人間不信気味のイケメン作家の担当になりましたが、意外と上手くやれています(でも好かれるのは予想外)

水無月瑠璃

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第一部

1話

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10月初めのある日、静香は勤務先の豊川出版から電車を乗り継いで15分程の駅の近くにある、高層マンションの前に来ていた。前任者が産休に入ったため彼女が担当していた作家を編集部員に割り振ったのだが、その1人を静香が担当することになり今日はその顔合わせである。

PNは清水学。7年前の豊川出版の文芸新人賞で大賞を受賞、これまでうちの編集で2シリーズを出版、完結させ現在2シリーズと連載1つ、他社でも何作か書いている売れっ子作家だ。この出版不況の時代、新作を出せば必ず10万部は売れる、文字通りの看板作家だがインタビューはデビュー直後に受けた一本のみ。顔出しは一切NG、著者近影も道端に生えているタンポポである。唯一分かっていることは賞を取った時「大学生」と答えていたため現在は20代半ばということ。静香と年が近い可能性がある。それはそれでやりやすいと思ったのだが。

(短期間で担当が変わっているの、怖いな)

清水学の担当は短期間で変わっていると編集部内では密かに有名だ。早い人で数カ月、長くて半年が最高らしい。例外は現在他社へ転職した初代担当と前任者の長井で前者が3年半、後者が2年。この2人が担当を外れた理由は転職、産休なので清水学本人は関係ないのだろう。今回編集長から清水学の担当になったと告げられた時長井に清水はどんな人は聞いてみたのだが。

「うーん…ちょっと気難しい人かな。私は大雑把な性格だから上手く付き合ってはこれたけど、無理な人は無理、って言うタイプ。別に悪い人じゃないんだけどね、人見知りが酷いというか何というか…、取り敢えず直接会ってからまた連絡して。まあ雨宮さんなら大丈夫よ、多分」

と物凄く言葉を選んでいるのが伝わってきた。歯切れの悪い返事にどんな人なのだろう、と戦々恐々としてきた。よく考えなくとも担当が次々変わるということは性格に少々問題があることは明白。しかし、クリエイターというものは大なり小なり癖のある人種が多い。そういう人たちと上手く付き合い作品を作れるよう協力、サポートするのが編集の仕事である。

(まあやるしかないか)

顏合わせのため買って来たお菓子(長井に聞いた清水の好物のパイ)を片手にマンションのエントランスに入る。入ってすぐに設置されている操作盤に部屋番号を入力、応答を待つ。
するとすぐに誰かが出た。

「…はい、どちら様ですか」

マイクから聞こえて来たのは低い、恐らく男性の声。低いというよりも掠れている気がする。

(声が若い…編集長も言っていたけどもしかしてあまり年が変わらないのかな)

静香は向こうに聞こえないように咳払いをすると口を開いた。

「おはようございます。豊川出版の雨宮です、長井より担当を引き継ぎましたのでご挨拶に伺いました」

それから5秒ほど間が開くと。

「ああ、例の。今鍵開けるので、どうぞ」

通話が切れたと思ったら自動ドアが開閉した。マンション内に足を踏み入れた静香は清水の部屋へと向かう。





入力した部屋番号のプレートの張られた部屋の前にたどり着いた静香は改めてインターホンを鳴らす。表札を確認すると「櫻井」と書かれている。一応彼の本名が櫻井颯真、だということは確認済だが、一々呼ぶ機会もないだろう。

しかしこのマンション、有名な高級マンションである。売れっ子作家の名は伊達ではないのだろう。さっきすれ違ったマダムも如何にも高そうなコートを見に纏っていたし、セレブな方々が住んでいるのは確かである。

(滅多に来れる場所でもないし雰囲気だけは味わっておこう)

なんてことを考えているとドアが開き中からは。

「はーい…あれ、宅急便じゃないの?」

ニットのワンピースを着た30代くらいの女性が出て来た。癖のないストレートなロングヘアーにバッチリと決めた化粧、真っ赤な口紅が何とも言えない色っぽさを醸し出している。

(ん?さっき出たの男性だったはず…誰この人)

目の前の女性が困惑しているのと同じく、静香も今の状況に首を傾げる。女性は気まずそうに笑う。

「えーと…どちら様?」

「私、豊川出版の雨宮と申します。こちら清水学先生のご自宅だと伺っているのですが」

「え?出版社の人?あいつそんなこと一言も…嘘か…ごめんなさい、少し待ってて。あいつ引き摺って来るから」

物凄い笑顔を静香に向けた女性はくるりと背を向けると真っ直ぐ先のドアの先へと消えていった。玄関に取り残された静香はドアを閉め、そのまま待ち続ける。

1分ほど待つと、ドアが開き中からさっきの女性と…背の高い男性が出て来た。女性と言い争っている。

「仕事関係の人が来たならそのまま言えばいいじゃない、何でわざわざ宅急便て嘘吐くかな」

「いや、ドア開けて明らかに宅配業者じゃない人が居たら驚くと思って」

「そんな無意味なサプライズ要らないわよ、ほら待たせてるんだからさっさと行く」

女性にドン、と背中を押された男性が静香の前までよろけながら立ち止まる。玄関の残差があるから分かりづらいが恐らく180㎝以上ある。やや癖のある黒髪につり目気味の目は二重で切れ長、鼻筋の通った非常に整った立ち。俳優、モデルでも通じるレベルの美形。そしてやはり若い、静香と同世代。恐らくこの男性が「清水学」なのだろう。

挨拶をしようとした時、今さっき女性と話している時は柔らかい雰囲気だったのが、静香を見下ろし目が合った途端、変わる。すっと目は細くなり見に纏う雰囲気も何処か冷ややかになった。静香は一瞬躊躇うが気にせず口を開く。

