人間不信気味のイケメン作家の担当になりましたが、意外と上手くやれています(でも好かれるのは予想外)

水無月瑠璃

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第一部

18話

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思い返してみても、櫻井と連絡が取れなくなる前の数週間特段変わったことはなかったのだ。強いて上げるとしたら、新條と会社の外で初めて会ったことくらいだ。その日、昼食を買いに外に出た時「雨宮さん」と声をかけられたのだ。振り返ると背の高い、黒縁眼鏡をかけた新條が手を振っていた。長い足であっという間に静香の元まで辿り着くと「久しぶり」とにこやかに挨拶される。

「先生、お久しぶりです。打ち合わせの帰りですか」

彼の著作がドラマ化とのことでその打ち合わせのため頻繁に会社に出向いていると、先輩から聞き及んでいた。

「そう、さっき終わったからどこかで昼食取って帰ろうかなと。雨宮さんは?」

「昼食を買いに出ていまして」

「そうか、もしよければ昼一緒にどう?聞きたいこともあるし」

聞きたいこと、というのは新條より少し身長の低い担当作家の事だと予想が付いた。正直彼について話し出したら余計なことまでポロっと喋ってしまいそうで、誘いに乗るのも気が進まない。もし静香が怪しいことを口走ってしまったとしても新條は追求しないだろうが。それとは別に懸念材料があった。静香は周囲を確認した後「ご一緒したいのは山々なのですが…」と答えを濁す。

「先生顔出しされてますし、私といる所ファンの方に見られでもしたら面倒なことになりませんか」

顔出し以来作品ファンは勿論、モデル顔負けの端正なルックスも相俟ってSNSではかなり話題になったし、若い女性ファンも急増している。そんな新條と成り行きで何も疚しいことがないとはいえ、静香と食事を取っても大丈夫なのか不安に感じた。新條のファンにたかだか食事していただけで発狂するような過激なファンがいるとも思えないが、念には念を入れるべきだ。映像化も控えている作家に余計な波風は立てたくはない。

真剣な顔な静香に新條はポカンとしていたが、すぐにくしゃりと笑った。凛々しい男性の笑顔はかなりの破壊力を持ち、近くにいた若い女性が頬を赤らめポーっと見惚れていた。ちなみに静香はと言うと急に笑い出した新條に対し困惑していた。自分が変なことを言った自覚がなかったからだ。恐る恐る声をかけると「ごめんごめん」と笑い出した事に対し謝罪をされた。

「確かに顔出してるけど芸能人じゃないんだから、バレたことないよ。そんなに心配しなくても大丈夫」

一応伊達眼鏡かけてるけど、声かけられたことないと付け加えた。本人がはっきりこう言っているのだから、本当に心配はないのだろう。確かに何度か雑誌に写真が載ったくらいで一々騒がれない。芸能人も軽く変装していれば周囲にバレないと聞くし、こちらが神経質になっていただけだ。自分の事は友人から窘められるほど大雑把なのに、仕事が関係するとこうだ。
直したいものだ。

「先生が大丈夫とおっしゃるなら」

そもそも自分と新條が並んでいても妹に見えるのが関の山だ。もし騒がれたらどうしよう等と心配するなんておこがましい。静香がそんなことを考えているとは知らない新條はにこやかな笑顔で「雨宮さん何が良い?」と訊ねてくる。








話し合った末2人は近くにあったレトロな喫茶店に入る。因みに櫻井に引っ張りこまれた店とは別だ。この店のランチタイムは1000円以内で食べれるお得なメニューを提供しており会社の人も良く来ているという。新條といるところを見られたとして社交的な彼が聞かれた際上手く説明してくれるはずと勝手に期待していた。自分は彼の友人の担当編集なのだから。

店内はお昼時ということもあり混雑していたが、運よくすぐ席に案内された。通されたのは窓側の席。通行人から丸見えの席だが別に構わなかった。道行く人も喫茶店の中をジロジロ覗くほど暇ではない。向かい合わせて座った静香と新條は手早くメニューを決めると店員を呼んだ。新條は兎も角静香にはそれほど時間がないため、テキパキやる必要があった。

互いに注文を終えて店員が居なくなった後、水を一口飲んだ新條が「早速だけど」と切り出す。

「アイツとはどう?上手くやれてる?」

「そうですね、まあぼちぼちと言ったところでしょうか」

ストレートに聞かれたが、ここ最近合ったことを全て話すことも出来ないので丸っきり嘘ではない範囲で誤魔化す。「上手く」やっているのは間違いではない。

「そうか、良かった良かった」

「本当に清水先生のこと、心配していらっしゃるんですね」

安心したと顔を綻ばせる新條。その様子を見ると友人として櫻井に寄り添っているのだと分かる。当の本人は未だに友達と素直に言えないそうだが。彼の事だ、素直に認めたら負けだとでも思っている可能性がある。

「心配というか、アイツの小説好きだからさ。折角売れてても本人の態度が悪すぎて、作品出すのが厳しいなんてことになったら困るから。多少は自分の欲も入ってる」

友人であると同時にファンでもあったらしい。同期作家で年も近いとなると互いに意識し、ライバルとして高め合う関係に落ち着く人たちも多い。2人もそのタイプだったということだ。相槌を打ちながら話を聞いていると笑顔だった新條の表情が翳り、曇って行く。見たことない新條の雰囲気にどう反応していいか躊躇っていると、向こうの方から口を開いた。

