人間不信気味のイケメン作家の担当になりましたが、意外と上手くやれています(でも好かれるのは予想外)

水無月瑠璃

文字の大きさ
上 下
39 / 83
第二部

5話

しおりを挟む




居酒屋を出た時間は20時を少し過ぎた頃だったが、「送って行くよ」と申し出てくれたのでお言葉に甘えることにした。自宅マンションに着いたとき、「上がります?お茶煎れますよ」と静香が言った瞬間の櫻井の狼狽えっぷりは今でも思い出す。ここで確信した、櫻井は「友人」はそれなりに居たのだろうが、「恋愛」は静香と同じくらい初心者なのだと。静香は別に疚しい気持ちで部屋に迎え入れたわけではない、酒を飲んで喉が渇いていると思ったことと、わざわざ反対方向の自宅まで送ってくれたことへのお礼のつもりだった。…念入りに部屋を掃除していた事について、下心がなかったのかと聞かれたら口ごもるしかなくなるが。

「…せっかく誘ってくれたのに申し訳ないけど、今日は帰るよ。じゃあまた」

申し訳なさそうに告げると櫻井はさっと背を向け、立ち去って行った。静香も軽い気持ちで呼び止めたので引き留めることもせず、そのまま部屋に入った。

始まりがあんなだったとは思えない程健全なデートはこうして終わった。それ以降櫻井とは仕事で直接会っていない。作家と担当編集が直接顔を合わせる機会は本来少ない。要件の殆どは電話やメールで事足りることが多いのだ。今までは試す目的で必要以上に静香とコンタクトを取っていたのだろう。締め切り破りの常習犯なら定期的に訪ねる必要があるだろうが、櫻井にその心配はないに等しい。会えていない、と言っても付き合ってからは週一で会っていたしメール電話もしているので寂しいと言う感覚はなかった。

そうして迎えた飲み会だが、事前に櫻井からは「家に着いたらメールで教えてください、あまり遅いと心配なので」と相変わらず畏まった文章で送られてきた。彼氏というより父親では、という疑問が湧いてくる程過保護だ。それを言ったら不機嫌になるのが分かるので言うつもりもないけれど。

「おー悠人やっと来た、早く来いよ」

少しばかり櫻井のことを考えていた静香の意識はその声で引き戻される。店の入り口に目を向けると、1人の若い男が引き戸を開けて店に入ってきたところで、同期の1人が手招きで呼んでいる。遅れていた同期、日下部だった。

「おせーよお前」

「仕方ないだろ、担当作家の原稿の進みが怪しいんだから」

そう言いながら靴を脱いで座敷に上がった日下部に朱音が声を掛ける。

「日下部、ここ空いてるよ静香の隣」

「え」

他に空いている席はあるのになんでわざわざ自分の隣を、と思わなくもなかったが特に気にすることもなかった。呼ばれた日下部は何も言わずに静香の隣に腰を下ろす。

「日下部くんお疲れ」

「おー雨宮、お疲れ」

「相変わらず忙しそうだね少年誌」

「まあな、毎日毎日打ち合わせ、描けないって弱気になる作家を激励したり。やっと校了したと思ったらまた次の原稿に単行本作業。いつ休んでるか分からないけど、何だかんだ楽しいからな」

その顔は晴れ晴れとしていた。他の同期と同じだ、大変大変と言いながら充実した日々を送っている。

「月刊ブレードの新連載、読んだよ。話も面白いし絵も綺麗だった、あの新人漫画家日下部くんが見つけて来たって聞いたよ」

「あー、たまたまWEBで作品見かけてな。この人売れるって直感してコンタクト取ったんだけど、当たりだったな、かなり評判良いし」

そう語る日下部はかなり嬉しそうだった、自分が見つけだした新人がダイヤの原石になり得る素質を持つ可能性が高いのだから無理もない。基本うちの漫画編集は実力主義だ、結果を残せば年齢関係なく上から評価される足掛かりになる。日下部は同期一の出世頭になりつつあった。気分も良いのか話しながらジョッキのビールの量がかなりのハイペースで減っている。

その後男子と仕事以外の話でも更に盛り上がったのか飲むスピードがどんどん上がり「悠斗ペース早いぞ」と窘められると「あー、ちょっと酔い覚ましてくるわ」と店の外に出ていった。店に来てから1時間程しか経っていない。それから20分経っても戻ってこない日下部を心配した誰かが「誰か悠人の様子見てきてくれねぇ?」と言い出した。

「静香、ちょっと様子見てきてあげてくれない?」

何故か白羽の矢が立ったのは、チビチビカクテルを飲んで料理ばかり食べていた静香だった。

「え、何で私」

日下部のことが気にならないわけではなかったが、何故自分が、という疑問の方が先に来ていた。確かに日下部とはよく話す方だが、もっと仲のいい奴は他にいる。日下部だって呼びに来るのなら静香より男子の方がいいのでは、と思ったのだ。

「この中で一番酔ってないの静香じゃん、だから日下部がもし具合悪くなってたら静香がスムーズに対応できるかなって」

成程、と静香は一応納得した。量を飲めない静香はこのメンバーの中では一番正常な思考力が残っていると言ってもいい。朱音の言う通り日下部が飲み過ぎで気分が悪くなっていたとしても、担ぐなり何なりして店に戻るのも容易だろう。日下部を静香が支えられるかは別だが。

(確かにハイペースで飲んでたしね)

仕方ないか、と静香は腰を上げた。


しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

溺愛ダーリンと逆シークレットベビー

葉月とに
恋愛
同棲している婚約者のモラハラに悩む優月は、ある日、通院している病院で大学時代の同級生の頼久と再会する。 立派な社会人となっていた彼に見惚れる優月だったが、彼は一児の父になっていた。しかも優月との子どもを一人で育てるシングルファザー。 優月はモラハラから抜け出すことができるのか、そして子どもっていったいどういうことなのか!?

