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第一部
7話
しおりを挟む「…こりゃ大変そうだな」
「?何かおっしゃいました?」
「いや、何も。清水の奴、雨宮さんのこと褒めてたよ。自分の言いたいこと汲み取ってくれて、もっとこうした方が良いってはっきり言ってくれるからやりやすい。あと資料集めもしてくれて物凄く助かってるって」
「…」
一瞬自分の耳を疑った。てっきり不満や愚痴を垂れ流していると思っていたのに、蓋を開けてみたらそこそこ持ち上げられていた。背中がむず痒くなるしにわかには信じがたい。
「…新條先生、私に気を遣って下さらなくても良いですよ?本当は口が悪いとか遠慮を知らないとか言っているのでは?」
すると新條は苦笑いを浮かべ、首を横に振る。
「そこまで信用ないってあいつ普段どれだけ…うーん、信じられないと思うけど俺嘘は言ってないから。気になるなら直接」
「聞いて話すと思いますか?」
「うん、ないな」
提案しておいて自分で否定しないで欲しい。確かに新條が静香に嘘を言う理由はない…友人の心証を良くしたいがために嘘を吐いた可能性も捨てきれない。そこまで疑うのもどうかと思うが、普段の櫻井を見ていると友人相手には自分の事を褒めていた、と知っても、はいそうですか、と簡単には鵜呑みに出来ない。
「正直に言いますと、拒絶されてはいないと思います。好かれても嫌われてもいないと思いますけど」
要するによく分からないのだ。仕事をする上で支障はないから構わない。
「俺からすると清水、割と雨宮さんに気を許していると思うよ」
「それは物珍しさからでは?先生、私が自分の容姿に関心を持たなかったのを驚いていたので」
容姿の良い人間が、興味を示さない人間を気にし始めるのはあり得ることだ。櫻井もそのパターンだろう、恐らく今までの人生相当チヤホヤされてきたはず。すると新條は気まずそうな表情になる。
「…あー、まあそういうこともあるっちゃあるだろうけど…俺からはこれ以上は言えない、ごめん」
言葉を濁されたと思ったら謝罪された。含みのある言い方だったが、特に気にならなかったので、それ以上は追求しない。ふと新條が真剣な顔つきになる。
「俺から言われても困るだろうけど、雨宮さんあいつの事よろしく頼む。これ以上担当変わったら流石に危ないだろうし…」
何度も態度を改めるように言ったが駄目だったと新條は悔しそうに呟いた。誰かに注意されて更生するような殊勝な性格をしていたら、今こうはなっていないだろうし注意される度に頑なになってもおかしくない。新條が友人として櫻井の進退を心配しているのが伝わってくる。
(これだけ気に掛けてくれている人を友達じゃないって…素直じゃないな)
呆れつつも、碌に関わりのない自分に櫻井のことを頼みに来た新條を改めて見据えた。
「最初の顔合わせの時にこちらからは担当を降りないと啖呵を切ってしまいましたので。私の方からは降りるつもりはありません」
静香の答えが意外だったのか新條は目を見開いた。
「あいつに啖呵切るの凄くない?背高いし無愛想だし威圧感あるだろう」
「…ああ、確かに」
なまじ顔の造形が整っていると、怒っているわけでもない普段通りの真顔でも圧を感じることがある。しかし、思い返しても櫻井に対し委縮した記憶はない。この人自分の事信用する気がないんだ、と雰囲気で悟りはしたが緊張も皆無だった。
「今思い出したの?…度胸あるね」
「色々鈍いだけですよ」
「そんなことないって」
その後新條の次の予定の時間が来たため、2人はその場で別れ静香は自分のデスクに戻った。スケジュール帳を確認すると次の打ち合わせは半月後。ちょくちょく進捗の確認や気になる箇所の相談に乗っているが直接会う機会は少ない。「東雲先生」の原稿が終わったら次は「神宮寺恭一郎」と雑誌で連載している小説に取り掛かる必要がある。
確か櫻井は他社でも3作品書いている。彼の部屋で他社の編集と顔を合わせたことはない、そうならないように調整しているのだろう。漫画編集の話だが、自分の担当作品と他社での作品の締め切りが重なり、「どっちを先に完成させるか」という熾烈なのかよく分からない状況が発生したとかしないとか。最悪連載形式ではない小説は延期と道も取れるが漫画はそうはいかない。締め切りが被らないように対策するのも仕事のうちだとか。
しかし小説も締め切りが複数被る、ということも普通にあり得る。その度にヒーヒー言いながらPCに噛り付く作家も多いと聞く。静香の担当作家の中で現在進行中の作品が多いのはぶっちぎりで櫻井だ。仕事の詰め過ぎで体調を崩す可能性は高い。しかし。
(下手に言ったら、心配される筋合いはないって返されそう)
人に弱みを見せるのを良しとしない印象を彼には抱いている。踏み込み過ぎたら初対面の時より強固な壁を作られてしまう、それは困る。近づきすぎず、かといって距離を作り過ぎないように気を付けなければ。
(次顔を合わせたら一応サイン会のことも聞いてみよう)
望みはゼロに近いけど、と自分で言った傍から否定した。
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