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「…は?
俺はスーツとか持ってねぇの、お前も知ってるだろう」


__お昼前

目を覚ました勇さんと一緒にブランチをしている時だ。

自分の実家に行くったって、ジーンズみたいな普段着じゃおかしいもんね。

一応おとなしめの服っていうか、スーツ仕様のジャケットとプリーツスカートにしようと思ってるんだけど、肝心の勇さんの服とか考えてなかった。


運送業のお仕事だから、基本的には仕事用のズボンとジャケットを着用すれば良く、会社員のようなスーツみたいなものは必要ないから用意もしてなかったのだ。



「じゃあ私服で…行くしかないよねぇ」


私とは正反対で、黒っぽい服ばかり着ている勇さん。
いやもう、お通夜とかなら違和感ないぐらい地味って感じ。

まぁ派手な服よりは地味な方が印象もマシかな…。







「…うん…うん…
じゃあ今からそっちに向かうから。
お父さんにも、言っといて…。
うん…じゃあね」


ブランチの後、お母さんに電話を入れた。


あんまりいい返事じゃなかったけど、私も今までずっと頑固にお母さんに反抗してたもんね。

それには、お母さんもわかってたんだろうな。
さすがに、来るな!って事までは言われなかった。


「大丈夫だったか?」


電話を切った私に、勇さんが心配して覗き込む。


「うん、大丈夫だよ。
さ、行こっか」


いつものスーパーで菓子折を買って用意はした。
形だけでもやっぱり一応はね。

実家に帰るだけとはいえ、私はパンプスなんかも用意して履いた。


…よぉし!


「優」

「ん?」


いざ玄関のドアを開けようとノブに手を伸ばした時、勇さんに腕を掴まれた。

そして私は、そのまま引っ張られるように勇さんの身体に抱き寄せられた。


「勇さん…?」


包み込まれたように勇さんに抱きしめられた私も、そのあったかさに身を任せる。


「…………」


ちょうど勇さんの胸に私の耳が当たり、ドクン ドクンと鼓動が聞こえてきた。


「俺たち…ずっと一緒だからな」


確かめるように、そう勇さんが言った。


「うん…。
私と勇さんと、赤ちゃんの3人だよね」


お腹の赤ちゃんだって、小さな小さな鼓動を響かせてるんだ。

まだ生まれてないってだけで、もう命として生きてるもの。


「俺たち、家族になるんだな」


どんな形におさまるかはまだわからない。

だけど、どんな風になろうとも、結果私たちの行く先はもう決まってるもんね。



「愛してる。
優と、俺たちの子も」


ギュッと抱きしめられながら、私は勇さんと唇を交わした。


静かに、長く、時間を忘れるくらい。
ずっと…。








ここんとこ何往復もしてきた実家への道のりを、今度は初めて勇さんと行く。


2人でいる時はあれだけ何かしらしゃべっていたんだけど、この時だけは会話がなかった。


私はずっと雨粒が流れていく窓を見ながら、電車に揺られていた。

勇さんもそれは同じで、私とは別の窓の外をじっと見ている。



はぁぁ…
それにしても、まずは何から話したらいいのかなぁ…。

どうせお母さんの目には適わないんだろうから、こうなったらお願いするしかない。

でも、もしそれでもダメだったら…

お母さんたちには迷惑かけないから、私たちだけで生きていくって…言うしかないよね…。





長い時間電車に揺られた後、まるで今の私たちの心境の如く降り続ける雨の中を、私たちは重い足取りでうちの実家にと向かった。
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