人間不信気味のイケメン作家の担当になりましたが、意外と上手くやれています(でも好かれるのは予想外)

水無月瑠璃

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第一部

5話

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「…マジで遊園地行ったんだ」

半月後、打ち合わせのため櫻井の部屋に出向いた際お望みの写真と写真には撮れないホラーハウス、ミラーハウスに入った時の個人的な感想をまとめた文書を渡した。渡された櫻井は何故かバツが悪そうな顔をしている。要望通りにしたのにどうしてそんな顔をしているのだろうか。

「行けと言ったのは先生ですよ」

「1人で?」

「はい、連れが居ないというのも結構気楽でいいですね」

行ったのは都内にあるそこそこの広さと知名度を誇る遊園地。某遊園地と違い休日でも人でごった返しておらず、アトラクションのそれほど待たずに乗れたしレストランも時間をずらせばすぐに入れた。修学旅行の時友人とワイワイ喋りながら次にどこに行くか決めるのも楽しかったが、誰のペースに合わせるわけでもなく気ままに園内を練り歩くのも悪くない。その時の事を思い出している静香を尻目に櫻井の顔色は徐々に悪くなる。

「先生、体調悪いんですか」

「…無理してない?」

何と自分から言った癖に本当に静香が行ったと知ると、気遣う素振りを見せ始める。初日の偉そうでふてぶてしい態度も今は垣間見えない。

「…していませんが」

確かに最初に要求された時、気乗りはしなかった。櫻井の意図が透けて見えていたから尚更だ。しかし、実際に体験してみなければ分からないとは言ったもので。それなりに楽しめたので無理も何もない。元々静香は1人でどこかに行くのを苦痛に感じない、何人かと喋りながら楽しみたいという人には苦痛だろうが。

「やれと言った側からそのようなことを言われるとは、思いもしませんでしたね」

平然と返すと櫻井は下唇を噛んだ。気遣ってやったのに、という不服さが伝わる。

「若い女性ってライオン並みにどこに行くにも群れるだろ、だからさっさと突っぱねると思ったのに『了承した』ってメールが来てそれっきり。どうせ口先だけかと思ったら…本当に1人で行くとは思わなかった」

渡した写真の入った封筒と書類に視線を落としながらため息を吐かれた。

「先生の中の女性像どうなっているんですか、そうじゃない人も当然いますよ」

静香は「そうじゃない方」だった。友人は居たが1人で居ることも多々あった。中高校のクラスメートはトイレに行くのすら何人かで連れ立っていたのを思い出す。男子と大差ないなと当時思っていたことは内緒。

「高校の頃のクラスメートは1人になると死ぬウサギかってレベルで誰かにくっ付いている奴しか記憶に残っていない」

「それ以外にもいましたよ絶対、先生がクラスメートにあまり関心がなかっただけでは」

それでも覚えてはいるのは意外だ。人嫌いを自称するからてっきり学生時代のクラスメートがどんな人だったかなんて覚えていないと思っていた。すると櫻井は苦々しい顔になる。

「関心なかったのは本当だけど、覚えているのはそういう奴に付き纏われたから」

トラウマ故に根強く覚えているだけだった。やはりというか、こんな態度でもモテていたらしい。如何にも冷たい、周囲と慣れ合わない男は若い時モテると何かで読んだ気がする。

「先生にアプローチする方が我が強いといいますか集団の中心になっていそうな方が多そうですね」

そういう人は兎に角群れる、命を狙われているのかってレベルで。その集団のまま突進してこられたら相当の圧を感じていたはず。当たっていたのか目を大きく見開かれた。

「何で分かった?」

「先生のような端正な顔立ちで冷ややかな雰囲気を纏っている方に声をかけるには、相当自分に自信がないと難しいと思ったので」

「…」

櫻井は怪訝な視線を静香に向ける。何か変なことを自分は言っただろうか。

「何か?」

「…雨宮さんが俺の顔をそういう風に捉えていたことに驚きを隠せなくて」

自分の事を何だと思っているのだろう。静香も整っているものを素直に称賛することはある。大方静香が櫻井に会ってから一度も意識している素振りを見せていないからそう思うに至ったのだ。しかし、自分と会った女性は皆自分に関心を抱くとでも思っているのだろうか。大層な自信だが、それが嫌味になっていないのが凄い。