「清水先生でしょうか、私新しく担当になりました雨宮静香と申します」

「…どうも、清水学です…」

寝起きかと間違う程低い声が頭上から降って来る。そして名乗った後彼はジーっと黙ったまま静香を見ている、いや観察している。細められた黒い瞳には何の感情も読み取れない。が、好意的なものでないのは雰囲気で分かった。新しい担当への興味と、大部分は警戒心、だろう。女性に対する時と明らかに態度が変わった。

(長井さんが人見知りって言ってたっけ)

初対面の人間と話すのが苦手だという作家は多い。静香の担当にも何人かいるので、どうやって自分に慣れてもらえるかは何となく分かる。今日は初日だし、警戒されても仕方がないと静香は軽く考えていた。すると、突然黙っていた清水が話し出す。

「…若いですね、もしかして俺より下ですか、26なんですけど。あ、年齢言わなくていいです、セクハラとか言われたら面倒なんで」

「…下です」

短く答えると清水はふうんと鼻を鳴らす。

「年下か…じゃあ敬語じゃなくていい?敬語苦手で」

「いいですよ」

こちらとしては話し方にこだわりはない。作家が話しやすい方を選んでもらった方がやりやすい。しかし、タメ口で話していいかとは、人見知りの人間らしくない。警戒心は変わらず伝わってくるが、タメ口で話したいというのは清水なりの歩み寄りなのか。

「ありがとう、ここで立ち話も何だし上がって」

促されるまま静香が靴を脱ぐと、入れ違いで女性が玄関に置かれていたハイヒールを履いた。

「じゃあ私帰るわね、ごめんなさい編集さん邪魔しちゃって」

ペコリと頭を下げてくれたので釣られてこちらも頭を下げる。結局この人はなんだったのだろう、清水の知り合いなのは間違いないが。そんな静香の疑問が顔に出ていたのか「あ」と清水が声を上げる。

「雨宮さん、この人誰か知りたい?」

やけに笑顔な清水に問いかけられた。正直なところ気にはなる。が、作家のプライベートなことを聞かないようにしているので話してもらわなくてもいい。恐らく身内、友人、恋人のどれかだろうと勝手に当たりを付けていた。

「いえ、プライベートなことは」

「セフレ、この人」

静香の言葉に被せる形で清水が言い放つ。ドンデモナイ単語と共に。セフレ…セックスフレンド。この女性と清水が。その瞬間玄関先の空気が凍りつく。清水は相変わらず笑顔を浮かべているが、たった今セフレだと言われた女性は口元を引きつらせている。これは、怒っているのか、いや確実に怒っている。

「は?あんた何言ってんの?」

「何って事実を言っただけだけど」

「そりゃっ…そうだけど!ばらす必要一ミリもないでしょ?というか恥ずかしいのよ…」

「そんな繊細な性格してないだろ」

「このっ…まあそうだけど。それより、急にセフレがどうとか言われたら編集さんが困るでしょ、絶対…」

怒りを滲ませる女性をヘラヘラとした態度で流す清水、に挟まれた静香はというと。涼しい顔で2人のやり取りを聞いていた。

(…凄いなこの人、デリカシー欠けてるというか…素で言っているにしろわざと言っているにしろ)

冷静に清水を観察し、高くも低くもない好感度を徐々に下げていった。2人がセフレ関係なのはこの女性は言葉に詰まった反応から見て事実。それはどうでもいいが、初対面の静香が居る場でその事実を暴露するのは人として如何なものか。そんなことを考えて黙っていた静香に女性は恐る恐る話しかける。

「あの、大丈夫?」

「?何がですか」

「いや、あなた若いし、そのセ…とかいかがわしい単語聞かされて気を悪くしないかなと」

この人、初対面の静香を気遣ってくれている。良い人なんだろうな、と漠然と思った。

「私、細かいことは気にしないので。それに私ではないのですが先輩が担当した作家先生には、打ち合わせ中愛人が乗り混んできた挙句先輩自身も愛人だと決めつけられ大変な目に合ったという話があるんです。他にもそういう先生たくさんいらっしゃるので、今更セフレがどうのと聞かされたところで、何とも思いません」

微かに口角を上げて言い放つと女性は信じられないとばかりに目を見開き、背後では「ブッ!」と噴き出す音が聞こえる。振り向くと清水が腹を抱えて笑い転げている。今この場で一番笑うべき人間ではないのに、と冷ややかな目で見ても相手は気にしない。代わりに後ろの女性が目を吊り上げる。

「あんた笑える立場じゃないでしょ!?」

「いや…今までの担当と反応が違うから…面白くて」

何と、同じ真似を歴代担当にも繰り返していたらしい。長井の言ってた「無理な人は無理」の意味が何となく分かった。こんなどう反応していいか困る行為を繰り返されたら人によっては、もう付き合い切れないとなってもおかしくないし、責められない。

そして静香の反応、切り返しをどうやらお気に召したようだ。ふむ、良く分からない。分からないが、このまま玄関で駄弁っていても意味はない。静香は本来来た目的を果たそうと笑い続けている清水に話しかける。

「それで先生、顔合わせについてですが…どの部屋に向かえば良いでしょうか」

2人のやり取りをスルーし目的を遂行しようとする静香に清水はキョトンとするが、「ああ、リビングで待ってて、付き当たりのドア」と戸惑いながらも教えてくれた。清水に会釈し、名前も知らない女性には「気遣っていただきありがとうございます」とお礼を告げると踵を返しリビングへと向かった。

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