人間不信気味のイケメン作家の担当になりましたが、意外と上手くやれています(でも好かれるのは予想外)

水無月瑠璃

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第一部

21話

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目的地に着くなり、新條達から聞き出したホテル旅館を駅から近い順に回る。その周辺の店も一応チェックした。また人当たりのいい新條が「友人と急に連絡が取れなくなって探している。箱根によく行っていたからもしかしたらと思って来た。見かけたことはないか」と写真を見せながら聞き込んでいた。店の人は新條の穏やか雰囲気に魅せられ、割とあっさり質問に答えてはくれた。期待はしていなかったけど「見たことない」という返答しか貰えなかった。

櫻井を探す旅は全くという程進展はなく、道中新條に促され饅頭やアイスを買って店内や店の前の椅子に腰かけ一休みをした。美味しかった。一日目が終わってみるとお菓子とそばを食べた記憶しかない。本来の目的を忘れかけてる静香に新條は言う。

「もう観光するついでに颯真探すって思った方が気が楽だよ」

「…そうですよね、本当先生まで巻き込んで申し訳ないです」

「勝手に付いてきただけだから気にしなくていいのに」

そう言われても難しい話である。新條は結構お人よしのきらいがあるので強引に押し切られたのではと未だに疑っていた。今日だけで聞き出した宿泊施設と周辺の店半分以上回り終わった。休みはあと二日あるがこの分だと明日で探す旅も終わる。手がかりがこれ以上ないので、闇雲に探すだけ時間と体力の無駄使いだからだ。

そもそも静香の自己満足のためにここまで来た。後は自分だけでやると言おうとしたが、絶対拒否されるのが目に見えていたので黙っていた。案の定新條は明日も探すと言いだしたので「よろしくお願いします」と答えておいた。

結論から言ってしまえば、聞き出した宿泊施設と周辺の店で櫻井を見つけることは叶わなかった。期待なんて殆どしていなかったが自分の行動が全くの無駄に終わったのだと理解すると口から大きなため息が漏れる。休憩のために立ち寄った団子に入り項垂れる静香に全く疲れた様子を見せない新條。注文した団子を食べつつこれからどうするのか話し合う。

「目ぼしい所全部回ったし、これ以上は辞めておいた方が良いよ、キリがないから」

「ですよね…正直この数日間食べてた記憶しかありません」

「奇遇だね俺も」

と言いながらみたらし団子を口に含む。静香も頼んだ胡麻団子を食べる。疲れた体に控えめな甘さの餡子が染みわたる。

「しかし、どっかのホテルに居る気はしたんだけどな。割と気にいったところには何度も行くタイプだから。もしかしてずっと部屋に籠ってるのかも」

「その場合絶対見つけられませんね」

宿泊施設に籠り一歩も外に出ないのならどうしようもない。成す術無しだ。何の成果も得られなかっただけでなく、自己満足のために新條を振り回してしまったことに罪悪感を抱いた。静香が謝っても新條は気にするなと笑って流してしまいそうだ。

かと言ってこのまま何もせず礼を言って別れることは出来なかった。これも所詮自己満足だが、何かしらの礼をしないと気が済まない。「もうやれることないし、雨宮さん帰る?俺はもう少し観光してから帰る」と聞いてきたので「私ももう少し見てから帰ろうかと、あの先生」とおずおずと訊ねる。

「この数日、お世話になったお礼をしたいのですが」

やはり予想通り新條は断った。

「いいよ、何度も言ったけど勝手に付いてきただけだから」

「…では言い方を変えます。このまま何もしないというのは私の気が済みません。さっき編集長にも確認したところ、『奢るくらいなら問題ない』と。私の自己満足に一度だけお付き合いいただきたいのですが」

すると新條は神妙な顔つきになり考える素振りを見せる。正直に自己満足だと言ったことで静香の「礼」を受け取るハードルが低くなったのかもしれない。上司も許可しているから後々面倒なことになることもないし、奢られてラッキー程度に受け止めていたらいいなと思う。やや間を置いた後ゆっくりと口を開く。

「じゃあお言葉に甘えて。今のうちにいつにするか決めておく?こっちは在宅だしいつでも大丈夫」

締め切り前以外は、と笑って付け足した。いつにするか…。

「私も平日は仕事終わりなら空いてますけど…予定なんてないのに咄嗟に決められないんですよね」

そもそも誰かと約束をすることを面倒くさいと感じている節があるか、こうなのかもしれない。

「分かる、俺もそうだから…あ、じゃあこのままこの辺りで夕飯食べて帰る?そうしたら後で予定擦り合わせる必要もなくて楽だし」

名案である。そうだ、わざわざ別日にする必要もないのだ。丁度良く一緒に居るのだから。静香は微かに口角を上げながら答えた。

「いいですね、そうしましょう。箱根あまり来たことないので気になる店たくさんあるんです」

「よし、決まり。問題は何食べるかだけど希望ある?」

「先生の行きたいところにしましょう」

礼なのだから、と心の中で付け足す。意図を読んだ新條は「そうだな…あ、あそこ」と人気の名物を提供する店の名前を言った。そこは静香も気になっていた店なので二つ返事で承諾した。1時間待ちがザラと言う人気店なので団子屋を出てすぐに店に向かう。混んでいる時間帯でなかったのであっさり入ることが出来てラッキーだった、と心の中で喜ぶ。

