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第二部
1話
しおりを挟む「雨宮さん、私の小説売れますかね、ほら今の時代初動が大事じゃないですか、WEBからの読者さんもいるとはいえ不安で不安で原稿が進まなくて」
「宇津木先生、売れるかどうかの対策を考えるのは編集と宣伝部です。先生は兎に角作品を良くすることだけを今は考えてください。WEB版より更に良くなってます、この調子です」
静香は他の担当作品のゲラ読みやメールの返信をしつつ、作家と電話で打ち合わせをしていた。宇津木葵は関西に住む、WEBから拾い上げ作家で、投稿サイトでランキング上位を占めていた「西園寺先輩はどこか狂っている」をうちの編集部で書籍化することになった。今は賞を受賞してデビューする作家、他社でデビューしてうちの編集部で執筆依頼して書いてくれる作家、宇津木のようにWEBで人気を博しデビューする作家と様々だ。WEB出身作家は元々一定の固定ファンが付いているが、だからと言って売れるとは限らない。
今の時代SNS等を如何に上手く活用に読者の購買意欲を煽るかが大事になってくる。シビアな話だが、どれだけ面白くても売れないと続きを出すのが難しい。なので編集者の立場で「絶対売れます」なんて不確かなことは言えない。担当に同じことを言われ自信を付け、邁進した結果の打ち切り、無責任なことを言った担当を恨み続け書けなくなった作家は少なくないと聞く。故に静香は期待をさせるような言葉は出来るだけ言わないように努めている。
(そう考えると出せば一定数売れる清水先生、新條先生は只者じゃないんだな)
そのどちらとも話す間柄になったのだから、ほとほと編集と言う仕事は普通に会社勤めをしていては出来ない貴重な経験を積める。勿論大変なことの方が圧倒的だがそれ以上にやりがいを感じられる仕事だ。
「雨宮さんて私よりお若いのにしっかりしてますよね、何だかウジウジしている自分が情けなくなります…よし、ラストスパート頑張ります、出来たらメールで送りますね、それでは」
「はい、原稿お待ちしてます」
そう言い残すと通話が切れる。ふー、と一息つくとまたパソコンに目を移し、メールを確認していく。それと並行して野々宮渚のゲラも読み進めなければいけない。編集が誤字脱字をチェックし、内容の矛盾や不適切な言葉がないかの確認を校閲に頼む。その後再び著者に原稿を送り返して内容の修正を頼み、最後に本当に誤字脱字や内容の矛盾がないかの確認をして校了となり、印刷所に回す。印刷に回すともう修正は出来ないため、編集は最後まで気を抜けない。
(あー、サイン会の会場、清水先生に希望聞いておかないと)
確か学生時代は神保町の四川堂に通い詰めていたと言っていた。あの店は大きいし特設会場があるので、うちの出版社も他社もサイン会や催しを行っていた。顔出しをしない作家の覆面サイン会という珍しいタイプのサイン会だとしても、他の書店より話を通しやすいはずだ。
(取敢えずメールで確認を…)
スマホを操作すると友人の朱音から同期のグループにメッセージが届いていた。再来週同期で飲み会をしないか、というやつだ。そういえばもう前回から数カ月経ったのか。強制というわけではないが、毎回集まりが良いし静香も毎回出席している。集合時間に間に合うか分からないが、一応参加ということに…。
(…一応先生に伝えた方が良いよね、男子もいるし)
事細かに予定を報告しすぎるというのも恋人関係とはいえ良くないと思うが、後々知られて「何で黙っていたのか」と問い詰められるのも嫌だ。何も疚しいことがないのにこちらが悪い感じになってしまう。それに櫻井は何となくだが、些細な事でも黙っていると傷つく気がする。彼がどの辺りまで報告すると安心できるのかも分からないので、これから徐々に把握していこうと思った。
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