人間不信気味のイケメン作家の担当になりましたが、意外と上手くやれています(でも好かれるのは予想外)

水無月瑠璃

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第一部

プロローグ②

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「もしかして意識的に高いの頼んでない?」

「そんなことはないです、ただ寒空の下待たされて身体が芯まで冷え切ったので。温かいものが食べたかっただけです」

「怒ってないみたいな雰囲気出しといて、根に持ってるだろ」

意外そうな顔で言われた。静香はあまり怒らないと思われがちだが、面倒くさがりで人より怒りの沸点が低いだけで怒るときは怒る、穏やかに。

「私も仏じゃないので、多少は腹が立ってますよ。けれど、最初にこちらからは何をされても担当を降りないと言ってしまいましたし、この程度で腹を立ててもキリがないでしょう」

メニューを眺めながらあくまでも淡々と返した。

「…何か、君将来大物になりそう」

何故か感心されてしまった。今のどこにそう思うに至る要素があったのか、分からない。

「はあ、ありがとうござい…あつ!」

「冷ましてから食べろ…猫舌?」

「そうでも、あつ!」

「人の話聞いてた?…ビーフシチュー好きなの?」

フーフー冷ましつつビーフシチューを食べる静香を櫻井は興味深い様子で見てくる。彼もオムライスを頼み、先に運ばれてきたのでもう半分以上食べていた。やけに饒舌である。今まで仕事以外のことを進んで聞いてきたことは無かったのに。

「好きというか、冬になると母が良く作ってて。自分じゃ作らないので妙に懐かし…」

ハッとした。櫻井の前で家族に関する、若しくは彷彿とさせることを話題に出すのは避けろと言われていたのに。何てことだ、ほんの少し丸くなった櫻井に気が緩んでいたのか。曰く家族の事を聞くと不機嫌になる、と。自分の家族の話をした場合の反応は確かめてないが、連想させる言葉を耳にし反応を示す可能性がある。今から誤魔化すか、静かに頭を回転させていると。

「…ふうん、仲良いの家族と」

(え…)

戦々恐々としていた静香の耳に届いたのは棘も何も感じない問いかけ。しかも静香のパーソナルな部分を聞いてきた。スプーンを持ちあげたまま呆然としてると。

「何、阿保みたいな顔しているけど」

「誰が阿保ですか誰が」

いつも通り、失礼な言葉が返ってくる。一瞬戸惑ったがすぐに引き戻された。何てことはない、これも櫻井曰く心境の変化というやつに違いない。機嫌が良いから静香の失言も流しているだけ。そうでなければ「家族の話、しないで欲しいんだけど」と冷ややかな目で告げられたはず。とりあえず聞かれたので答えなければ、とスプーンを一旦置く。

「…仲は良いと思いますよ、月に1回は実家に帰ってますし、大部分は猫に会うためですが」

「家族より猫優先なの?」

「ええ、薄情だと?元々そこまで干渉しあう関係でもないので、家族は何も言いませんけど、言う人はいます」

この話をすると冷たいとか何だとか言う人間がいるから、いつからか「家族に会うため」と如何にもな理由を話すことにしていた。目の前の男に話す必要はなかったが、どう思われようとどうでも良かったのだ。しかし彼は真っ直ぐに静香を見ている。

「良いんじゃない、実家に帰る理由なんて何でも。俺は猫に会うためでも絶対帰らないけど」

後半の声のトーンが急に下がる。気のせいか目の光も一瞬消え、喉の奥からひゅ、という音が漏れそうになった。やはり彼にとって「家族」は地雷なのだ。下手に振るべき話題ではないと再確認する。次からは気を付けよう。

それと同時に櫻井が静香の帰省の目的を肯定したことの方が驚きだ。もっと突き放す言い方も出来たのに。「一々外野の声気にするの?らしくない」とか、「気にするほど繊細な性格してないだろ」とかもっとこちらが言い返したくなる返答も出来た、寧ろすると思っていたのに。

(何か意外)

第一印象が最悪に近かったせいか、些細な事でも好感度が上がる。「ヤンキーが捨て犬を拾う姿を見て認識を改める」のと同じ理屈だ。

静香は死んだ目になった櫻井を心配したが、もう元の飄々とした顔つきに戻っている。そのことに安心した。

「…そうですか、猫良いですよ、大学の時片道一時間半かかるのに実家にしがみ付いた理由、猫ですから」

するとさっきの危うさは見る影もなく、ブッ!と噴き出しクックッと笑い出す。

「どれだけ猫好きなの」

「この世で一番」

「え、そう…」

真顔で言い切った静香に今度は櫻井が戸惑う番。それでもすぐに体制を立て直す。

「…そんなに好きなら猫カフェ?とか行けば?」

「…一人暮らしを始めてすぐの頃は寂しさに耐え予ねて通ってました毎週」

「毎週」

マジかよ、と端正な顔は驚愕に染まっている。あの時の自分は少しおかしかった。社会人になったばかりで忙しく癒しが欲しかったのだ、しかしあまり効果はない。

「結局うちの子より可愛い子に巡り合えず…それならと頻繁に実家に帰ってますし母に写真を送って貰ってます」

「…もう実家から会社通えば?」

「埼玉なので無理です、朝はギリギリまで寝てたいので」

「社会人の切実な願い…」

やけに神妙な顔つきで呟く櫻井の様子が何故か面白くて思わず笑ってしまった。すると彼は目を大きく見開く。

「何か」

「いや、笑うとそんな感じなんだって」

「その言い方だと私が普段仏頂面みたいで…間違ってませんね、友人や家族以外だと表情が硬くなるんですよ、笑うの下手みたいで」

静香としてはそのまま流そうとしたのだが、何故か櫻井は顔を伏せてしまった。具合でも悪くなったのか心配になる。

「先生、急にどうしましたか」

「いや、睫毛が目に入っただけ、鏡で見てくるよ」

そう言うと頑なに顔を背けたまま立ち上がり、お手洗いへと直行した。

(睫毛長いし、目に入ったら痛そう)