食べている最中、店内にいた女性客がチラチラとこちらを見ているのに気づいた。そう言えば今一緒に居る人は芸能人並みの美形であったことを今ながら思い出す。大して会話をしたこともなかった人とこの2日間常に行動を共にしていたのだ。作家と担当でもない編集が。

改めて考えると中々特殊な状況である。何と言うかこの2日間が日常と切り離されている感じがして、特殊な状況をあっさりと受けいれてしまっている。しかし、新條は頼りになる。スケジュールは新條が立ててくれたし、歩き回っている時も疲れていないか確認してくれたし歩幅も合わせてくれた。これは大層モテるんだろうなと思いながら過ごしていた。

ちなみに静香は新條に対しそういう気は全く起きない。向こうも自分が邪な気持ちを抱いてないと分かっているから親切にしてくれているのだろう。

食べ終わるとお手洗いに行くために席を外した。数分後に戻ると新條に若い女性2人が話しかけている。新條は完璧な笑顔を張り付けて対応している。そのせいでイケる、相手に思われているのか女性達はアレコレ話しかけ続けていた。この道中では互いが一人きりになるタイミングは多々あったが逆ナン(のようなもの)をされているのは初めて見た。静香が見ていないところでされていたかもしれない。バーや居酒屋でお酒の力を借りて話しかける、というのは理解できるが全くの素面で挑むとは中々勇気があると称賛した。新條は酒は強い方らしいが、静香があまり飲めないと知ると自分も飲まない、と言った。恐らく静香に気を遣ってくれたのだと思う。

何となく戻りづらくて新條と女性達のやり取りを眺めていると、女性達が諦めたのか肩を落としながら自分の席へ戻っていった。それを見届けてから席に戻ると新條の完璧な笑顔が普通の笑顔に戻った。心なしか疲れてる様子だ。

「遅くなってすみません」

「いや大丈夫」

「見ていないで助けに入った方が良かったですかね」

最も連れの男性が逆ナンされた経験はないので、どう対処すべきかはよく分かっていない。適当に友人だと押し切ればいいのだろうか。まさか嘘でも彼女だなんて言えない。

「そうだな、次同じことがあったら頼むかも」

笑いながら言った。果たして次があるのか。こんなイレギュラーな状況がまた発生するとは思えなかった。


「次、あるんですかね」

「うーん、ないだろうね」

自分で言いだしたのに自分できっぱり否定した。思わず苦笑する。

「仕事上で関わりほぼないし、友達…というのも何か違うし」

「そんな相手と2日間ずっと行動を共にしていたというのも不思議な話ですね」

「確かに」

異性に対し無意識に壁を作る傾向のあった静香から見ても新條は一緒に居て気が楽ではあった。口数が多い方ではないので新條が話し静香が相槌を打つ、ことが多かったが気まずいと思うこともなかった。ちゃんと話すようになって日が浅いのに。新條には変な威圧感がないのだ。それは櫻井にも言えることだが。新條の場合、どういう風に見られても構わないという思いが根底にあるのでは、と気づいたばかりだ。悪い言い方をすれば「どうでもいいと思っている」からなのかもしれない。決して軽んじているわけではない。気を遣う必要が無くて楽と言う意味だ。雰囲気のせいだろうか。

「先ほどのようなこと、頻繁にあるのですか」

「…そんなにはないよ」

一瞬目が泳いでいた。これは静香が指摘した通り頻繫に声をかけられているのだろう。男がナンパを断る場合より慎重にならないといけない。無下にされ逆上したり男側を悪者にする人もいる。見た目が整っていると言っても、そういう話を聞くとあながち人生がイージーモードというわけでもないのだと思った。

「お疲れ様です」

微妙に引きつった顔で新條は笑い「ありがとう」と答えた。今まで声をかけられた時の事を思い返しているらしい。先程はずっと笑顔で応対していたが、押せ押せだった相手方がああもあっさりと引き下がったのだ。きっぱりと相手の「もしかしたら行けるかも」という僅かな希望を断ち切るようなことを言ったのだろう。如何にも迷惑そうな顔で断るよりも朗らかな笑みを張り付けたまま断られる方がきついかもしれない。

ふと、ここ最近連絡の取れない人の事を思い出す。あの人の場合、勇気を出して声をかけてきた人でも不機嫌なことを隠そうともせず、キツイ言葉を浴びせそうだと勝手に想像した。…思い出したら腹が立って来たので誤魔化すにように半分残っていたウーロン茶を飲み干す。

思い返す限り、さっきを除くと新條が誰かに声をかけられている様子はなかった。良くて妹にしか見えない静香でも人除けくらいにはなっていたのだろうか。多大なる迷惑をかけた人に少しでも役に立てていたら喜ばしい限りだ。せめて東京に戻るまでは声をかけられる煩わしさから解放されれば良いと思った。

その後何事もなく新宿駅に到着すると、そのままあっさり新條とは別れた。現地集合だったので新條がどの路線を使っているかは知らない。糸島経由で連絡を取った際「私を経由するのも面倒でしょ」と本人の許可を得た上でメッセージアプリのIDは交換しているが、使われることは殆どないだろう。

結局のところ何の成果も得られなかった…いや、新條の為人は知ることが出来た。しかし、彼の担当にでもならない限り余り役には立たない。…箱根の名物は堪能出来た。これでは有休を取って箱根に行っただけである。本当に何をしに行ったのか。静香は何とも微妙な心持のまま帰路に着いた。



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