人間不信気味のイケメン作家の担当になりましたが、意外と上手くやれています(でも好かれるのは予想外)

水無月瑠璃

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第一部

2話

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「…何だあれ」

「大人しそうな子かと思ったら、強いわ…それにしてもお人形さんみたい」

「人形…まあ確かに顔立ちは綺麗めだったけど」

「…私あまり表情が変わらないって意味で言ったんだけど…あんたああいう子がタイプなの?ふーん、でも諦めなさい、顔が良くてもその腐った性根をどうにかしない限り来世でも無理」

「は?そういうのじゃ…早く帰れば?」

「言われなくても帰るわよ、限定のスイーツに釣られて来たら面倒なことをやらされたわ…あ、そうそうこれあげる、お姉さんからの激励」

「…って!要らないわこんなもの、そもそも家に連れ込まないし」

「別に隠しとけば邪魔にならないでしょ、マナーよマナー」

「俺の性根がどうとか以前にあんたも性格最悪だろ、ゴム押し付けるとか」

「別に困らないから問題ないわよ。それじゃあまた今度」

パタンと閉まるドアを暫く見つめていた清水は、たった今帰った女…理恵が置いて行ったものを下駄箱の引き戸を開け、中にある靴ベラや靴磨きの入っている箱に無造作に放り込む。使う機会なんかあるわけない、「相手」とは付き纏われるのを防ぐためにホテルでしか会わない。新しい担当に嫌がらせをする時に呼ぶ相手も理恵のようにセックス出来れば後はどうでもいい、清水学…櫻井颯真個人のことはどうでもいいという女ばかり選んでいる。ある意味自分には見る目があるらしい。今まで付き纏われたことはないのが証拠だ。

新しい担当が自分より若く…割と綺麗な顔で驚き追い返すのを忘れてしまった。あれは人生の汚点にも等しいがやることは変わらない。見るからに大人しそうというか初心そうだから、顔を赤くして文句を言うと予想していたのに。今までの担当は全員焦り、中には非常識だと糾弾する人もいたのに、彼女は全く気にしないどころか自分の顔を見ても平然としている。何なんだあの編集、編集長がやけに含みのある言い方をしていた理由が少し分かった。確かにあれは手ごわそうだ。それと同時に自分の希望を跳ねのけてまで若い女性を付けた理由も。彼女は自分に邪な感情を抱く可能性は限りなく低い、それは一応安心材料にはなる。けれど。

(どうせ他の編集みたいに担当降りるに決まっている)

もう何度目か分からない諦めを心の中で口にしながら、これから仕事のパートナーとなる編集の待つリビングへと向かう。



リビングはソファーにガラステーブル、ミニシアター並みの大きなテレビが配置されている。広いリビングに必要最低限の物しか置いていないが、ごちゃごちゃと多くの物を置いてしまう自分からすると羨ましさすら感じる部屋だ。と、ソファーに座り不躾だと承知しているが部屋を見渡しているとリビングのドアが開かれ、清水が入って来る。慌てて立ち上がると「座ってていいよ」と言うのでそのまま腰を下ろす。清水は静香が座っている場所から離れて腰を下ろす。目線が合うが、やはり警戒心が滲む冷ややかな目だ。座った途端口を開く。

「あー、一応謝っておく。ごめん」

眉毛を下げ申し訳なさそうにしているが、目が笑っていない。上辺だけの謝罪、心の底では狙い通りの反応を示さなかった静香に思うところがあるのだ。多分悪いとも思っていない。そちらがそう来るのなら静香も遠慮はしない。

「いえ、大丈夫です。先ほども伝えましたが気にしていないので」

「…そう、ならいい…これからよろしく」

ほんの少し必要最低限の笑みを浮かべたと思った次の瞬間。

「最初に言っておくけど、俺人間嫌いなんだ。というか人を信用してない。だから雨宮さんのことも信用しないから」

口角を意地悪に上げた清水はそう言い放った。静香は清水の目をただ見つめる。

(最初からこれか…手ごわそうだな)

初手からお前は信用しないと言い切られれば、大抵の人は戸惑う。静香も戸惑っていたが、感情が顔に出づらいので相手には伝わっていない。何度も同じ台詞を聞かせていたであろう清水は、やはり平然としている静香に不服そうで眉間に皺が寄っている。