呑気なことを考えながらビーフシチューを食べ進めていた静香は気づいていない。櫻井の耳が薄っすらと赤かったことに。

やけに長い時間席を外していた櫻井が戻ってくると、会話を再開させる。プライべートに踏み込んだことではなく家族に関してとか飼っている猫に関すること。背筋が寒くなる台詞を吐く癖に「彼氏いるの」等と不躾なことは聞いてこない。聞かれても「いない」としか答えられないが。

世間話のつもりで両親と弟がおり、弟が生まれてからはお手伝いさんが自分の世話をしてくれた、と言うと彼はふうん、と興味があるのかないのか良く分からない気の抜けた返事をした。この話をすると大抵の人間は静香の家は裕福なのかと前のめりで聞いてくる。その都度自慢だと受け取られないよう当たり障りのない返答を考えているのに頭を悩ませるのだ。櫻井のように流す人は珍しかったけど、その方が楽なので問題は一切ない。

彼が寧ろ関心を示したのは飼い猫についてだ。友人に飼い猫の話をすると、またか、という顔をされるしあまり聞かせすぎるのも申し訳がないので特に気を許している数人にしかしないので、正直話し相手に飢えていたのだ。仕事相手に聞かせるのもどうかと思ったが、聞いてきたのは向こうだし突っぱねる理由もないので自分の飼い猫…凛への愛をぶつけた。その過程で写真を見せることになってしまい、何枚かをスライドで見せると。

「これ怒ってる?」

「弟の帰りが遅くなったので」

「これどういう感情?」

「母が食べてるケーキを狙っている顔です」

と興味津々という風に訊ねてくる。動物を飼ったことがないし、飼っている知り合いもいないため写真を見る機会もないとのこと。

「真っ白で可愛い、雨宮さんが通学時間犠牲にしても実家から通った気持ち分かるかも」

とフッと顔を綻ばせた。人は嫌いでも動物は可愛いらしい、静香が惚気対象が出来たかもと仄かな期待を抱く。櫻井は「けど」と続けた。

「可愛いとか癒しが欲しいって理由で飼えないよな、命を預かるんだから」

「…」

静香は櫻井が普通の倫理観を持っていたことに失礼ながら驚きを隠せない。可愛いから、寂しさを解消したいという理由で飼い始めてもちゃんと世話をする人間が殆どだが、トイレの世話や餌代、病院代、費用も苦労もかなりかかることで「こんなに大変だとは思わなかった」と飼育放棄する人間も残念ながら存在するのだ。そう言う人間を引き合いに出せば、動物を飼うこと=命を預かることと重く受け止めている櫻井がどれほどまともか実感した。本人からしたら、そういう人たちと比べられることは不愉快かもしれないが。

「飼っている立場からすれば簡単にお勧めはしませんけど、先生は在宅ですし収入面の心配も今のところありません。何より命を預かることがどれだけの責任を伴うか認識していらっしゃいます。そういう方なら本当に動物を飼うことになっても、あまり問題はないかと」

櫻井は目を何度か瞬かせた後、不意に視線を逸らした。

「…急に持ち上げられると調子狂うんだけど、動物を飼うことに対する責任って常識だろ」

「そうでない人も多いんですよ」

「…確かに勢いで飼ってクソみたいな理由で手放す奴っているしな」

「うちの子も来た当初は誰にも懐きませんでしたしカーペットの上や洗濯物の上で嘔吐するし、夜泣きもしました。本当に動物と暮らすって大変ですよ、その何倍も可愛いですけど」

「…本当に好きなんだな」

「そりゃあ大事な家族ですから」

「…雨宮さんみたいな人に飼われたら動物も幸せなんだろうな」

何処かもの悲しげな目をして呟いた。急に憂いを帯びた顔になり心配になったが、それも一瞬の事だった。

「まあ動物は見る専門でいいや」

そう締め括った後、「そろそろ出る?」と声をかけられたので慌てて帰る準備をし、櫻井に会計を任せて店を出る。その場で別れるかと思ったら成り行きで駅まで一緒に行くことになったが、さっき見た彼の目が妙に記憶に残ってしまう。ひねくれているが意外とまともな人、その心の裡には何か暗いものを秘めている気がした。今の自分にそれを聞くことは出来ない。気になるかと聞かれると微妙なところだが。今日のことで彼に対する認識を改める必要が出て来たのは確かだ。櫻井は静香が気にしていることも知らず、プライベートに踏み込まないことを聞いてきたが、よく覚えていない。

駅に着いて彼と別れた後、静香は思った。初対面の時と比べて櫻井に対する印象が少しだけいい方向に変わったけれど。思い返してみても人として良い印象は抱けなかったことを。

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