人間不信気味のイケメン作家の担当になりましたが、意外と上手くやれています(でも好かれるのは予想外)

水無月瑠璃

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第二部

2話

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ほぼ同時刻の16時過ぎ、櫻井は新條を新條宅の近所の喫茶店に呼び出していた。新條は雑誌に顔出しして「イケメン人気作家」と一部に絶大な人気を誇るので外に出る時は一応眼鏡をかけている。対する櫻井は顔出しNGなので何も付けてないが、傍から見ればモデル並みの美形2人が神妙な顔つきで向かい合っているので女性客がキャーキャー言っているが2人は気にも留めない。

先ほど急に話があると呼び出された新條はコーヒーを飲みながら、呼び出した張本人が話し出すのを待っていた。櫻井は頼んだコーヒーに手を付けず所在なさげな様子で、俯いている。「何だよ急に呼び出して」と新條から言うのは簡単だがこの時ばかりは、櫻井から言い出すのを待っていた。そして

「急に呼び出して、すいません新條…さん」

ガチャ、と新條は動揺してコーヒーカップを乱暴に置いた。無理もない、同期でデビューしてからの付き合いだが、櫻井から敬語で話されたことなんて殆どないからだ。そもそも櫻井から呼び出されるのも初めてかもしれなかった。

「いや、俺もそこまで仕事立て込んでたわけじゃないし、え、何どうした。雰囲気変わってないか?」

櫻井颯真と言う人間は触れる者皆傷つける、ナイフのような鋭利な雰囲気を纏っていた。それが危なかっしくてウザがられても構っていたのだ。しかし今の櫻井はやはり他人をむやみやたらに寄せ付けない雰囲気を纏ってはいるものの、どこか柔らかくなっていると感じられた。

「まあ、色々ありまして…今日呼び出したのは今までのことを謝りたくて」

「謝る?」

「…新條さんが俺の事を心配してくれているのを分かっていて邪険にしたり、失礼な態度を取り続けました。今更虫のいい話だと重々承知していますが、一言謝りたくて…本当にすみませんでした」

頭を下げられ、新條は慌てる。

「いや、良いよ謝らなくて!…本当にどうした颯真、憑き物でも落ちた?」

あんなに頑なに周囲の人間を拒絶し、偏屈で天邪鬼な櫻井のこの変わりように新條は驚きを隠せなかった。櫻井はおずおずと口を開く。

「まあ、色々ありまして」

「色々じゃわかんねーよ」

「色々は色々です…心境の変化がありましてこれからは少しずつ人と関わろうかなと。それで新條さんが何度も誘ってくれた、若い作家の集まり、今から参加出来ないかと思って」

新條は今度こそ開いた口が塞がらない。この男は本当に櫻井颯真なのか。目を何度も瞬かせるが、目の前に座るのは間違いなく櫻井颯真だ。夢ではない。

「あーあれね、お前が参加したいのなら構わないけどさ、割と俺みたいな、まあ根っからの陽キャ?多いけど大丈夫?」

その瞬間、櫻井の顏から血の気が引く。ほぼ引きこもりのような生活を送る人間にとってグイグイ距離を詰めてくる人間は恐怖の対象だ。その反応も仕方ない。

「だ、大丈夫で、す」

「無理すんな声震えてる、じゃあ比較的静かな奴だけ集めるわ、そこから慣らしていけ」

コクリ、と頷く櫻井を見て新條は自然と顔が綻んだ。何があったか知らないが人は変わろうと思えば変われるのだ、と謎の感動を覚えていた。

(しかし、マジで何があったんだ、最近こいつに変わったことなんて…!)

あった、若い担当編集が失踪した櫻井を心配し…いや直接文句を言うために滞在している可能性の高いホテル、旅館を当たろうとしていたので心配した新條が付いて行ったこと。新條は下に妹と弟がいることもあり、危なっかしい年下は放っておけないのである。しかも彼女の場合自分が取り乱していることに気づかず、寧ろ冷静だと思い込むタイプだった。そういうタイプはストッパーがいないと本当に危険だ。だから誤解されかねない行動だと理解したうえで同行したのだが…。

新條は色々鋭いので偶に会う櫻井の雰囲気から担当編集のことを気にしていることに気づいていた。しかし、中身がなかなかにアレなので望み薄だろうと諦めていた。だと思っていたのだが、連絡の取れない櫻井を心配し有休使ってまで探し出して文句を言ってやる、と息巻いていた編集…静香を見てアレ?もしかして?と淡い希望を抱いた。それから日を置かずにこれだ。関連性があるのは明らか。

(ちょっと揺さぶるか)

素直に聞いたところで答えないのは分かり切っている。だから向こうがボロを出すのを待つ。

コーヒーを一口飲んで喉を潤しカップを置く。

「あーもしかして彼女と何かあ」

「ゲホゲホ!!!」

「え」

彼女、と新條が口にした途端櫻井が咽た。急いで立ち上がり、背中を擦ってやる。優しく擦りながら、新條は思った。

(確定じゃん)

新條は心配になった、こんなに分かりやすい弟分のことが。割りとポーカーフェイスは得意だと認識していたが、そんなことはなかったようだ。名前も言っていないのにこの慌てよう。本当に何があったんだ、と気になり始めた。

櫻井が落ち着いたのを見計らって、まるで刑事のように尋問し始めた。

「おい、その慌てよう何もなかったは通じねぇぞ、吐いちまえよ楽になるから」

「…」

櫻井も先ほどの醜態を晒しておいて誤魔化すのも無理だと悟ったのか「…他言無用で」と念を押してきた。「当たり前だろ、あと敬語辞めろ、落ち着かない」と答えると暫く考えていたようだが、「分かった」と敬語を辞めた。

「俺が帰って来た後、彼女が部屋に来て…来る前に新條と会ってた、俺を探す時も新條が付いてきたって聞いて…腹が立って口論になった」

「お、おう」

まさかの自分が何となくいい感じの二人の間に亀裂を入れており、櫻井、そして静香に申し訳なくなった。

「…で、色々あって俺が勢いで告って…何故か彼女の方もOKしてくれて付き合うことになった」

「…」

「…」

「え、何があったらそうなるんだ」

櫻井の目が泳いでいたので、嘘を吐いているのは明らかである。が、新條は流石にそこまで踏み込むつもりもなかった。仮に何かがあったとしても、部外者の新條が聞くことではないし当事者2人の間で既に解決しているのなら問題はないだろう、と。


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