「雨宮さんアイツと俺のデビュー作って読んだことある?」

やけに真剣な眼差しで聞かれたので、静香も釣られて「あります」と改まって答える。新條のデビュー作は所謂「日常の謎」をテーマにしたライトミステリーだ。派手さはないが心理描写と伏線の張り巡らし方が秀逸だったそうで、清水が居なかったら大賞に選ばれていただろうと。

実際大賞を決めるのはかなり難航したと聞いている。その辺りの裏事情を当然新條達は知らない。静香も謎が解かれていく鮮やかさ、人と人との繋がりを繊細に描写しているところが良かった。率直な感想を言うと新條は照れて右手で口元を覆ってしまった。

「面と向かって言われるのって恥ずかしい」

口ではそう言っているものの数分もしたら落ち着きを取り戻し、どこか昏い表情でこちらを見つめる。そして「こんなこと話されても困るだろうけど」と前置きして様子を窺い出す。何か話したいことがあるようだが、迷っている様子。いつも明朗快活な新條とは結び付かない姿に驚いたものの、「大丈夫です、どうぞ」と促す。雰囲気からして明るい話でないのは予想は付いていたが、誰かに話すことで気が楽になるのなら話せばいいと思った。静香の同意を得た新條は視線をテーブルに落としつつ語り出す。

「…俺昔からミステリーが好きで、豊川で受賞する前は本格的なミステリー書いては応募を繰り返してたんだ。結果は良い所まで行くけど受賞には至らず、それで息抜きのつもりで受賞作書いたら金賞。嬉しかったんだけど複雑でね、本格ミステリー書く才能はなかったんだって突き付けられた気分だった。それに追い打ちかけたのがアイツ。俺がどれだけ書いても駄目だった本格ミステリーで大賞受賞、しかも年下。受賞作読んだときに思った、『この人には絶対勝てない』って」

「…それは」

「勝ち負けじゃないっていうのも、好きって言いながら同世代の作品読んだだけで戦意喪失するなんて情けないっていうのも分かってる」

前半は兎も角後半は思っていないと口に出そうとしたが、憚られた。今は新條の話を聞くことを優先すべきだと。

「たまに本格ミステリー書きませんかって声かけられるんだけど、書いたら絶対清水学と比べられると思うとどうにも書けなくて。というか評価されるのが怖くて書きたくないんだ」

そんなことはない、とは言えなかった。同じ賞からデビューしたかつ年も近いとなると比べたがる人間は出てくる。静香個人の意見を言えば清水と新條は書いているジャンルが違えど作風が違うし、比べようにも難しいのだが。正直ミステリー作品は題材、作風問わずこの世に溢れているし、その中で2人の作品を比べて重箱の隅をつつくような真似をする人間はファンの皮を被っているだけの有象無象だ、気にする必要はないと新條も分かってはいるはずだが。

こういう問題は理屈でどうにかなるものではない。本人が清水に「勝てない」とコンプレックスを抱いている以上、同じ土俵に上がりたくない。書きたくても書けないのだろう。こればかりは外野が口を出してどうにかなる問題ではない、本人の気持ちの問題だ。

しかし昔から好きで書いていたというのだから、書きたいという欲求は未だに新條の中に燻ぶっているのだ。本人の葛藤している心の裡も短いやり取りの中で伝わって来た。そう言えば彼の担当である先輩は「先生の本格ミステリー読みたい人多いだろうし絶対売れるのに」と酒の席で零していたのを思い出す。

本人も書きたいという気持ちがあり編集の方も乗り気なら、「書けばいいのでは」と他人事のような返しをしてしまうのは静香が文字通りの部外者だから。逆に下手に踏み込んだ話をするのも良くない、担当の顔を潰すことになる。

新條が静香に急にこんな話を聞かせた真意は分からない。内容が内容なだけに櫻井にも話してない、と思う。あっさり打ち明け「あなたのファンです」と詰め寄った可能性も否定できない。ちゃんと話すのが今回2回目の自分に打ち明けた理由は不明ながら、取り敢えず何か言った方が良いと思った。

「これは仕事関係なく私個人の意見ですが、お2人は書くジャンルが違うことを除いても作風が違います。たとえ同じジャンルを書いたとしてもお2人の特色が顕著に表れるかと。先生の担当の糸島さん、売り上げより作家本人の要望を出来る限り聞く方です、ご存知でしょうが。先生の抱えている不安を伝えれば一緒に考えてくれるはずです。勿論、決めるのは先生です、こんな言い方になって申し訳ありませんが書きたいという気持ちが合って、その環境が整っているのなら後悔しない選択をするべきだと思います。書いて後悔するより書かなくて後悔する方が余程引き摺ります」

言いたいことを言い終わると水を一口飲む。新條はただ黙って話を聞いている。呆れたり気分を害している様子は見られない。我ながら好き勝手かつ結局どっちつかずなことしか言っていないからだ。

しかし、直接的に「どうするべきか」と相談されたわけではないしそれで不満を表に出されても困る。最も新條の性格なら望みの返答が得られなかったからと不機嫌になることもないと見ていた。黙っていた新條の口が開く。




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