人間不信気味のイケメン作家の担当になりましたが、意外と上手くやれています(でも好かれるのは予想外)

水無月瑠璃

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第一部

14話

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「以前助けていただいた借りをお返ししたいと思っているのですが、何か手伝いましょうか」

「…は?何で」

「先生かなり体調悪いですよね、このまま帰って悪化したと知らされたら寝覚めが悪いので。勿論先生がご迷惑だというのなら無理にとは言いません」

電話の向こうからは荒い呼吸しか聞こえない。どうするべきか悩んでいるのだろうが、電話越してもきついのだというのが伝わってきた。ここで断られたら、もう出来ることはない。悪化しないようにと神頼みをするほかない。暫く経ち、ハーッと深いため息を吐いた。

「…ちょっと待ってて」

そう言うと電話が切れた。スマホを仕舞い、暫く待っていると唐突にドアが開かれた。出て来た櫻井はマスクを付け、グレーのスウェットに黒のカーディガンを羽織っていた。おでこに冷却シートを張り付けている。確認できる目元はとろんとしており、息が荒いしマスクから見える頬は赤い。櫻井は徐に左手を差し出して来た。その手にはマスクが握られていた。

「移したら悪いからこれ付けて、あと出来るだけ距離を取って」

静香は受け取ったマスクを付けた。それを見た櫻井は念を押すように鋭い目つきで「…2メートルくらい離れて」と言って来た。却って気を遣わせてしまっているな、と強引に手伝いを申し出たことを少し後悔し始めた。それでも今更辞める気はない。ドアノブに引っかけたビニール袋を手に取ると部屋の中に入る。

2メートルどころかそれ以上離れて歩いていた櫻井がマスクの下でニヤついていたことを静香が知ることはなかった。




リビングに移動し、早々にソファーに腰掛けた櫻井。立っているのもやっとだったようだ。静香はテーブルにビニール袋、床にカバンを置く。

「病院は行きましたか?」

「行ってない、様子見て行こうと思ってたらこうなった」

てっきり病院嫌いだと思っていたので意外だった。何故そうだと思い込んでいたかは分からない。しかし、様子見していたら行くのが億劫になるくらい悪くなるのはあり得る話だ。

「ちなみに熱は何度ですか」

「38・7」

「寝てください今すぐ」

というかそんな高熱を出していて会話出来ていたのが不思議だ。そんな大事なこと最初に言って欲しかった。

「そんな高熱、インフルエンザの可能性もありますね、関節痛や喉の痛み、咳は」

鬼気迫る様子で訊ねる静香に櫻井はたじろぎつつも「ない、熱だけ」と答えた。

「高熱だけ…なら疲れから…?兎に角寝ていてください。先生人が作った料理平気ですか、駄目なら何か買って来ますが」

「いや、大丈夫…」

「分かりました。口に合わなかったら申し訳ありません」

「作って貰った立場で文句言う程人間終わってないよ、寧ろたかが仕事相手にここまでしてもらって申し訳ないと思ってる」

言葉に棘が含まれている気がした。前回の静香の言葉を気にしていたのか。紛れもない事実だろうに。静香も病人に突っかかる程ではないので特に触れない。

「さっきも言いましたが借りを返しに来ただけですよ」

敢えて強い語気で、自分に言い聞かせるように答えると櫻井は目を伏せ「そういえばそうだったな」と呟いた。声音に寂しさが含まれていたのは恐らく気のせいだ。静香はビニール袋から買って来たものを取りだし、冷やす必要のあるものを分けてスポーツドリンクを櫻井の前に並べた。床に置いたカバンからポーチを取り出し、ゴムを取ると髪を束ねる。すると後ろから引きつったような声が聞こえた。振り返ると櫻井が姿勢を崩し、こちらを凝視している。

「どうしました?」

「いや、髪束ねたの初めて見たから」

確かに櫻井と顔を合わせる時は下ろしていた。だからといってそんなに驚くものか、解せない。食い入るように静香のポニーテールを凝視している。もしやポニーテールが好きなのだろうか、好きな髪型ならば誰であろうと関係ないのか。以前部屋で鉢合わせした女性はロングヘアをそのまま流していたと記憶しているが、情報がないのに考えても答えに辿り着けそうになかった。

「料理するんですから束ねますよ、夏になると殆ど束ねてますね」

「…ふーん、そう」

含みのある返事をすると怠そうにソファーから立ち上がった。スポーツドリンクを手に持つと「じゃあ悪いけど俺部屋戻る、もし寝てたらスマホ慣らして起こして」と言い残しフラフラとして足取りで、すぐ近くにあるドアから消えて行った。廊下とリビングを繋ぐドア以外にもう一つドアがあるのは分かっていたが、そこが寝室だったようだ。初めて知った。書斎とこのリビング以外足を踏み入れたことがないし、どこが何の部屋なのか一々聞くこともない。

その後ろ姿姿を見送った後、何を食べたいか希望を聞くのを忘れたことに気づく。自分が風邪を引いたとき、母親はうどんやお粥を作ってくれていた。どっちか、失敗しなさそうな方を作るべきだと思ったが、まずこの家の冷蔵庫の中身を確認しないといけない。今更ながら人の家のキッチンで料理をするというのは妙に緊張する。ただでさえ静香の部屋のキッチンより広いし手入れが行き届いているのだ、無理もない。鍋とかを焦がさないように気を付けよう、焦がしたことないけれど。

一人暮らしにしては大き目な冷蔵庫を開けた。卵、牛乳、作り置きのピクルス、肉、野菜、リンゴが何個か。普段料理するというのが分かる中身だったが、レンジで温めたり湯煎ですぐ食べられるレトルト食品は一切なかった。食べないから買っていなのか、たまたま切らしていただけかは不明だが、あの熱ではキッチンに立つことすら難しいだろう。

今の時間は19時半過ぎ。胃に何か入れて、薬を飲んで寝て貰った方が良い。グダグダしてないで早く作業に取り掛かろう。と思ったが、結局何を作ればいいのか。冷凍庫を見たら冷凍うどんはあったし、冷蔵庫の横に米びつもある。お粥、おじや、うどん作ろうと思えばどれでも作れる、が。

(お粥作ったことないや)

一人暮らししてから風邪を引いたことがないので当然と言えば当然だ。お粥は健康にいいと言われているので風邪以外でも食べたい人は作るだろうが、静香の健康志向は対して高くない。よって作った経験皆無。今の時代ネットで調べればいろんな人が投稿したレシピをいくらでも閲覧できるが、作ったことのない料理をぶっつけ本番で人に食べさせる真似はしない。相手に失礼である。

つまるところ選択肢からお粥が消えるわけで。じゃあ何を作るか…こんな風に悩んでいる時間が勿体ない。さっきから隣の寝室は物音一つしない。待ちきれずに眠ってしまったかもしれない。

(作り慣れているのにしよう)

作る物を決めた静香は手を洗い調理に取り掛かる。
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