「私も人並みの感性は持ち合わせていますよ、それとも先生は仕事中に色目を使われたかったのですか」

櫻井の眉間に皺が寄り始める。編集長の言っていた若い編集の事を思い出しているのだろうか。昨今美人だ、かっこいいだという言葉も多用しすぎるとセクハラに当たることがある。仕事相手に過度に容姿を持ち上げられても煩わしさしか感じない、櫻井のように人そのものを煩わしいと思っているなら尚更だ。

「先生は若い私では不安かもしれませんが、仕事相手に邪な感情は絶対抱きません。仕事とプライベートは分ける主義なので、ご安心ください」

ほんの少し口角を上げて告げると、櫻井は眉毛をピクリと動かす。そのまま目線を下に移動させ口を引き結んだが、すぐに目線が戻った。

「別にそのことには全く心配してないけど。俺からも一応言っとく、こっちも仕事相手に手を出す程困ってないしそもそも年下は興味ないから、安心して」

最後は鼻で笑われた。こちらとしてはそんな心配は端からしていないが、その言い方だとこちらがフラれたみたいだ、告白以前に好意すら一ミリも抱いていないのに。勝負もしていないのに負けた気分になる。

「お気遣いどうも」

あくまで平坦に、少しばかり感じた苛立ちを感じさせないように努めた。静香の意図を感じとった櫻井は何も言わず、自分を見下ろしている。と思ったら写真をペラペラと見始めた。資料として使えるか見定めているのだ。

「結構撮って…え」

ある写真を見ていた時櫻井の手が止まった。適度に距離を保ちつつ覗き込むと。静香が昼に食べたカツカレーの写真だった。どこにも変な箇所は見当たらない、カレーの量が多いことを除けば。あ、と声を上げそうになる。一応昼食の写真も撮ってはいたが、使わないだろうから現像はしないつもりだったのだ。が、すっかり忘れて、そのまま他の写真と一緒に渡していたらしい。自分がそれなりの大食漢あることが仕事相手にバレてしまい、仄かな羞恥心が生まれて来た。櫻井は写真を眺めた後ポツリと訊ねる。

「…これ1人で食べた?」

「1人で行ったんですから、私以外に誰が食べるというんですか」

「遠近法が狂っているわけでも」

「そこまで写真撮るの下手ではありませんよ」

口を尖らせると「そういう意味で言ったんじゃない」と謝られた。では何故何度も瞬きをして写真を食い入るように見ているのだ、大体の予想は付くが。

「先生が思っていること当てます、『こいつこんな量食ったのか』」

「いや、こいつとは思って…あ」

思っていたことを認めた。静香は細身の割に大食漢なので時折大盛りを頼むと絶対驚かれる。あの日もアトラクションを色んな角度から写真に収めたり、感想を書き留めるのに忙しく歩き回ったため空腹だったのだ。適当に選んだレストランに全てのメニューが大盛りに出来るオプションが付いていたので、迷わず頼んだ、それだけのこと。ボリュームが凄くて後半きつかったけれど。

「絶対驚かれるんですよ、そんなに小食に見えるんでしょうか」

「雨宮さんの場合ほそ…」

不自然に言葉が途切れ、目線を逸らされる。後に続く言葉は予想が付く、初対面の時にもあった。櫻井は振り回そうとする割に細かいところで気を遣っている。年齢を答えさせない、悪意がなくとも身体的特徴について言及しない。セクハラがどうのと言っていたし、その辺りで余計なことを言わないために細心の注意を払っている。もしかして意外と他人に対し配慮出来る人なのかもしれない。言いたくないようなので静香は櫻井が呑み込んだ言葉を受け取った。

