人間不信気味のイケメン作家の担当になりましたが、意外と上手くやれています(でも好かれるのは予想外)

水無月瑠璃

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第二部

3話

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「俺も未だに良く分かっていない…」

そう話す櫻井は本当に訳が分からないと言いたげだった。好きな相手と付き合っている男のする顔ではない。

「何でお前が良く分かってないんだ、付き合っているってことは彼女も同じ気持ちだったってことだろ」

「…一応何で好きになったかは言ってくれたけど」

おおう惚気か。ここ暫く恋人のいない新條には響く。甘酸っぱくて。

「じゃあいいじゃん、何でそんなに不安そうなの」

「…思い返しても彼女が好きになるような行動を取った覚えがない…っ」

地の底から響く声で絞り出された言葉には櫻井の不安全てが集約されていた。

「初対面からわざとセフレと鉢合わせさせる、面倒事ふっかける、待ち合わせにわざと遅れる、もう思い返してもクズ行為しかしていない」

新條は絶句した。櫻井の行った幼稚な行為の数々もだが、それをされても櫻井のことを好きになったと言う静香の人間性だ。男を見る目が無いんじゃないかと心配になった。

「…何でお前彼女と付き合えてるんだ…?」

それは心の底から出た疑問であった。櫻井は頭を抱える。

「そこが本気で分からないんだよ…」

「うーん、俺みたいに放っておけないって思ったんじゃないの、お前みたいなタイプは一部の女性に刺さるらしいし」

「…それが理由の一つだって言ってた」

ああ、やはり。しかし、それを聞いて益々静香の事が心配になった。クズ男に引っかかる優等生女子、という図が頭に浮かぶ。だが、ドンドン顔から表情が抜け落ちていく櫻井が心配になり、慌てて、しかし奴の所業を受けて雑にフォローする。

「まあお前がクズだとしても、それでも好きになってくれた彼女を信じるしかないだろ。正直俺は無理だけど」

「最後の一言いらねぇだろ」

「本当の事だぞ、売れっ子作家で金は合ってもクズは無理」

バッサリ切り捨てる新條に櫻井は一瞬傷ついた様子だったが、すぐに体制を立て直す。

「だから、彼女が俺と付き合って後悔しないように、これからはちゃんとした人間になろうと決めたんだよ」

そう語る櫻井の目には確固たる意志が宿っていた。成程、恋が人を変えるというのも櫻井を見ていると間違っていないんだなと思わされる。

「おう、頑張れ、まずはちゃんと人とコミュニケーション取るようにしろよ」

「っ言われなくても分かって…あ、この間新條、喫茶店で彼女と話してたよな」

急に何かを思い出し、鋭い目つきで新條を見る。新條はここ最近の記憶を探り、「あーあれか」と一件ヒットした。出版社で打ち合わせをした帰り偶々見かけた静香をお茶に誘った。櫻井と上手くやっているか心配で近況を聞きたいと思ったからで、疚しい気持ちは一ミリもなかったのだが。

「あの時視線感じたの、お前か。いやー凄いタイミングで…え、何まさかそれですら嫉妬したのか」

内心少し引いた。片思いしていたとはいえ担当編集が男の作家と話しているだけで嫉妬するなんて、櫻井が独占欲の強い人間だと初めて知った。そういう人間にしたのも静香なのかもしれないが。

「お前大概ヤバいな、じゃあそれと食事、と遠出…何か申し訳なくなるわ。的確にお前の嫉妬心煽る行動ばかりやらかしてて。…なあ、本当に『口論』だけで済んだのか?」

急に不安になり恐る恐る訊ねる。つい先ほども感じていた不安が改めて再燃した。櫻井はいつも通りの無表情で黙りこくるが、目が少しばかり泳いでいた。

(もう何あったと言ってるのと同じなんだよ…電話した時も様子変だったし…)

「…まあ2人の間のことをとやかく聞くつもりはねぇよ」

新條が追求するつもりがないと知り、安堵する櫻井。すると、ブーブーとどこからかバイブ音が。櫻井がポケットからスマホを取り出し操作すると…急に表情が明るくなった。差出人は明白だ。

(いやー幸せそうで、こりゃベタ惚れだな。すげーな雨宮さん)

編集だけでなくカウンセラーの素質もあるのでは。新條は自分の席から身を乗り出してスマホの画面を見ようとする。

「何て来たんだ、どうせ雨宮さんだろ」

「…サイン会を開催する書店の希望、前に学生時代神保町の書店に通ってたって言ってたの覚えてたらしくて。特設会場もあるその書店で話を進めてもいいかって」

(声から嬉しさ滲み出るぞー)

微笑ましいものを見せられていた新條も釣られて口角が上がる。が、急に櫻井の纏う雰囲気が変わった。目を細めまるで睨むようにスマホ画面を凝視している。

「え、何どうした」

「…再来週同期の飲み会に参加します。男子も何人か来るので一応お伝えしておきますね」

新條は驚くと同時に櫻井を信じられないものを見る目で見た。

「まさか颯真、雨宮さんに行動逐一報告させてるのか…悪いこと言わないから辞めろ、束縛する彼氏なんてすぐ愛想尽かされるぞ」

すると櫻井は不機嫌なのを隠すこともせず眉間に皺を寄せる。

「んなこと言い出すわけねぇだろ、俺の事なんだと」

「独占欲カンストヤバ男」

「…」

ぐうの音も出ないのか押し黙る櫻井。現に男も来る同期の飲み会に参加するというメッセージを読んだだけで、そんな不機嫌になっているのだから独占欲が相当なものなのは確実だろう。それ以前にちょっと静香が新條とお茶したのを目撃しただけで、嫉妬の炎を燃やしている点からも明らかだ。…流石に櫻井を探す旅について行った件に関しては仕方ないとは思うが。

(ん、となると雨宮さんは颯真が言わないと不安になる奴だと察して連絡して来たのか)

颯真の性格を短い付き合いで熟知していた、しかも煙たがることもしない。益々新條の中で静香の株が上がる、これも櫻井に言ったら要らん火種を生みそうなので黙っておくが。

「まあ、男子が来るからって飲み会行くな、なんて口が裂けても言うなよ。男は適度に心が広くないと。独占欲と束縛がカンストして許されるのは二次元だけだ、リアルでやったら恐怖の対象でしかないからな」

「…分かってるよ」

とは言っているものの納得していないのは表情からも明らかだ。

(…どうしたもんか)

とはいえここから先は2人の問題だ。新條が介入しすぎるのも良くない。静香は現段階で最大限櫻井に対して譲歩している。一々誰と会うか彼氏とはいえ報告するなんて、内心乗り気でないはず。それでも自分から進んでやっていることからも、嫌だと思っていない可能性は高い。あとは櫻井が有り余る独占欲を上手いことコントロール出来ればいいのだが。

しかし、新條は不思議と心配してはいなかった。櫻井は言わずもがなだが、静香の方もそれなりの好意を抱いていたのだろう。あの様子では全くの無自覚だと思うが。

櫻井を受け入れた静香なら、この嫉妬深い男とも上手くやって行けそうだ、と根拠のない自信が新條の中には生まれていた。

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