條理三郎の息子だった。 しかも理樹には婚約者がいたのである。 全てを捧げた相手の真実を知り翻弄される亜紀。 二人は結婚出来るのであろうか。

【R18】幼馴染がイケメン過ぎる

ケセラセラ
恋愛
双子の兄弟、陽介と宗介は一卵性の双子でイケメンのお隣さん一つ上。真斗もお隣さんの同級生でイケメン。 幼稚園の頃からずっと仲良しで4人で遊んでいたけど、大学生にもなり他にもお友達や彼氏が欲しいと思うようになった主人公の吉本 華。 幼馴染の関係は壊したくないのに、3人はそうは思ってないようで。 関係が変わる時、歯車が大きく動き出す。

甘すぎるドクターへ。どうか手加減して下さい。

海咲雪
恋愛
その日、新幹線の隣の席に疲れて寝ている男性がいた。 ただそれだけのはずだったのに……その日、私の世界に甘さが加わった。 「案外、本当に君以外いないかも」 「いいの? こんな可愛いことされたら、本当にもう逃してあげられないけど」 「もう奏葉の許可なしに近づいたりしない。だから……近づく前に奏葉に聞くから、ちゃんと許可を出してね」 そのドクターの甘さは手加減を知らない。 【登場人物】 末永 奏葉[すえなが かなは]・・・25歳。普通の会社員。気を遣い過ぎてしまう性格。   恩田 時哉[おんだ ときや]・・・27歳。医者。奏葉をからかう時もあるのに、甘すぎる? 田代 有我[たしろ ゆうが]・・・25歳。奏葉の同期。テキトーな性格だが、奏葉の変化には鋭い? 【作者に医療知識はありません。恋愛小説として楽しんで頂ければ幸いです!】

極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~

恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」 そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。 私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。 葵は私のことを本当はどう思ってるの? 私は葵のことをどう思ってるの? 意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。 こうなったら確かめなくちゃ! 葵の気持ちも、自分の気持ちも! だけど甘い誘惑が多すぎて―― ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。

社長から逃げろっ

鳴宮鶉子
恋愛
社長から逃げろっ

【R18】純粋無垢なプリンセスは、婚礼した冷徹と噂される美麗国王に三日三晩の初夜で蕩かされるほど溺愛される

奏音 美都
恋愛
数々の困難を乗り越えて、ようやく誓約の儀を交わしたグレートブルタン国のプリンセスであるルチアとシュタート王国、国王のクロード。 けれど、それぞれの執務に追われ、誓約の儀から二ヶ月経っても夫婦の時間を過ごせずにいた。 そんなある日、ルチアの元にクロードから別邸への招待状が届けられる。そこで三日三晩の甘い蕩かされるような初夜を過ごしながら、クロードの過去を知ることになる。 2人の出会いを描いた作品はこちら 「純粋無垢なプリンセスを野盗から助け出したのは、冷徹と噂される美麗国王でした」https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/443443630 2人の誓約の儀を描いた作品はこちら 「純粋無垢なプリンセスは、冷徹と噂される美麗国王と誓約の儀を結ぶ」 https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/183445041

処理中です...