イケメン社長と私が結婚!?初めての『気持ちイイ』を体に教え込まれる!?

すずなり。
恋愛
ある日、彼氏が自分の住んでるアパートを引き払い、勝手に『同棲』を求めてきた。 「お前が働いてるんだから俺は家にいる。」 家事をするわけでもなく、食費をくれるわけでもなく・・・デートもしない。 「私は母親じゃない・・・!」 そう言って家を飛び出した。 夜遅く、何も持たず、靴も履かず・・・一人で泣きながら歩いてるとこを保護してくれた一人の人。 「何があった?送ってく。」 それはいつも仕事場のカフェに来てくれる常連さんだった。 「俺と・・・結婚してほしい。」 「!?」 突然の結婚の申し込み。彼のことは何も知らなかったけど・・・惹かれるのに時間はかからない。 かっこよくて・・優しくて・・・紳士な彼は私を心から愛してくれる。 そんな彼に、私は想いを返したい。 「俺に・・・全てを見せて。」 苦手意識の強かった『営み』。 彼の手によって私の感じ方が変わっていく・・・。 「いあぁぁぁっ・・!!」 「感じやすいんだな・・・。」 ※お話は全て想像の世界のものです。現実世界とはなんら関係ありません。 ※お話の中に出てくる病気、治療法などは想像のものとしてご覧ください。 ※誤字脱字、表現不足は重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけると嬉しいです。 ※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。 それではお楽しみください。すずなり。

俺を信じろ〜財閥俺様御曹司とのニューヨークでの熱い夜

ラヴ KAZU
恋愛
二年間付き合った恋人に振られた亜紀は傷心旅行でニューヨークへ旅立つ。 そこで東條ホールディングス社長東條理樹にはじめてを捧げてしまう。結婚を約束するも日本に戻ると連絡を貰えず、会社へ乗り込むも、 理樹は亜紀の父親の会社を倒産に追い込んだ東條財閥東條理三郎の息子だった。 しかも理樹には婚約者がいたのである。 全てを捧げた相手の真実を知り翻弄される亜紀。 二人は結婚出来るのであろうか。

【R18】幼馴染がイケメン過ぎる

ケセラセラ
恋愛
双子の兄弟、陽介と宗介は一卵性の双子でイケメンのお隣さん一つ上。真斗もお隣さんの同級生でイケメン。 幼稚園の頃からずっと仲良しで4人で遊んでいたけど、大学生にもなり他にもお友達や彼氏が欲しいと思うようになった主人公の吉本 華。 幼馴染の関係は壊したくないのに、3人はそうは思ってないようで。 関係が変わる時、歯車が大きく動き出す。

甘すぎるドクターへ。どうか手加減して下さい。

海咲雪
恋愛
その日、新幹線の隣の席に疲れて寝ている男性がいた。 ただそれだけのはずだったのに……その日、私の世界に甘さが加わった。 「案外、本当に君以外いないかも」 「いいの? こんな可愛いことされたら、本当にもう逃してあげられないけど」 「もう奏葉の許可なしに近づいたりしない。だから……近づく前に奏葉に聞くから、ちゃんと許可を出してね」 そのドクターの甘さは手加減を知らない。 【登場人物】 末永 奏葉[すえなが かなは]・・・25歳。普通の会社員。気を遣い過ぎてしまう性格。   恩田 時哉[おんだ ときや]・・・27歳。医者。奏葉をからかう時もあるのに、甘すぎる? 田代 有我[たしろ ゆうが]・・・25歳。奏葉の同期。テキトーな性格だが、奏葉の変化には鋭い? 【作者に医療知識はありません。恋愛小説として楽しんで頂ければ幸いです!】

極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~

恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」 そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。 私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。 葵は私のことを本当はどう思ってるの? 私は葵のことをどう思ってるの? 意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。 こうなったら確かめなくちゃ! 葵の気持ちも、自分の気持ちも! だけど甘い誘惑が多すぎて―― ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。

社長から逃げろっ

鳴宮鶉子
恋愛
社長から逃げろっ

【R18】純粋無垢なプリンセスは、婚礼した冷徹と噂される美麗国王に三日三晩の初夜で蕩かされるほど溺愛される

奏音 美都
恋愛
数々の困難を乗り越えて、ようやく誓約の儀を交わしたグレートブルタン国のプリンセスであるルチアとシュタート王国、国王のクロード。 けれど、それぞれの執務に追われ、誓約の儀から二ヶ月経っても夫婦の時間を過ごせずにいた。 そんなある日、ルチアの元にクロードから別邸への招待状が届けられる。そこで三日三晩の甘い蕩かされるような初夜を過ごしながら、クロードの過去を知ることになる。 2人の出会いを描いた作品はこちら 「純粋無垢なプリンセスを野盗から助け出したのは、冷徹と噂される美麗国王でした」https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/443443630 2人の誓約の儀を描いた作品はこちら 「純粋無垢なプリンセスは、冷徹と噂される美麗国王と誓約の儀を結ぶ」 https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/183445041

処理中です...