人間不信気味のイケメン作家の担当になりましたが、意外と上手くやれています(でも好かれるのは予想外)

水無月瑠璃

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第一部

30話…S

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キスをした直後彼女がポツリと「しょっぱい」と呟いたとき、颯真は自分が泣いていたことを思い出し情けなくなった。少し唇を離し「男のくせに泣くなんて情けない」と自嘲すると「泣くことに男女は関係ないですよ、少なくとも私は情けないとは思いません」とキスしているとは思えない澄ました顔で言い切るものだから、泣くどころか笑った。


その涼しい顔を乱したくてやや強引に唇を塞ぐと「んんっ」と色っぽい声を漏らした。この前までの颯真ならこんな声を聞いた瞬間、自身の分身が熱を持ち始めただろうに、相手が自分を受け入れてくれていて、こんな艶めいた声を聞くことが出来るのはこの世で自分だけだという自信は、颯真に余裕を持たせてくれた。元々赤かった彼女の頬が更に紅潮し、目が潤んでくる。彼女は派手ではないが綺麗な顔立ちをしていたから、普段の人形じみた表情から徐々に色香が溢れてくるのを唇を堪能しながら感じていると、どうしようもなく欲望が自制心を押しのけてくる。ほとほと自分は人間の皮を被った獣だと再認識した。

(…可愛い…キスじゃ足りない…この間のことを上書きするくらい滅茶苦茶優しくしたい…)

ついさっき大事にすると言った傍からこうなるのだから呆れ返るほかない。恐らく静香は「抱かせて欲しい」と言えば拒否はしないだろう。が、今そんなことを言えば「身体目当てなのでは」という不安を抱かせかねない。それは絶対にあってはならない、一度間違えているから尚更だ。

けどキスだけでは自分の内側から沸き上がる渇望が収まらない。彼女も同じくらい自分を求めて欲しいという分不相応な願いを持ち始める。静香の気持ちを疑っているわけではないけれど、まだ足りない。だから少し自分の舌を彼女の唇に割り込ませ、舌に絡めた。静香の華奢な肩がピクリと震えるが、やがておずおずと自らの舌を櫻井の舌に絡め始める。初めてだろうに拙くも一生懸命な彼女がいじらしく可愛らしかった。

それで自分の中の空っぽのコップが満たされた気すらするが、まだ足りない。水を飲んでも飲んでも喉が渇く感覚だ、何故だろうと薄ぼんやり考えると、あることに気づいた。名残惜しいが彼女の唇から離れると、静香は息を整え熱に浮かされた瞳でこちらを見上げてくる。散々好き勝手していた自分が急に離れたせいか、不思議に思っているようだ。

「あのさ、俺の事好き?」

多分声は震えていた。そう、今更彼女から自分の事をどう思っているか聞かされていないことに気づいたからだ。一々言わなくとも彼女が自分と同じ気持ちなのは分かる。静香は何とも思っていない男に抱きつくような人ではない。それでも改めて言葉にして欲しかった。態度で言葉で、気持ちを伝えてもらえないと、どうにも不安で。

自分の気持ちを疑っているのかと詰られる可能性もあった。実際そう言われて仕方ないことをしている。言葉にしてもらえないと大事な人の気持ちも信じられない、そんな自分は心底嫌なのに。伏せていた瞼をゆっくりと開け、彼女がどんな顔をしているか確認しようとした。もし、悲し気な顔をしていたら、怒っていたら。ドンドン不安が膨れ上がるが見ないことには何も進まない。意を決して静香を見下ろす。彼女はハッと何かに気づいた表情をして、ポツリと呟いた。

「好きですけど…ああ、私言ってませんでしたね」

伝えた気になっていました、と彼女は笑った。信じてくれないのかと悲しむでも、疑っているのかと怒るでもない。大事なことを伝え忘れました、という軽さを含んだ声音で。颯真を好きだと言ってくれた。自分が異常なほど重い感情を抱いている自覚があるから、静香のフラットさが妙に心地よい。

その瞬間きつく唇を結んでいた颯真が破顔した。親に愛されたくても愛されなくて、その上信じていた人間にも裏切られ、傷ついて。もう裏切られることも傷つく思いもしたくないと人間を遠ざけ、その癖試すような真似を繰り返して周囲を振り回し、それで人が離れていくことに傷ついていたどうしようもない自分が救われた気がした。

我慢が出来なくなり静香の身体を力いっぱい抱きしめる。傷つけない、という自らに科した誓いを思い出し少し腕の力を緩める。驚きで硬直している静香の耳元で思いの丈をぶつけた。

「…ありがとう、今死んでもいいってくらい嬉しい」

「…先生が言うと冗談に聞こえませんね」

切れ味抜群の静香の言葉にはは、と耳元で笑う。くすぐったいのか「ひゃっ…」と声を漏らす。まあ彼女は知らないだろうが一度本気で死ぬことも考えていたから、あながち間違いではないけれど。

「…君が俺を選んで良かったって後悔させないように頑張るよ…勿論それで俺のした事が許されるわけじゃないのも分かってる…それでも俺は雨宮静香のことを絶対手放せない、君が俺の事を嫌いになってもその都度今回みたいにみっともなく縋りつくよ…はは…俺本当ヤバい奴だな…この際だからもっとヤバいこと言うよ…俺雨宮さんのこと本当に好きなんだ、さっきも言ったけど二度と傷つけないし滅茶苦茶大事にする、だから俺の事見捨てないで、俺君が居ないと生きていけないから」

まるで狂気にも近い愛の言葉を囁く颯真に流石に引いたか、と不安になったが、静香から返ってきたのはいつも通りの凛とした、優しさの滲む声。

「…先生が居なくなると私、涙が枯れても泣き続けますから絶対辞めてください…あと私、誰かにこんなに好きと言って貰えるのが初めてで、だからこっちも応えたいという気持ちになりますね」