「先生のおっしゃろうとした理由でしょうね、太りづらいのでつい食べ過ぎてしまって」

「世の女性を敵に回すような発言。食べるの好きならいいんじゃない、健康的だし、食べ過ぎは良くないけど」

写真を見ながらポツリと答えた。本人からしたらふと口に出ただけなのだろう、だが静香には何かが刺さった。

静香は酒に強くないので飲み会に出席しても料理ばかり食べている。以前その食べっぷりに驚いたのか、引いたのか。「よく食べるね、お昼抜いてきた?」とその場にいた誰かに言われた。言った本人はこちらを揶揄うつもりはなかったはずで、つい思ったことが酒が入っていたこともあり口から漏れてしまった、それだけだ。知り合いがフォローしてはくれたし、自分は一々細かいことを気にする性格でもない。

それでも時々喉に小骨が残っているように、頭の片隅に蘇る。櫻井がカレーの写真に目を止めた時、嫌味の1つでも言われるものと覚悟はしていた。だから普通に肯定されて少々拍子抜けしている。端から櫻井が嫌味を言うものと判断しているのは流石に失礼だった、人の嗜好を一々あげつらう人ではなかった。

初対面のインパクトのせいか、こんな些細な事でも櫻井に対する印象が自分の中で変わっていくことを感じる。

(一応無理していないか聞いては来たし、それ程問題はある人でもないのかも)

とほんの少し見方を改めようとしていたその時。

「…下手ではないけど上手くもないな、写真の撮り方」


ピシ、とこの場の空気に亀裂が入る音がした。

「撮り慣れてない人が撮ったって分かりやすい、撮った角度とかで」

風景画を撮って来いとは言われていない、あくまで創作で使う資料だからそれなりの写真を求められても困る。

「はあ、それならご自分で撮りに行った方がよろしいのでは」

「嫌だよ人混み嫌い」

何でそんなに偉そうな態度を取れるのか。売れっ子作家と担当編集、実際作家の方が偉いのだが…。ケチをつけるくらいなら建物についての資料読み込んで自分の想像力で補え、は流石に言わない。言ったら後々面倒なことになる、確実に。ここはさっさと流すが吉。

「そうですか、では写真も渡しましたので打ち合わせ始めましょう」

と、PCやら何やら打ち合わせに必要なものをカバンから取り出す。偉そうに開き直っていた櫻井は静香の切り替えの早さに戸惑っているのか、言いたいことでもあるのかこちらをじっと見ている。

(え、何。さっきの話もう終わったよね…あ)

櫻井の言いたいこと読み取れた静香は目を見て、申し訳なさそうに告げた。

「お土産ならないですよ、気が回らなくて申し訳ありません。必要なら予め伝えてくだされば」

「は?何言ってんの、別にお土産のこと何て考えてないんだけど」

しかし間違っていたようで、櫻井は呆れ返った声を出した。心なしか声のトーンも低くなる。

「違うんですか、言いたい事がありそうだったのでてっきりお土産の催促をしているのかと」

「全く違う、俺は」

と、ここで口を噤んでしまった。お土産の事ではないのなら何なのか。急かすわけではないが櫻井の顔をじっと見ていると、「何でもない」と急にそっぽを向いてキッチンへと向かう。何か持ってきてくれるらしい。一体何だったんだ、と思わなくもないが何でもない、と本人が言うのだ。この話題についての追求は辞めた。

リビングのテーブルからは良くは見えないがキッチンも最新設備のものだ。流石高級マンション。そういえば櫻井は料理はするのだろうか、しないのならばキッチンが勿体ないな、と大きなお世話なことを考えていた。

前回の打ち合わせの記録を確認しつつ櫻井を待っている静香。

そんな彼女を気づかれないようにチラッと見ている男が1人。

「…何で一言礼が言えないんだ」

誰にも聞かれることのない呟きはそのまま消えていった。






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