「…一つ質問良いですか」

静香が質問するとは思わなかったのか、眉毛をピクリと動かすと「どうぞ」と促す。

「人が嫌い、信用していないとのことですが、それが玄関先であの女性との関係を私に暴露したことと関係はありますか」

「…あるけど」

険しい表情のまま答える。そんなこと答える必要はない、と突っぱねられる可能性も視野に入れていたがあっさりと認め、少々意外だ。

「単刀直入にお聞きしますが、あのような行為は良い印象を抱かれないと思います。今までの担当にも同様の行為を繰り返しているとのことですが、何故ですか」

真正面から、ストレートに切り込まれた清水は唇を噛みフッと視線を静香から逸らす。明後日の方角を向いたまま黙りこくってしまうが、ジーっと静香が見つめ続けたため耐え切れなくなったようだ。大きくため息を吐いた。

「何で?何でね…口先だけの人間が嫌いだから。最初の編集は俺には才能がある、一緒に頑張ろうとか言っておいて数年経ったら即転職した。次の担当も次の次もファンだとか耳馴染みのいい薄っぺらい言葉ばかり口にしてイラついたから、少しきつい言い方したり、わざと困らせることをしたらあからさまに失望したみたいな顔をした。数人は呆れたのか付き合い切れなくなったのか向こうから担当を降りた。長井さんは…割り切ってはいはい、って流してたからやりやすかったよ。まあ普通なら短期間で担当変わる作家なんて煙たがられるけど、俺の場合成果を出してるから黙認されてる。雨宮さん見るからに真面目そうだし俺みたいなの絶対苦手だろ。他の人みたいに担当降りる、って見捨てると思うけど。そもそも仕事する上で俺の人間性がどうであろうと支障ないでしょ?原稿書けばいいんだから」

黙ったまま清水の話を聞いていた静香は、彼が勝ち誇った顔を見せた時心の奥底にある闘争心に火を付けられた。それはそれとして、清水がセフレ暴露をするに至った経緯と言い分を聞くと。

(人が嫌いなら必要最低限のやり取りだけすることも出来るのに。実際直接会わない作家もいる。なのに清水先生は敢えて関わろうとしている…何でだろう)

それも良く分からないが、先ほどの行為も新担当をただ困らせ、他の担当と同じように呆れて担当を降りることを前提条件としている。信用できないというが、相手からしてもそんな行為を繰り返す人間を信用しろ、というのは難しい。清水の行為は自らを傷つけているようにも感じられた。相手を傷つけると同時に自分も傷つける…ナイフみたいな人だと思う。

いや、今ここで深く考えても仕方ない。仮に静香が真正面から「何故人が嫌いなのか、何故信用しないのか」と聞いたところで顔を合わせて30分も経っていない人間に話すわけがない。人には色々事情がある、それをたかが仕事関係での付き合いを交わすに過ぎない自分が聞くべきことではないし、そもそも静香は「人に寄りそう」というのは苦手だ。相手の懐に入り込むのが得意なタイプなら時間をかければ出来るのだろうが、自分には無理だ。物事には適材適所というものがある。

無理だが…最初から諦めるのも性に合わない。静香は普段のおっとりとした雰囲気からは信じられないが割と気が強く、ズバズバ物をいう性格だ。だから今さっき「どうせお前も担当降りたくなるだろ」と言わんばかりの馬鹿にした清水の顔を見た時、少し腹が立った。最初からこうだと決めつけてかかられるのは好きではない。何も自分の事を知らない相手に決めつけられるのは。

「…事情は分かりました。先生が今までの担当に何をして、短期間で変わるに至ったかを改めて私のほうから問いただすつもりはありません、その点はご安心ください。…先生は先ほど口先だけの人間が嫌いだとおっしゃいましたね。私も最初からどうせこうだろう、と決めつけられるの不本意です。先生は私も他の担当のようにすぐ担当を外してくれと泣きつく、とお思いのようですが、初めに言っておきます。私は編集者として担当作家を見捨てる真似はしたくありませんので、先生がどれほど面倒な方でもこちらからは担当を降りるつもりはないです。そちらがこの担当とは無理、と泣きつかれるのなら話は別ですが…」

静香は最大級の煽りと嫌味を込めて言い放った。清水は押し黙ったまま口元を微かに歪める。これは怒っているのだろうか、それとも。自分と似ていて表情があまり変らないから何を考えているか読み取れない。やがて口を開く。
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