人間不信気味のイケメン作家の担当になりましたが、意外と上手くやれています(でも好かれるのは予想外)

水無月瑠璃

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第一部

15話

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時間にして20分後、母親直伝で良く作って
くれた卵とじうどん、お茶、薬を飲む用の水をお盆に置き、寝室に持っていく準備をしていた。味見もしたし我ながら上手くできたと思う。…多分。自分は味音痴ではない。正直自分が食べたいくらいだ。しかし一人分しか作ってない。今日の夕飯はうどんにしようかな、と呑気なことを考えながら寝室(推定)のドアを遠慮がちにノックした。デニムスカートのポケットに入れていたスマホがブー、と振動する。入ってくれ、という合図か。

「…失礼します」

変な緊張を抱きながら恐る恐るドアを開ける。初めて足を踏み入れた寝室は1人暮らしにしてはやはり広く、壁側の端に机と座り心地の良さそうな椅子、真ん中にベッド、サイドテーブル、本棚の順で配置されている。反対の壁側にはリビングより小さめのテレビ。寝てばかりいて眠れなくなっても退屈せずに済みそうな部屋だ。

書斎と時々この部屋で原稿を書くのだろうか、と勝手に想像した。書斎は机を本棚が囲んでいる、文字通り本の空間と化していたが、この部屋は息抜きも適宜出来るようにレイアウトされている。本好きとして喉から手が出る程羨ましい空間だ。いつかの将来、部屋をまるまる2つくらい書斎にしたいという、ささやかな野望を抱いている。

この部屋の主人たる櫻井はやはりボーっとした目でこちらを見ている。サイドテーブルには手つかずのスポーツドリンク2本、半分以下まで減ったペットボトルとスマホが置かれていた。この短時間でこれだけ減るとは相当喉が渇いていたらしい。サイドテーブルの上を片手で整理しようとしたら櫻井がそれに気づき、物をどけてお盆を置きやすいようにしてくれた。そっと空いた場所にお盆を置く。

「卵とじうどんです、何度も作ってますし味見もしたので大丈夫だと思います、多分」

「多分」

自分で予防線を張りまくる静香に不安げな目線を向けた後、マスク越しの籠った声で「いただきます」と言うとマスクを外した。やはり顔が赤い、まだ熱は高いみたいだ。チラリと部屋の端に配置している机の上を見やると市販の風邪薬の箱が無造作に置いてあり、中から飛び出した薬のケースは何錠か減っている。熱が高くなる前に何か腹に入れて薬を飲んだのだろうか。何も腹に入れていないわけではない可能性が出て来て、少しホッとした。

櫻井は箸でうどんを掬い、フーフーと息を吹きかけ覚ますと勢いよく啜る。普段より細めな瞳がほんの少し見開かれた。

「美味い…」

その言葉が返って来て安心した。その呟きに「意外にも」という響きが含まれてる気がするのは目を瞑る。

「料理出来るんだ」

「まあ一応、うどんは余程の事がなければ失敗しませんよ」

だしを取ることも出来たが、そこまで手の込んだことをする時間はない。冷蔵庫にあっためんつゆを使ったので誰が作ってもそれなりの味になる。これで料理が出来ると思われるのも気恥ずかしい。それを熱でボーっとしている櫻井に気づかれるわけないと理解していたけど、妙に落ち着かない。食べている時に人に見られていては嫌だろうと思い、一言言って寝室から出ようとした時。

「…風邪ひいている時に傍に人がいるの、初めてだから何か新鮮」

ポツリと呟かれた言葉は鮮明に静香の耳に届いた。その響きと表情からは一抹の寂しさが感じられた。今まさに言おうとしていた言葉を咄嗟に飲み込むと、目を伏せた櫻井の顔を見た。どうにも、今の櫻井を一人にするのは忍びないと思い、当たり障りのない言葉をかける。

「…そうなんですか」

静香が聞き返したのが意外なのか、こちらを見てほんの少し目を見開いた後続けた。

「…親は仕事で忙しくて殆ど家に居なかったし、居たとしても兄ばかりに構ってたから。一々頼るのも面倒で引きこもって寝てた」

静香は彼の悲し気な声音に、心の中に抱えているものの一端を見た気がした。家族に付いて触れると、より一層周囲を拒絶すると聞いた。家族と折り合いが悪いのは容易に想像が付いたが、思いの外「家族」との溝は深いのかもしれない。この話を聞く限り、子供の頃から寂しい思いをしていたようだ。

「こんな性格だから、こういう時頼る友達とかも居ないし。熱出た時は無理矢理起きて全部自分でしてた。一人の方が楽だから今まで何とも思ってなかったけど」

一度言葉を切ると、決して目線をこちらに合わせないまま言った。

「今雨宮さんが居てくれて、凄く安心してる」

自分で言ったのに恥ずかしいのかうどんをサイドテーブルに置き頭を掻いた、誤魔化すように。


「弱っている時、ペラペラ余計な事喋るのって本当なんだな…今の忘れて」

ただでさえ赤い顔が、より真っ赤になる。熱がぶり返してしまったようだ。この反応を見るに弱っていて口が滑りやすくなっているのは疑いようがない。平素なら絶対こんなこと言わないはずだ。おまけにうどんを作っただけの看病と言えるか危うい静香の行為を、些か重く受け止められている。余程「看病」が新鮮だったのだ。裏を返せばそれは、彼の今までの孤独を物語っているとも取れる。

本来今告げた言葉は友人や恋人に対して向けられていたものだ。本人の自己申告だが、初めて看病したという相手が仕事相手の自分だという事実に、申し訳ないという気持ちが生まれてくる。


静香は体調が悪く弱っている時に母やお手伝いさんが傍にいてくれた時、とても安心出来たし1人でないという事実だけで身体の怠さも和らいだ。しかし、それは気の許せる相手が看病してくれたから、というのが大きい。新條の言葉を鵜呑みにするのならば、櫻井は静香の事を看病してもらって、安心できる程度は気を許していることになる。

が、どうやっても自分たちは作家と担当編集。仕事を通じて繋がっているだけの関係だ。友人でも何でもない。弱っている時に傍にいるべきなのは、やはり新條や仲のいい友人(推定)だ。

しかし、普段より弱っていて心細さから静香相手でも安心出来ると口にしたのだとしても。今はもう少し櫻井の側に居たいと思った。この自分の胸の裡を弱っている時でないと明かすことの出来ない人の。部屋を出て行くのを一旦辞め、少しだけベッドに近づいた。自分が同性の友人だったのなら、ベッドの側に座る真似をしても何ら問題はない。けれど自分には出来ない、この距離が仕事相手に許されている限界だ。

急に近づいた静香を櫻井は不思議に思っている顔で見上げる。

「どうかした?」

「いえ、先生に安心出来ると思っていただけて光栄だな、と」

「忘れてって言ったんだけど」

櫻井は両手で顔を覆った。指の隙間から覗く瞳は恨みがましいと訴えていたが、いつもの迫力はない。静香は気にせず、微笑を浮かべて流した。

「明日になったら忘れますよ。私リビングに居るので、食べ終わったら呼んでください」

言いたいことは言ったので、用は済んだと踵を返し部屋を出て行こうとした。が、櫻井は顔を覆っていた手を外すとゆっくりと顔をこちらに向ける。



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