人間不信気味のイケメン作家の担当になりましたが、意外と上手くやれています(でも好かれるのは予想外)

水無月瑠璃

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第一部

25話…S

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最初に雨宮静香と出会った時「真面目で融通が利かなそう」な子だと思っていたし、その印象に違わず、クソが付くほど真面目な子だった…異常にメンタルが強いことを除けば。自分の失礼な態度で傷つく素振りも見せず、淡々と言い返す。今まで会ったことのないタイプで慄いたのだ。

颯真の中の気が強く負けず嫌いな女というのは犬みたいにキャンキャン噛み付くものだと思っていたので、そんな要素が全くなく寧ろ温度の低い静香に戸惑うしかなかった。編集者という生き物はどこかしら変なところがあると認識していたが、静香は「変」という点で言えば今まで会ったことのある編集者の中でぶっちぎりでトップだった。

彼女は自分の行為を諫めはするが、呆れ果て自分の元を去った他の編集や自分の性格を割り切り信頼関係を築くことを諦めた編集と違い、素っ気なくとも自分に歩み寄ろうとしてくれた。割と毒舌で容赦というものを感じなかったけど、変に気を遣われるより心地良かった。挙句今までの編集にもやっていた「すっぽかし」に関しても、寒空の下2時間も待ち続けた彼女に本気で怒ってしまった。何でそこまでするんだと問えば、「自分の言ったことに責任を持ちたい」と。相手を試すことばかりで自分の発言に責任を持ったことがなかった自分の心を抉られた気分になった。


流石にこれ以上突っかかるのも分が悪いと判断し、困惑する彼女を無理矢理喫茶店に引っ張り込んだ。不覚にも笑った顔を可愛いと思ってしまい暫く悶々としたものだ。


サイン会についても、顔を引き合いに出して来た編集への不満を自分自身にぶつけられても怯むことはせず、「顔を出したくないなら隠せばいいのでは?」「人は嫌いとおっしゃってましたが、先生の作品を好きなファンも嫌いですか」、と。

彼女は颯真の要望を擦り合わせたサイン会の企画を通してきた。彼女に対する見方が変わったのは、これがきっかけだろう。いや、それ以前から清楚で凛とした顔がふっと緩む笑顔を見ると心がざわつくようになった。仕方のない人だと言いたげな、年上の男に対して向けるものではなかったが、それでもあまり感情表現が豊かではないと言う彼女が笑顔を見せる数少ない相手が自分だと言う優越感に浸っていた。

自分の気持ちが何なのか良く分かっていなかったが、あの日たまたま駅前で男に絡まれて心無い言葉をぶつけられていた静香を見た時、今まで感じたことの内黒い何かが胸の中に生まれたのが分かった。顔を伏せていたから本人は気づいていなかったが、男に触られそうな彼女を見た時。なりふり構わず間に入り彼女の意思も確認せず手を引いてしまった時。ああ、自分は彼女に他の男が触れられるのが嫌で、許せないのだ、と。

自覚したのと同時に、望みは一ミリもないという虚無感に苛まれた。自分の人間性に難があるのは理解していたし、数少ない取り柄の顔や金に彼女が靡く可能性もない。更に真面目な静香の性格からして、担当作家が邪な感情を抱かれていると知れば「互いの精神衛生上良くない」と担当を外れる選択を取ることも有り得た。だから、彼女に絶対知られるわけにはいかないと気を引き締める。失礼ながら静香はそういったことに鈍そうだから誤魔化すことは容易だと。


その癖自分を心配したのは仕事相手だからと言い切った彼女に腹が立ち、意味のない行為だと知っていて遠回しに「可愛い」と言い残して逃げた。どうせ静香の事だ、自分を揶揄っただけだと気にも留めないと、投げやりな気持ちだった。しかし、彼女は自分自身に無頓着過ぎる。ナンパしたのは酔っていて正常な判断力を欠いていたからと宣った時は空いた口が塞がらなかった。彼女は色んな意味で鈍いのだと改めて思い知らされた。


そんな相手に自分の気持ちが伝わる可能性は限りなくゼロに近い。もう壁ドンでもしながら告白しないと伝わらない、やったら即担当を外れて縁が永遠に切れる結果になるだろうから絶対しない。一時の欲望に身を任せて全てを台無しにするなんて馬鹿のやることだ。年下に手を出すほど困っていないと偉そうに豪語していた癖にこのざま。チョロいにも程があるし呆れを通り越して笑えてくる。馬鹿は自分だ、創作物で時間の無駄だと嘲笑していた「叶わぬ思いを抱く脇役」をこれからは馬鹿には出来なくなると苦笑した。

時折静香の事を考えると碌に仕事が進まなくなり、ドンドンスケジュールに影響が出始めた。しかしそれを編集に気取られたくないと変なプライドを発揮し、結局寝ないで締め切りギリギリに書き終えた。これ以前から「仕事を詰め込めば余計なことを考えなくて済む」と保留にしていた執筆依頼を全部引き受けたのが仇になってしまうとは。久しぶりに盛大に体調を崩し、静香との打ち合わせも延期した。

一応体調が悪いことを伝えると「スポーツドリンクやゼリーでも届けましょうか」と。恐らく颯真には体調を崩した時に頼る相手がいない、もしくは意地を張って助けを求めないのだと見抜かれていたのだ。情けなさ過ぎて涙が出てくる。タイミングの悪いことに原稿が終わった直後に体調を崩し、買い物に行く暇がなくレトルト食品を切らしていた。熱も39度近くありどうにも料理を作る気力も食欲もない。心身ともに弱り切っていたこともあり彼女の厚意を素直に受け取ることに決める。


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