人間不信気味のイケメン作家の担当になりましたが、意外と上手くやれています(でも好かれるのは予想外)

水無月瑠璃

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第二部

4話

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「皆お酒回った?それじゃあ、カンパーイ!」

「「カンパーイ!!」」


時刻は19時ちょっと過ぎ、会社近くの居酒屋に若い男女が集まっていた。同期の飲み会である。今回は同期10人全員参加だが、残業で数人遅れると言う連絡を貰っているので先に集まったメンツで飲み始めていた。


「書店回りきっつい、やっぱ売れる見込みがないと冊数置いてくれないわ」

「経理もきっつい、皆バカスカバカスカ経費で落とそうとするし」

「あーごめん、それうちの先輩だわ」

「売るための宣伝考えろっていうけどさ、今の時代そもそも売ること自体難しいんだよ、駅にどでかい広告作れるのも、元々売れてる奴じゃないと企画下りないし」

「今インタビュー企画進んでる有名人さ、めっちゃ性格悪くてビビったんだけど。もうね若いからって見下してるのが透けて見えるの、希望してた雑誌編集部に所属で来たのは嬉しいけどさ、一読者のままなら知らなくて済む裏の部分知るのはねぇー、割り切るしかないんだどさ」


皆狭き門をくぐり抜けて出版社に就職し早数年、理想や「好き」という気持ちだけではやっていけない数々の壁にぶつかりつつある。しかし

「土日休み何て書類上だけだし漫画家皆癖強いけどさ、やっぱ作家と二人三脚で作品作るの楽しいんだよな」

「分かるー。好きを仕事にするなって散々言われたけどさ私の場合好きな物関係してないと仕事する気にならないもん」

「あんた出版社に就職出来なかったらダメ人間になってたんじゃない?」

「ひっどーい」

それでも皆今の仕事が好きでやりがいを感じているのだ。それは静香も同じ…仕事以外でも充実しているけれど。

横に座っている朱音がジョッキを片手に話しかけて来た。

「静香はどうなの?清水学のサイン会の企画、営業の方にも話きたけど…覆面って、企画する方も通す方も凄くない?ライトノベル作家ならまだしも清水学、一般文芸でしょ」

「まあ、色々とあって」

「静香って割とぶっ飛んだ企画持ってくるよね…あ、そうだ、聞いてみたかったんだけど清水学ってどんな人、顔出しNGインタビューもデビュー当時に受けた一本しかない、真偽不明の噂が独り歩きしてるでしょ。新條先生がインタビューで何度か仲が良いって名前出してるから年近いの?」

「あー私も気になる。ほら同期デビューの新條孝人が顔出ししてるから、尚更ミステリアス度が際立つっていうか。新條先生、結構イケメンじゃん、だからもしかしてって」

「新條先生も謎だよね、顔出ししている割にSNSやってないし。けど出版社には顔良く出しているみたいだし…うーん謎」

「静香は当然会ったことあるんでしょ、清水学かっこいい?」

前のめりで聞いてくる友人2人にやや押され気味になる。

(うーん、どこまで良いのかな。下手に誤魔化すのも変だし適当に言っておこう)

とはいえ櫻井の素性を知るのは出版社の中でも限られた人間のみ。変に期待を煽ることを言って詮索されることはあってはならない。が、朱音達もその辺の分別は備わっているはずである。

「清水先生は…結構若くて、しゅっとしていて…少し変わった人かな。最初はとっつきにくかったし」

前のめりだった2人は「えーやっぱ小説家って変わっている人多いんだ」「若くて売れてる作家ならワンチャン狙ってたけど、やっぱ付き合うなら同業者の方がまだいいよね」と急速に興味を無くしたようだった。

嘘は言っていない。偏屈で人を振り回す面倒な人、初対面のころは静香に対して警戒心を隠そうともしていなかった。何か一つでもボタンのかけ違いが起こっていたら、今までの編集のように割り切って仕事をしていただろう。なのに、今では付き合っているのだから人生何が起こるか分からない。多分櫻井と知り合った当時の自分に「将来的に櫻井に惚れる」と言っても一蹴される。

カシスオレンジを飲みながら唐揚げを摘まむ静香に「そういえばさ」と何かを思い出した朱音が話しかける。

「先週誘った恐竜展、いつ行けそう?」

「あー、今週なら行けそう」

「分かった、ごめんね何度も。付き合ってくれるの静香だけだからさ」

朱音は子供の頃から恐竜好きで、今上野でやっている恐竜展に行きたがっている。一人で行ってもいいのだが、やはり誰かと語り合いたいらしく毎回静香を誘っている。先週も誘われていたのだが、その前に櫻井に出かけないかと誘われていたので先約があるから日を改めて欲しい、とお断りしたのだ。

(ほんのちょっとの差だったな)

もし朱音からの誘いが先だった櫻井の誘いの方を断っただろう。

そんな櫻井からメールが来たのは先週のこと。

「今週の日曜、もし予定がなければ映画に行きませんか」

畏まった文章に思わず噴き出してしまった。その時は丁度予定もなかったので2つ返事でOKした。男性と2人で出かけたことがほぼない静香はネットで「デート 何するべき」と検索したけれど。

しかし、引きこもりがちで人混み嫌いの櫻井が休日の映画館なんて人の多い所大丈夫なのかと心配になったが、向こうから誘ってくれたのに横槍を入れるようなことはしたくなかったため黙っていたのだ。


そして当日、待ち合わせ場所に着いた静香が目にしたのは周囲の女性の視線を集める櫻井だった。見慣れていて忘れていたが櫻井はモデル顔負けの美形だ。静香も櫻井が端正な顔立ちだと認識してはいたが、それ以上の感情は何も抱いていなかった。しかし、自覚してからは何故だが格好良く見えてしまうし、ジロジロ不躾な視線を向ける女性達に苛立ちに似た感情を抱いた。

(あーこれが嫉妬…)

まるで普通の人みたいだと、静香はしみじみ思った。

それからどうしたかと言うと、普通に映画を見て思いの外ホラー要素が強くビビった櫻井に物凄い力で手を握られ、そのことを平謝りされて。近くのレストランで食事を取り、静香の買い物に付き合ってもらい、カフェでたわいもない話をして。夕食がてら居酒屋に寄り、そこで初めて櫻井と酒を飲んだ。ザルらしい櫻井は静香の倍の量を呑んでもケロリとしており、あまり酒に強くない静香は少し羨ましいと思ってしまった。

「頼むから、酒の量でも負けず嫌いを発揮しないでよ」

「しませんよ、私の事なんだと思って」

「度を越えた負けず嫌い」

「シンプルな悪口…っ」

思わず吹き出してしまう静香を櫻井は優しい笑みで見る。

「まあ、静香が負けず嫌いじゃなければ付き合えてないから、負けず嫌いで良かったと思ってるよ」

「…」

何だか恥ずかしくなって目を逸らしてしまう。気を紛らわせようとカクテルをジュース感覚で飲み進める静香を「ちょ、ペース早いよ」と慌てて止めにかかったけど。

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