ん、と静香の肩口に顔を埋めていた颯真は顔を上げる。

「告白、というか誰かと付き合ったことないの?モテそうだけど」

経験がないとはいえ誰かと付き合ったことはあると思っていた。顔立ちも綺麗だし何より心が広すぎる。彼女の言動を自分の都合のいいように解釈するロクデナシに執着されていそうだと思った。実際颯真のようなクズに捕まっているのだからあり得る話だ。

静香は颯真が自分の過去の恋愛について触れるとは思わなかったのか、驚きの表情でこちらを見る。櫻井も自分がそんな奴だと初めて知った、静香が過去どんな奴と付き合ってきたのか知りたいという、独占欲を一丁前に発揮し始めていたのだ。今、未来だけでなく過去も把握したいと望むのだから、ドンドン自分が欲深くなっていることを如実に感じる。

そんな颯真の心中を察したのか、ポツリポツリと思い出しながら語り始める。

「…大学生の時数人とお付き合いはしたことはあります、向こうから告白されて。けど手も繋いだことないまま別れました、告白した相手から振られる形で」

颯真は驚いた。確かに少し変わったところはあるし淡々としてはいるが、根っこの部分は優しいし気遣いも出来る。振られる要素がないと思うが、と疑問が顔に出ていた颯真に静香は突然目を細める。気のせいか、纏う空気が変わった。

「全員が初めて出かけた後、若しくは交際開始して数週間もしないうちにホテルに誘って来ました。身体目当てなのが透けて見えてしまい、丁重にお断りしたら即振られました。全員が全員、「お高く止まって」「そんなエロい身体してたらやりたくなるだろ」等と捨て台詞を吐くので、珍しく腹が立ちまして…まあ私も興味本位でOKしてしまったので怒る資格もそんなにないんですけどね」

中身を知る以前の問題だった。同時に静香が当初、颯真に全く関心を示さなかった理由にも思い至る。そんな暴言を吐かれれば男に対して無関心になって然るべきだ。颯真は静香にそんな暴言を吐いた男達に殺意すら抱き始めたが、身体目当てで寄って来て断ると罵倒する男、そして嫉妬して無理矢理抱く男、どちらがマシかと言われば圧倒的に前者だ。つまるところ颯真に男達に怒りを抱く資格すらないということで。

腹の立った出来事を思い出した静香の目が据わりつつあった。しかし、既に自分の中で過去の事と折り合いが付いていたのか、すぐに元の微笑に戻った。

「顔と名前もうろ覚えですし、どうでもいいことです」

その瞬間、颯真の背中に薄ら寒いものが走る。静香は関心を無くしたものに対しては冷淡になるのだろう、それこそ顔と名前すら記憶に残らなくなる程に。男に対して碌な思い出がない上にこの淡白さ。颯真も一歩間違えれば元カレ(と言っていいのか不明なレベル)と同じ末路を辿っていたはず。

(本当に何で俺の事好きになってくれたんだろう、不思議でならない)

振り返ってみても、自分が最低な人間過ぎて静香に好かれる理由が分からない。「放って置けないと思った」と言ってくれたが、多分それだけでない理由があるはずだ、聞く勇気はないけれど。絶対カッコいい理由ではないのは分かる。

(俺はどうでもいい過去の男にはなりたくないな)

だから静香が選んだことを後悔しない、そんな人間になろうとより一層決意を固めた。そこでふと、聞きたいことが頭に浮かぶ。

「…さっき手も繋いだことがないって、もしかしてキスも」

「この前が初めてですね」

颯真は顔を盛大に引きつらせる。初めてのキスが相手から無理矢理に、かつ舌を入れるやつ。ロマンティックの欠片もない。

「…ごめん」

「今日だけで何回謝ってるんですか、もういいですよ。キスに理想抱いてなかったので」

「本当に興味がなかったんだな」

「ええ、我ながらどうかと思うこともありましたよ…でも」

彼女は一旦言葉を切ると、言いづらいのか颯真から視線を逸らす。そして「何でもないです」と言うのを辞めてしまった。

「え?何、気になるんだけど」

「何でもないです」

頑なな態度を崩す気配がない。それでも静香の言いかけたことが気になった颯真はじーっと圧をかける。が、その程度で動じる静香ではなかったので聞き出すのは早々に諦めた。しかし、彼女の態度に思うところがないわけでないので、少し揶揄ってやりたいという悪戯心が芽生えてしまった。

颯真が追求してこない、と油断していた静香の額に触れるだけのキスを落とす。彼女のことだ、急に何だと不思議そうな顔をするか、少し怒るか…あれだけキスした後でデコチューくらいで照れないだろうと高を括っていると。

「…」

耳がじわじわと赤く染まり出し、顔もほんのり朱に染まっている。端的に言えば物凄く照れていた。可愛い。

(あれだけしたのに、額でこんな反応するのか)

今さっきしつこくキスした時の顔も色っぽいというかエロかったのを思い出してしまった。…もっと色んな表情が見たい、という欲求が颯真の中で生まれる、そして。

(よし、もっとキスしよう、エロいやつとかたくさん)

むっつりスケベへと覚醒しつつあった。


それからすぐに静香が本来この部屋に来た目的を思い出し、「仕事しましょう」と切り出されたことで一瞬にして甘い雰囲気は消え去ってしまった。颯真は余りの切り替えの早さに思わず恨みがましい目で静香を見てしまう。が、自分はこういうクソ真面目なところを含めて静香のことが好きなのだ。あんな偏屈な人間だったのに、静香に言われるがままリビングへと向かった。惚れた方が負け、とはよく言ったものである。

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